記者発表

ナノ秒X線動画でミクロ分子動態計測に成功! ――超小型X線光源を用いた高速レントゲン動画の幕開け――

投稿日:2025/11/27
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東京大学
茨城大学
科学技術振興機構(JST

発表のポイント

超小型X線光源を用いて、1画像900ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)での高速連続撮影を実現し、機械学習解析から試料内部の高分子ミクロ動態の検出に成功しました。本計測法を、透過X線明滅法(Transmitted X-ray BlinkingTXB)と命名しました。

レントゲン(透過X線)撮影では識別できない物質の構造動態の差異を、実験室サイズのX線光源を用いて、世界で初めてナノ秒スケールで捉えました。

今後、経時変化するすべての物質系に対する3次元動態計測の実現や臨床検査法としての利用が期待されます。

全文PDF

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の佐々木裕次教授と茨城大学学術研究院応用理工学野物質科学工学領域の倉持昌弘講師(兼:東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻講師)らの研究グループは、X線動画で高分子樹脂内のミクロ分子運動(注1)を捉える新たな動態計測手法「透過X線明滅法(Transmitted X-ray BlinkingTXB、注2)」を開発しました。本手法では、X線強度のわずかな時間的揺らぎを解析することで、従来のレントゲン(透過X線)撮影では区別ができなかったミクロ分子動態の違いを明確に検出することに成功しました(図1)。

同研究グループは、手のひらサイズの超小型X線光源を自作し、X線光源発生点と試料位置、そして検出器までの距離を数ミリレベルまで接近させることで、X線輝度を上昇させ、900ナノ秒という極めて短い時間で1枚の画像を撮影することに成功しました。本手法で、従来のX線技術では区別できなかった2つの高分子樹脂(結晶性高分子樹脂ポリエーテルエーテルケトン:PEEKと非結晶性高分子樹脂ポリエーテルイミド:PEI)のX線動画に機械学習を新規に取り入れ解析した結果、90%超の精度で両者を判別することに成功しました。つまり、X線透過静止画像情報への時間軸の取り入れ(動画撮影)と機械学習により、両者の区別が可能となる動態像を得ることに成功しました。本成果は、X線透過画像情報に時間軸を取り入れることで実現した世界初の試みで、材料評価に加えて、照射時間が短く被曝量を抑えられる臨床検査としての利用も期待されます。

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図1:単純な透過X線で区別できなかった物質の区別が可能に

a)今回開発した透過X線明滅(Transmitted X-ray BlinkingTXB)装置。(b)上段がX線透過像、下段が機械学習による動態像で、上段では区別が難しい明確なミクロ分子動態の区別が可能になった。

発表内容

X線透過像は臨床ではレントゲン検査として利用されていますが、今まで実験室や医療現場ではそれほど大きな進展はありませんでした。これまで佐々木研究室では、回折X線追跡法(Diffracted X-ray TrackingDXT、注3)、回折X線明滅法(Diffracted X-ray BlinkingDXB、注4)、小角X線明滅法(Small-angle X-ray BlinkingSAXB、注5)の3つの方法を提案し(関連情報参照)、物質の原子分子の内部運動を高精度に捉えることに世界で初めて成功してきました。今回はさらに、臨床で使われているレントゲン検査と同様のX線透過領域のX線強度においても、同様のX線強度の明滅現象が観察できることを検証しました。

同研究グループは、手のひらサイズのX線光源を自作し(図2)本実験に利用しました。X線光源発生点と試料位置、検出器間の距離を数ミリレベルまで接近させて、X線光学系を導入することなく、高輝度のX線照射を実現しました。この結果、単一画像を900ナノ秒で検出できるようになり、高速での連続撮影が可能になりました。

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2:自作した小型X線光源写真

真空装置内でフィラメントから電子を発生させ、銅薄膜に照射することで、CuK線の単色X線を発生させた。この原理は通常のX線発生プロセスと同じであるが、試料までの距離を工夫した。

TXBの試料には、X線吸収係数がほぼ同じ2つの高分子樹脂(PEEKPEI)を使用しました(図3)。この2つの試料について、1画像あたり900ナノ秒間の高速撮影を5,000回繰り返し、その総和積算強度(静止画像)を比べたところ、ほぼ区別がつかない(若干強度の違いを検出)状態であることを確認しました。次に、連続画像5,000枚から、自己相関解析(Auto-Correlation FunctionACF、注6)を用いてこれらの動画を解析すると、PEEKPEIよりも運動サイズが大きいことが判明しました。

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3:異なったマクロ分子動態を測定した試料(PEEK/PEI

a)試料とX線を可視光に変換するシンチレータ(タリウム活性化ヨウ化セシウム: CsI(Tl))の配置図。(b)各試料形状(10x10x1mm)とその積算されたX線透過像。PEEK/PEIにおいてほぼ同じ画像を示した。cX線透過像における時間的な変化。(d)各試料における透過X線の強度分布。

