有機半導体で従来比10倍となる100 cm2V-1s-1超の移動度を達成 ――熱振動を制御した分子設計最適化と次世代デバイス応用に期待――
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東京大学
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆有機半導体単結晶において、100 cm2V-1s-1を超えるキャリア移動度の実現に成功しました。
◆有機半導体分子の熱振動を抑制することで高移動度が実現できることを見出しました。
◆分子構造の最適化によりさらなる高移動度の実現と、高性能電子デバイス・量子エレクトロニクスなどへの展開が期待されます。

熱振動抑制により100 cm2V-1s-1を超える移動度を達成
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の竹谷純一教授、古川友貴大学院生、髙柳英明特任教授らの研究グループは、有機半導体単結晶において、100 cm2V-1s-1を超えるキャリア移動度(注1)の実測に世界で初めて成功しました。
有機半導体単結晶は分子同士が弱いファンデルワールス力(注2)で結びついているため、熱振動(注3)が大きく、その結果キャリア輸送(注4)は熱振動に起因する散乱に強く制限されます。実際に、室温下において有機半導体単結晶のキャリア移動度は10 cm2V-1s-1程度にとどまります。熱振動の抑制は有機半導体の輸送物性における重要課題であり、抑制によって移動度がどこまで向上するかは基礎物性研究の中心的テーマの一つです。本研究グループは、有機半導体単結晶を一方向から圧縮した状態で高密度な電荷キャリア注入を行い、低温下で有機半導体分子の熱振動を抑制することで、二次元正孔ガス(注5)が100 cm2V-1s-1を超える高いキャリア移動度を示すことを明らかにしました。圧縮歪みと低温により熱振動を大幅に抑制することで100 cm2V-1s-1を超える移動度を実現できることを見出しました。
有機半導体は化学合成により分子形状を自由にデザインできるという特長があります。本研究成果は、分子構造を熱振動の小さい形態へと最適化することで、キャリア移動度がさらに向上する可能性を示しています。今後、高性能電子デバイスへの応用研究や、高移動度二次元正孔ガス(2DHG)を用いた量子エレクトロニクスなどの基礎研究が加速することが期待されます。
発表内容
これまで本研究グループは、厚さが数分子層の有機半導体単結晶薄膜を大面積に作製する手法・技術を開発してきました。機械的柔軟性に富んだ単結晶薄膜は、フレキシブルな支持基板を一方向から曲げることによって分子の熱振動を抑制することができ、これによってキャリア移動度が最大で1.7倍向上することを見出してきました(関連情報③)。今回の研究では、有機半導体に3%の圧縮歪みを加えたうえで電気二重層トランジスタ(EDLT、注6、図1)構造により高密度のキャリアを注入し、低温環境下でキャリア輸送特性を調べました。本手法は、圧縮歪み導入による分子熱振動の縮小効果と、低温による熱エネルギー抑制効果を組み合わせるため、熱振動に大きく支配されたキャリア輸送の本質的な限界を探索する上で有効です。
今回、EDLTを用いて有機半導体単結晶C8-DNBDTに最大4分子当たり1電荷(1014 cm-2に相当する高密度のキャリア)を誘起してホール効果測定(注7)によりキャリア輸送特性を評価しました。

図1:有機半導体単結晶C8-DNBDTデバイスと二次元正孔ガスの概略図
(a)低分子有機半導体C8-DNBDTの化学構造式(左)と単分子層における結晶構造(右)。単分子層内では、向きの異なるC8-DNBDT分子が互い違いに並んだヘリングボーン構造をとる。(b)C8-DNBDTを用いた電気二重層トランジスタの模式図。(c)有機半導体中に形成された二次元正孔ガスのイメージ図。C8-DNBDT単分子層を表し、水色の層(アルキル鎖部分)は、エネルギー障壁となって正孔が漏れないように働いている。正孔はクリーム色の伝導層(DNBDT部分)に閉じ込められており、量子井戸構造(量子が狭い場所に閉じ込められ、移動できる方向が制限されている構造)となっている。ピンク色のhはドーピングされた正孔であり、二次元正孔ガスを形成していることを表している。
180ケルビン(K:絶対温度の単位、-93 ℃)においてキャリア移動度は20 cm2V-1s-1以上の値を示し、同程度のキャリアが注入された有機半導体単結晶の移動度と比べて4倍程度大きいことがわかりました。さらに、キャリア移動度は温度の減少に伴って上昇し、歪み導入を行った有機半導体の移動度は低温2 K(-271 ℃)下で最大で117cm2V-1s-1に到達しました。ホール効果測定から100 cm2V-1s-1を超えるキャリア移動度は本研究が世界初の観測例であり、高移動度有機半導体 (室温で移動度が約10 cm2V-1s-1 以上の値を示すもの) において、これまでにない高いキャリア移動度の実測に成功しました(図2)。

