Wnt/β-カテニンシグナルを調節する複合体の構造を解明
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東京大学
発表のポイント
◆細胞の増殖や分化、腫瘍形成などに関与するWnt/β-カテニンシグナル伝達を調節するLGR4、LGR4/RSPO2複合体、およびLGR4/RSPO2/ZNRF3複合体のクライオ電子顕微鏡構造を解明しました。
◆LGR4/RSPO2/ZNRF3複合体はそれぞれ2分子ずつ計6分子から成っており、LGR4とRSPOがZNRF3同士の結合の促進を介して、Wnt/β-カテニンシグナル伝達を亢進することを明らかにしました。
◆本研究によって得られた構造的知見は、Wnt/β-カテニンシグナル伝達の調節因子を標的とした創薬に貢献することが期待されます。

LGR4/RSPO2/ZNRF3複合体によるWnt/β-カテニンシグナル伝達機構の調節メカニズム
発表内容
東京大学大学院新領域創成科学研究科の大戸梅治 教授と同大学大学院薬学系研究科の彭宇軒(ペン ユシュアン) 大学院生、藤村亜紀子 特任研究員、浅見仁太 大学院生(研究当時)、張志寛(チャン ジークアン) 助教、清水敏之 教授らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析(注1)を通して、Wnt/β-カテニンシグナル(注2)を調節するLGR4(注3)/RSPO2(注4)/ZNRF3(注5)複合体の構造を可視化し、複合体形成の重要性を示しました。
Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路は、細胞の増殖や分化など生命に必須のプロセスに関与しています。したがって、Wnt/β-カテニンシグナル伝達の異常は、組織修復障害、骨疾患、神経変性疾患、多様ながんを含むさまざまな疾患に関わることが報告されています。
LGR4は、Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路を正に制御する7回膜貫通タンパク質(注6)であり、そのリガンド(注7)であるRSPOとともに、Wnt受容体のユビキチン化酵素ZNRF3をリクルートし、ZNRF3の細胞膜からの除去・分解を誘導することで、Wntシグナルを増強します。これまでの研究では、LGR4やZNRF3の膜貫通部分を含めた全長構造は解明されておらず、また三者が実際に細胞膜上でどのような複合体を形成し、Wntシグナル伝達を増強するかは不明でした。
本研究チームは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析を用いて、LGR4、LGR4/RSPO2複合体、LGR4/RSPO2/ZNRF3複合体の構造決定に成功しました(図1)

図1:LGR4、LGR4/RSPO2、LGR4/RSPO2/ZNRF3複合体構造
LGR4の細胞外領域(ECD)は典型的なLRR(leucine-rich repeat)構造(注8)を形成し、膜貫通領域(TMD)は不活性化型のGPCRに特徴的な7回膜貫通構造を有していました。類縁のGPCRにおいて低分子のリガンド結合部位となる場所は、LGR4では特徴的なかさ高い残基により閉じられていました。RSPO2はLGR4のECDに結合しますが、それ単独ではLGR4に変化は生じませんでした。
LGR4とRSPOおよびZNRF3の三者複合体では、LGR4:RSPO:ZNRF3が1:1:2または2:2:2の比で結合していることが確認されました。興味深いことに2:2:2複合体においては、中央でZNRF3が二量体(注9)を形成し、2分子のLGR4および2分子のRSPOに挟まれるように結合していました。ZNRF3が囲われるようなこの特徴的な配置により、ZNRF3によるWnt受容体のユビキチン化が阻害されると考えられます。また、ZNRF3が二量体を形成することで、ZNRF3の自己ユビキチンを介してZNRF3の細胞膜からの除去・分解が促進される可能性も考えられます。実際、Wnt/β-カテニンシグナル伝達活性を調べるTOPflashアッセイの結果、ZNRF3の二量体が形成できない変異体(E95N/E97T)、すなわち2:2:2複合体を形成できない変異体は、Wnt/β-カテニンシグナル伝達活性が低下しました(図2)。