さらに、得られた自己相関解析データ(4,096ピクセル)に対して主成分分析(Principal Component AnalysisPCA、注7)を適用したところ、20種類の運動モード(主成分)に要約することができました。これらに対して機械学習の一種である線形判別分析法(Linear Discriminant AnalysisLDA、注8)を適用したところ、90%超の精度でPEEKPEIを判別できることが判明しました。このように、X線の透過領域のX線強度揺らぎを解析することで、各試料の違いを判別することができる可能性を世界で初めて実証しました(図4)。

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4:主成分分析と線形判別法による動画解析

a)各試料からの透過X線強度変化を20の運動モードの成分から解析した例。各運動モードの総和で表現し、例えば、片方の試料であるPEEKらしい運動モードのみを抽出し再現する。(b)その再現した各運動モードで今度はPEIの透過X線強度を再現してみると、PEEKらしい運動モードでは再現できない部分が出てくるので明確な区別がつく。

TXBは、材料評価法だけではなく、基礎医学分野での利用や、臨床現場でのレントゲン検査に代わる次世代レントゲン検査法としての貢献が期待されます。従来のX線透過像では区別が難しかった多くの物質において、本手法を用いることで構造動態が異なる部位を撮影することが可能になります。また、本技術は高速計測が可能であることから、人へのX線被曝量も抑えることができ、さらに発展させることでCTComputed Tomography:コンピュータ断層撮影)撮影のような3次元動態計測も可能になると考えられます。実験室レベルでは、X線エラストグラフィー(注9)としての応用も期待されており、具体的には、粘性が微妙に異なるがん細胞や、認知症で注目されるアミロイドフィブリルなどを標識せずに識別できる可能性があります。

〇関連情報:
「プレスリリース世界最速890ナノ秒で微粒子と高分子の動きを同時に捉えた!~高精度なタイヤゴム劣化評価の実現に近づく~」(2023/9/5
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10470.html

「プレスリリース結晶格子の運動をピコメートル精度で追跡することに成功!」薄膜中ナノ1粒子の動きを世界で初めて検出」(2021/3/5
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8542.html

「プレスリリースケタ違いに低いX線露光で生体1分子運動計測に成功!超高精度装置開発が加速し利用拡大へ」(2018/11/30
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8035.html

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
 佐々木 裕次 教授

茨城大学学術研究院 応用理工学野 物質科学工学領域
 倉持 昌弘 講師
  兼:東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 講師

論文情報

雑誌名:Optics Express
題 名:Sub-microsecond Molecular Motion Analysis of Polymer Resins via Transmitted X-ray Blinking
著者名:MASAHIRO KURAMOCHI1,2*, KENTARO HOSHISASHI3, SHUNYA SHIMOMURA1, DAISUKE SASAKI1, TATSUYA ARAI1, KAZUHIRO MIO4, HIROSHI SEKIGUCHI5, KENTARO UESUGI5, YOSHIO SUZUKI1,  SHOTARO AKAHO4,6, YUJI C. SASAKI1,4,5*

1東京大学大学院新領域創成科学研究科、2茨城大学学術研究院応用理工学野物質科学工学領域、3ロンドン大学コンピュータサイエンス学部、4産業技術総合研究所、5()高輝度光科学研究センター、6情報・システム研究機構 統計数理研究所
*著者責任者

DOI10.1364/OE.573497
URL https://doi.org/10.1364/OE.573497

研究助成

本研究は、国家戦略分野である次世代AI分野への挑戦を志す若手研究者を支援する「JST 国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST) 次世代AI人材育成プログラム(若手研究者支援)(課題番号:JPMJBY24C4)」、「JST 戦略的創造研究推進事業 ACT-XJPMJAX22B7)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)高分子樹脂内のミクロ分子運動
高分子樹脂の剛性・粘弾性・強度・耐熱性といった物質特性は、ミクロな分子動態(分子運動性)と密接に関係している。高分子樹脂を構成する分子は、数千〜数万個の原子が連なった長い分子鎖が複雑に絡み合って構成されており、温度や外力の変化に応じて多様な運動モードを示す。代表的な分子運動として、ガラス転移が挙げられる。近年では、分子シミュレーションなどの計算科学的手法を用いて、分子スケールの構造と機械的特性の関係を解明する研究も進展している。

(注2)透過X線明滅法(Transmitted X-ray BlinkingTXB
X線が物質を透過する際に、その物質固有の熱揺らぎによるX線強度の明滅現象を世界で初めて計測した計測技術。得られたX線動画を機械学習により数値解析することで、マクロな分子動態を2次元画像化することができる。通常のX線透過像(レントゲン像)では検出できない分子レベルの運動を、「時間軸」を導入することで観察可能にした。本TXBの考案をする前に研究開発していたDXT(注3/DXB(注4/SAXB(注5)は、いずれもX線散乱現象における強度変化をモニターする計測方法であった。しかし、TXBは、X線散乱ではなく、透過X線の強度変化に着目しており、その意味でDXT/DXB/SAXBよりも一段と計測対象の汎用性が広がったと言える。

