日本人の腸内細菌は世界とどう違う?―世界37カ国の大規模比較から見えた日本人腸内マイクロバイオームの特徴―
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東京大学
東京医科大学
発表のポイント
◆日本人5,000人以上の腸内マイクロバイオームデータを、世界36カ国・25,000人以上のデータと比較する大規模な国際解析により、日本人の腸内環境に見られる特徴を体系的に明らかにしました。
◆日本人に特徴的なビフィズス菌の豊富さは、「乳糖不耐性」という遺伝的背景と、近代以降に増加した乳製品摂取の相互作用によって形成されること、さらに、ノリやワカメなどの海藻由来多糖類を分解する酵素が、日本人の約90%で検出される一方、他地域ではほとんど見られないことを明らかにしました。
◆本研究は、日本人の食文化と遺伝的背景に密接に関わる腸内細菌の特徴を国際的な文脈で位置づけるものであり、将来の予防医学や個別化医療の実現に向けた重要な基盤となることが期待されます。

大規模比較解析による日本人腸内細菌の特徴解明
発表内容
私たちの腸内には数百兆個もの微生物が生息しており、これらが形成する生態系である腸内マイクロバイオーム(注1)は、消化や代謝、免疫など、ヒトの健康を支える重要な役割を担っています。近年の研究により、腸内マイクロバイオームは年齢や食事、生活習慣、遺伝的背景、地理的要因などの影響を強く受けることが明らかになってきました。しかし、日本人の腸内環境がどのような特徴を持つのかについては、これまで主に小規模なデータのみに基づき議論されてきました。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の西嶋 傑 特任准教授、早稲田大学理工学術院の服部 正平 招聘研究員、東京医科大学健診予防医学センターの永田 尚義 准教授らの研究グループは、疾患(Disease)、薬剤(Drug)、食事(Diet)、日常生活(Daily life)に関する詳細な情報を統合した大規模研究基盤「Japanese 4Dマイクロバイオームコホート(注2)」の4,198例を含む、日本人5,000人以上の腸内メタゲノムデータ(注3)を解析しました。さらに、これらのデータを36カ国・25,000人以上に及ぶ国際的な腸内メタゲノムデータと統合・比較することで、日本人に特有な腸内マイクロバイオームの特徴を世界規模で明らかにしました。

図1:世界的な比較から見た日本人腸内マイクロバイオームの特徴
(A)37カ国・31,695サンプルの腸内メタゲノムデータを用いた主成分分析。各点は国ごとの平均値を表し、誤差棒はばらつき(標準偏差)を示している。点の色は地理的地域、点の大きさは各国のサンプル数を表す。(B)各国における腸内細菌属レベルの構成。棒グラフは各属の平均的な存在割合を表し、カッコ内はサンプル数を示す。ここでは、特に多く検出された上位30属を示している。(C)日本人の腸内で有意に多い、または少ない腸内細菌属。
37カ国に由来する腸内マイクロバイオームデータを用いて主成分分析を行った結果、日本人の腸内マイクロバイオームは、主に欧米諸国などの高所得国の集団が含まれるクラスターに位置づけられました(図1A)。このクラスターは、比較的バクテロイデス(Bacteroides)属が多く、プリボテラ(Prevotella)属が少ないという特徴を持つことが知られており、日本人の腸内マイクロバイオームも同様の構成を示しました(図1B)。さらに、国間比較に基づく統計解析を行うことで、日本人において有意に多い、あるいは少ない腸内細菌属を多数同定しました(図1C)。
本研究で特に注目したのは、日本人の腸内にビフィズス菌(Bifidobacterium属)が豊富に存在するという特徴です(図1C)。各国の食生活や遺伝的背景を考慮した比較解析の結果、このビフィズス菌の豊富さは、牛乳の摂取量と、非欧米系集団に多く見られる「成人期に乳糖分解酵素を持たない」遺伝的背景との相互作用に密接に関連していることが明らかとなりました(図2)。多くの日本人では、牛乳に含まれる乳糖を小腸で完全に分解できず、一部が大腸まで届きます。この乳糖が、ビフィズス菌にとって重要な栄養源となり、腸内での増殖を促していると考えられます。一方、多くの欧米人は成人後も乳糖を分解することができるため、牛乳を摂取してもビフィズス菌の増加にはつながりにくいと考えられます。
興味深いことに、日本では第二次世界大戦後に学校給食などを通じて牛乳の摂取量が増加しました。この「乳糖を分解しにくい遺伝的背景」と「比較的近代に増えた牛乳摂取習慣」という組み合わせが、現在の日本人の腸内におけるビフィズス菌の多さを形作っている可能性が示唆されます。