図2: ZNRF3野生型(WT)と二量体化欠損変異体(E95N/E97T)のWnt/β-カテニンシグナル伝達活性
本研究により、LGR4、RSPO、ZNRF3がWntシグナルを制御する仕組みが構造的に明らかとなりました。この発見は、Wnt/β-カテニン経路を標的とした新しい創薬研究の進展に貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
大戸 梅治 教授
大学院薬学系研究科
彭 宇軒 博士課程
藤村 亜紀子 特任研究員
浅見 仁太 博士課程(研究当時)
張 志寛 助教
清水 敏之 教授
論文情報
雑誌名: Nature Communications
題 名:Structural insights into Wnt/β-catenin signaling regulation by LGR4, R-spondin, and ZNRF3
著者名: Yuxuan Peng*, Akiko Fujimura*, Jinta Asami, Zhikuan Zhang, Toshiyuki Shimizu†, and Umeharu Ohto† (*co-first authors, †co-corresponding authors)
DOI: 10.1038/s41467-025-64129-z
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-64129-z
研究助成
本研究は、科研費(課題番号:22K15046、24K09349、22H05184、23H00366、22H02556)、AMED創薬等先端技術支援プラットフォーム(BINDS)(課題番号:JP21am0101115)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)クライオ電子顕微鏡単粒子解析
タンパク質の立体構造を高分解能で決定するための手法の一つ。電子線照射による分子の振動や損傷を抑えるために、観測対象のタンパク質を氷薄膜中に包埋し、マイナス180度の低温に保ったまま電子顕微鏡像を観測する。数十万から数百万分子の投影像を分類・平均化し、それらを統合して高分解能の三次元構造を構築する。
(注2)Wnt/β-カテニンシグナル
古典的Wnt経路とも呼ばれる。Wnt(ウィント)は、細胞増殖や分化、胚発生、組織の恒常性維持など多様な生命現象に関わる分泌性糖タンパク質およびそのシグナル伝達経路の総称。細胞表面で7回膜貫通型受容体Frizzled(FZD)と1回膜貫通型受容体LRP5/6が分泌タンパク質であるWntを認識し、そのシグナルがβ-カテニンに伝わると、核へ移行してTCF/LEF転写因子を活性化し、標的遺伝子の発現が誘導される。細胞の増殖、分化、遊走、腫瘍形成などの重要なプロセスに関与する。
(注3)LGR4 (Leucine-rich repeat containing G protein coupled receptor 4)
細胞の発生、発達、および生理機能に重要な役割を果たすタンパク質。細胞の表面に存在するクラスA Gタンパク質共役受容体(GPCR)ファミリーに属する。ロイシンリッチリピート(LRR:Leucine-rich repeat)構造(注8)を特徴とし、発生、組織の発達、幹細胞の維持、Wntシグナル伝達経路の調節など、さまざまな生物学的プロセスで重要な役割を果たしている。リガンド(注7)であるRSPO(注4)依存的にWnt/β-カテニンシグナル伝達を亢進する。
(注4)RSPO2 (R-spondin 2)
分泌タンパク質でRSPO1〜4の4種類が知られている。LGR4のリガンドとして働く。
(注5)ZNRF3 (Zinc and ring finger protein 3)
1回膜貫通型E3ユビキチンリガーゼであり、FZDおよびLRP5/6のユビキチン化と分解を介してWnt/β-カテニンシグナル伝達を抑制する。
(注6)膜貫通タンパク質
細胞膜のリン脂質二重層を貫通し、細胞内外の環境を繋ぐ膜内在性タンパク質。物質の分子輸送、シグナル伝達、エネルギー利用など、細胞の基本的な機能に不可欠な役割を果たしている。1回貫通型タンパク質や複数回貫通型タンパク質があり、数字は膜貫通型タンパク質が膜を横切る回数を指す。
(注7)リガンド
特定のタンパク質や金属などの「標的分子」と特異的に結合することで、生理的な作用を発揮する物質の総称。神経伝達物質、酵素の基質、抗原抗体反応で抗体に結合する抗原など、標的となる受容体やタンパク質に結合して様々な作用を引き起こす分子を指す。
(注8)LRR(leucine-rich repeat)構造
タンパク質のアミノ酸配列の繰り返し構造の一つで、特にロイシン(疎水性アミノ酸)が多く含まれ全体として馬蹄形の構造を形成する。他のタンパク質や分子(リガンド)と結合することで、細胞の免疫応答や発生、情報伝達など、生物の様々な機能において重要な役割を果たしている。
(注9)二量体
2つの単量体(モノマー)が結合してできた複合体のこと。ここでは単量体は2分子以上からなる複合体も含むこともある。共有結合や水素結合などの分子間力によって結びつき、タンパク質や核酸、あるいは低分子化学物質など、さまざまな物質で見られる。