(注3)回折X線追跡法(Diffracted X-ray TrackingDXT
数十ナノメートルの金ナノ結晶を動態特性の評価をしたい分子や集合体に標識し、その金ナノ結晶からのX線による回折ラウエ斑点の動きを高速時分割で追跡する手法。佐々木裕次教授が1998年に考案し、2000年に発表して以来、多くのタンパク質1分子の内部運動を計測して発表してきた(Physical Review Letters, Physical Review E, BBRC, Cell, Biophysical J., Scientific Reports など)。動的な分子集合体(不均一構造物質)を検出する方法は現在のところ、DXTしか存在しない。

(注4)回折X線明滅法(Diffracted X-ray BlinkingDXB
単色X線を利用した分子動態計測法。量子ビームで唯一のデバイス作動中のオペランド計測を可能とする1分子計測手法である。2018年に佐々木裕次教授らによって考案され、従来の白色X線という特殊なX線を用いる方法とは異なり、通常の放射光施設で利用できる単色X線を用いる。本法は、1分子の内部運動を反映した回折点を特定の波長領域内でのみ検出し、回折強度の時間変化を解析することで、分子運動を評価する。本手法は、タンパク質1分子の内部動態の計測可能な独自技術であり、研究室レベルのX線光源装置でも適用できる。本研究では、世界で初めて機能発現に伴う複合型多結晶材料の動態計測にDXBを適用した。

(注5)小角X線明滅法(Small-angle X-ray BlinkingSAXB
X線を試料に照射し、ナノメートルからサブミクロンサイズの構造に由来する、ごく小さい角度で散乱されるX線強度の揺らぎを測定する手法。これにより、平均的な粒子サイズや形状、粒子の分布などの情報を得ることができる。この「明滅」のパターンを解析することで、ナノ粒子や結晶性高分子などの運動、ドメインの振動、構造変化などの動的情報を引き出すことが可能である。回折X線明滅法(DXB)よりも低角度領域の測定となる。

(注6)自己相関解析(Auto-Correlation FunctionACF
時系列データを解析する手法の一つ。得られた時系列データを時間シフトさせた際に、元の信号とどの程度相関するかを測る尺度として定義される。本研究ではDXBにおいてその利用が提案され、その有効性を実証した。DXBでは、X1次元検出器の1ピクセルごとに自己相関解析(Single-pixel Auto-Correlation Functionsp-ACF)を行う。解析から算出されたsp-ACF曲線から数理的フィッティングにより減衰定数を抽出し、取得した減衰定数の分布から運動を評価することができる。さらに、統計的検定を実施することで、運動性の差異を明確に特徴付けることができる。

(注7)主成分分析(Principal Component AnalysisPCA
画像解析において、データの次元削減や特徴抽出のための代表的な統計的手法。画像は多数のピクセルから構成される非常に高次元のデータであるため、PCAを適用することで、より効率的に画像を処理・分析が可能になる。各ピクセルの輝度値やRGB値を特徴量としてベクトル形式に変換して、画像データセットの共分散行列を算出することで、ピクセル間の相関関係を把握することができる。共分散行列の固有値と固有ベクトルを計算し、固有値の大きい順に主成分を抽出することで、元データの主要な情報を保持したまま、次元を大幅に削減できる。最終的に、少数の主成分から画像を再構成することで、情報を圧縮しつつ元の画像と高い類似性を保った表現を得ることができる。

(注8)線形判別分析法(Linear Discriminant AnalysisLDA
複数の特徴量をもつデータに対して、「クラス間の違いが最大」「クラス内のばらつきが最小」となるような線形結合(判別軸)を求め、その軸上でデータを分類する教師あり機械学習法の1つである。画像解析の分野では、画像認識や分類、特徴抽出、次元削減などに広く用いられている。本研究では、ピクセル数が多く、さらに時間軸も加わるような高次元の画像データに対し、まず主成分分析(PCA)で、データの分散構造を保ちながら少数の次元(特徴ベクトル)へと圧縮し、その特徴ベクトルを用いてLDAを適用することで、PEEKPEIを分類することに成功した。このように、動画から数値化された特徴量を抽出し、それに基づいてグループ間の違いを判別することができる。

(注9X線エラストグラフィー
X線イメージング技術を用いて生体組織や材料の硬さ(弾性率)を画像化する新しい手法。従来のエラストグラフィーは主に超音波やMRIを用いて組織の硬さを測定してきたが、X線エラストグラフィーはX線の高い空間分解能と透過性を利用することで、より詳細な硬さ分布の可視化を可能にすると期待されている。期待される特徴としては、高空間分解能を実現可能性が挙げられる。超音波エラストグラフィーやMRエラストグラフィーよりも、数倍から一桁程度高い空間分解能での画像取得が可能である。また、X線は組織による減衰が比較的小さいため、体の深部にある組織の診断も可能にすると期待されている。

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