図2:ビフィズス菌の量、牛乳摂取量、乳糖分解遺伝子との関連
各国におけるビフィズス菌の平均的な存在量と、1人あたりの牛乳摂取量との関係。国は先行研究に基づき乳糖を分解できる体質(乳糖耐性)の有無で分類されている。
さらに、日本の伝統的な食文化に関連する特徴として、ノリやワカメなどの海藻に含まれる多糖類を分解する酵素遺伝子が、90%以上の日本人の腸内細菌から検出されました(図3)。海藻に含まれる多糖類は、野菜や穀物などの陸上植物に含まれる多糖とは化学構造が大きく異なり、その分解には専用の酵素が必要です。本研究で検出されたこれらの酵素は、主に海藻を常食とする東アジア人集団のみで高頻度に見られ、欧米諸国ではほとんど検出されません。これは、腸内細菌が食文化に適応し、ヒトと共生しながら進化してきたことを示す代表的な例といえます。

図3:海藻由来多糖類を分解する遺伝子の世界的分布
ノリやワカメなどの海藻に含まれる多糖類を分解する酵素(β-ポルフィラナーゼ、β-アガラーゼ)をコードする遺伝子の各国の検出率。かっこの中に示されている数値は解析に使用したサンプル数を示す。
また本研究では、日本人の腸内マイクロバイオームに着目し、年齢・性別・体格(BMI)と関係の深い腸内細菌の違いも明らかにしました。年齢を重ねるにつれて増える腸内細菌がある一方で、若い世代に多い細菌も存在することや、例えば男性ではプリボテラ(Prevotella)が多く、女性ではエガセラ(Eggerthella)が多いことを明らかにしました。体格との関係も明らかになり、BMIが高い人ほどアシダミノコッカス(Acidaminococcus)やメガスファエラ(Megasphaera)といった腸内細菌が多いことも確認されました。これらの結果は、日本人の腸内環境が年齢や性別、体格といった基本的な個人差と深く結びついていることを示しています。
本研究成果は、日本人腸内マイクロバイオームのこうした特徴を、遺伝的背景と食文化の相互作用という観点から整理し、大規模データを用いて世界的な腸内細菌研究の中で位置づけたものです。日本人を対象とした大規模かつ高精度な解析は、将来の予防医学や個別化医療の基盤となることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院新領域創成科学研究科附属生命データサイエンスセンター
西嶋 傑 特任准教授
早稲田大学 理工学術院
服部 正平 招聘研究員
東京医科大学 健診予防医学センター
永田 尚義 准教授
論文情報
雑誌名: Proceedings of the Japan Academy, Ser. B
題 名:The Japanese gut microbiome: ecology, uniqueness, and impact on health and disease
著者名:Suguru Nishijima†, Masahira Hattori†, Naoyoshi Nagata† (†Corresponding author)
DOI: 10.2183/pjab.102.006
URL: https://doi.org/10.2183/pjab.102.006
研究助成
本研究は、AMED Research Program on HIV/AIDS JP22fk0410051(代表:永田尚義)、AMED Emerging and Re-emerging Infectious Diseases: JP22fk0108538(代表:永田尚義)、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(C) JP17K09365(代表:永田尚義)、COCKPI-T Funding(代表:永田尚義)、武田科学振興財団研究助成(代表:永田尚義)、喫煙財団研究助成(代表:永田尚義)、ダノン学術研究助成(代表:永田尚義)、J-milk学術研究助成(代表:永田尚義)、上原記念生命科学財団研究助成(代表:永田尚義)、武田化学振興財団(代表:永田尚義)、東京医科大学学長裁量経費(代表:永田尚義)、国際医療研究開発費19A1011、24A1010(代表:小島康志)、国際医療研究開発費28-2401(代表:永田尚義)の支援を受け実施しました。
用語解説
(注1)腸内マイクロバイオーム:腸内に生息する細菌をはじめとした多様な微生物と、それらが持つ遺伝子や機能を含めた全体の集まりを指す用語。消化、免疫、代謝など、ヒトの健康に深く関わっている。
(注2)Japanese 4Dマイクロバイオームコホート:日本人を対象に、疾患(Disease)、薬剤(Drug)、食習慣(Diet)、アルコール、喫煙、睡眠などの生活習慣(Daily life)、などの詳細な情報と腸内細菌データを統合して収集した大規模オミクス研究基盤。腸内・唾液マイクロバイオームに加え、代謝物質、血液中のサイトカイン・ケモカインや宿主ゲノムなどさまざまなオミクスデータを統合し、疾患との関連解明や新たなバイオマーカーの開発を目指している。
(注3)メタゲノムデータ:サンプル中に含まれる微生物を一つずつ培養するのではなく、微生物由来のDNAをまとめて抽出し、その全DNA(ゲノム)の塩基配列情報を取得したもの。メタゲノムデータを解析することで、腸内にどのような細菌がどの程度存在しているか、またそれらがどのような遺伝子を持つかを網羅的に調べることができる。