図2:有機半導体電気二重層トランジスタ(EDLT)への一軸歪み(ひずみ)導入
EDLTの支持基板を一方向から押し曲げることによって、デバイス中央部にある単結晶チャネルの結晶格子を一方向から圧縮している。
〇関連情報:
プレスリリース①「有機半導体における電子相関の発達を初めて観測 ―電子相関発現のメカニズム解明と量子エレクトロニクスの発展に貢献―」(2025/04/10)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11538.html
プレスリリース②「世界初、有機半導体で「絶縁体-金属転移」を実証 ―わずか1分子の厚さに電荷を閉じ込めた有機二次元ホールガスを実現―」(2021/09/07)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8649.html
プレスリリース③「指で曲げるだけで電流が倍になる有機物半導体を開発 ―従来比15倍の歪感度により低コスト・高感度の応力・振動センサ応用へ―」(2016/04/04)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/science/7921.html
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
竹谷 純一 教授
古川 友貴 博士課程
髙柳 英明 特任教授
論文情報
雑誌名:Science Advances
題名:Hall mobility exceeding 100 cm2V-1s-1 observed in strained organic semiconductors
著者名:Tomoki Furukawa*, Naotaka Kasuya, Hideaki Takayanagi, Shun Watanabe*, Jun Takeya*
DOI: 10.1126/sciadv.aea1634
URL: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aea1634
研究助成
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「電子閉じ込め分子の二次元結晶と汎用量子デバイスの開発(グラント番号:JPMJCR21O3)」、同 創発的研究支援事業「コンデンスドプラスチックの電子論と機能性の創成(グラント番号:JPMJFR2020)」、科研費「有機半導体二次元電子ガスの電子相制御と量子エレクトロニクス(課題番号:22H04959)」、「有機半導体を用いたスピンオービトロニクスの創成(課題番号:20H00387)」、の支援により実施されました。
用語解説
(注1)キャリア移動度
固体物質中での電子や正孔の移動のしやすさを示す物理量。単に移動度とも言う。単位はcm2V-1s-1で表される。金属中の電荷の移動度は、低温ほど増加する。有機半導体では分子間の弱い結合により、無機半導体に比べて移動度が低い傾向がある。二次元ガス中の移動度は低温において不純物散乱の影響を受け、飽和することが知られている。
(注2)ファンデルワールス力
分子間に働く弱い引力のこと。分子中に生じるわずかな電気的な偏りによって発生する。分子間力とも呼ばれる。この力による結合が、ファンデルワールス結合。
(注3)熱振動
固体中の原子や分子が温度に応じて行う振動運動。温度が高いほど振動の振幅が大きくなり、有機半導体では分子間の弱いファンデルワールス結合により、無機半導体に比べて熱振動が大きい。この熱振動は電荷キャリアの移動を妨げる散乱源となり、キャリア移動度を制限する主要な要因となる。
(注4)キャリア輸送
固体中における電子および正孔といった電荷キャリアの移動現象。外部電場や濃度勾配によって駆動され、電気伝導度や移動度などの輸送物性を決める基本過程。
(注5)二次元正孔ガス
半導体と絶縁体界面に誘起した正孔キャリアが二次元的に広がり分布している状態。半導体のフェルミ準位(正孔が持つ最大エネルギーの目安)が半導体のエネルギーバンド内部に位置するため金属的な輸送現象がみられる。
(注6)電気二重層トランジスタ(EDLT)
絶縁体(誘電体)としてイオン液体(負電荷を有した分子と、正電荷を有した分子から構成された液体)を用いた電界効果トランジスタの一種。EDLTではイオン液体が半導体表面に形成する厚さ1nm程度の電気二重層を利用するため、金属/固体誘電体/半導体の3層構造をしている通常の電界効果トランジスタよりも高い密度のキャリアを誘起することが可能となる。
(注7)ホール効果測定
磁場中を流れる電流に対して、磁場と電流の両方に垂直な方向に電圧が生じる現象。磁場中で電荷キャリアがローレンツ力を受けることで生じる。ホール効果測定により、キャリアの種類(電子または正孔)、密度(単位は主にcm-2)、移動度を正確に決定することができる。特に二次元電子ガスや二次元正孔ガスの物性評価において重要な測定手法である。
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