宇宙観測機輸送に革新をもたらすNEGポンプ技術の開発
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概要
入江工研株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 入江 則裕以下「入江工研」という)の狩野悠らと国立大学法人東京大学大学院新領域創成科学研究科(千葉県柏市柏の葉5-1-5、研究科長 伊藤 耕一)の𠮷川一朗教授らは、入江工研の製品であるNEGLAZE®を改良し、宇宙探査機に搭載する観測機の課題を解決するための技術開発を行った。
研究の背景
𠮷川一朗教授、吉岡和夫准教授の研究室の研究課題の一つとして、惑星の大気やプラズマが発する微弱な光を映像化して大気の生成/運動、短期的な変動に関する研究がある。この研究では、探査機に最新技術を用いた観測機を搭載し、今まで見えなかった物を見ることを目指している。現在、検出器の一つとして、5段構成MCPアッセンブリに注目している。
この新型MCPは電子雲の位置を検出するレジスティブアノード(RAE)などを組み合わせることにより、高感度に特定波長の光を可視化できる。この新型MCPで最も重要な点は、CsI(光電物質)を初段MCPの表面に蒸着し、量子効率を向上させていることである。しかし、このCsIは強い潮解性*1を有するため水分の多い地上では常に検出器を容器(図1)に収納して真空に保つ必要がある。
真空容器として一般的に用いられるSUS製の輸送容器は、堅牢性・信頼性は高いものの、真空下で多くの水分を放出する為、ロケットに搭載してから宇宙空間に達する迄の最短でも7日間に容器から放出される水により、性能が初期値の30%程度まで低下してしまう課題がある。(図2)
この為、従来は、ロケット搭載後、打ち上げの直前までターボ分子ポンプやドライポンプなどの電源を切ることができず、電源切り離し作業に莫大な人的費用がかかる。また、この作業と費用が必要であることが障害となり、搭載機器候補のリストから除外されることが多いという実態がある。つまり、本研究を加速させるためには、性能を維持したまま宇宙空間に輸送できる輸送容器の小型・軽量化・無電源化の研究も必要不可欠であり、人的費用の削減を行い、搭載機会を最大限に活用することが重要である。

図1 従来輸送容器の外観

図2 大気曝露3h後のCsⅠの感度
研究内容
𠮷川一朗教授は容器内の放出ガスを無電源で排気し続けることができる非蒸発型ゲッターポンプ(Non-evaporable getter, NEG)技術に着目した。従来のNEGはNEG材料を積層した「突起部」を収納する容積が必要で容器とNEG自体の重さが加わる。一方、入江工研のNEGLAZE*2(ゼロレングスNEGポンプ)は、突起物が無く内部容積がゼロである為小型化・軽量化が可能である。また、従来のNEGはNEG材料が脆く、打ち上げの衝撃でNEG合金が破壊される懸念があるが、無酸素Pd/Ti蒸着NEG技術*3用いたNEGLAZEは、一体型のフィンに薄膜を積層させる構造で堅牢性が高い。通常、無酸素Pd/Ti蒸着NEGポンプは、水を排気しないが、積層したTi膜は原理的には水を排気できることに着目し、入江工研と共同でこの原理を実証する研究に成功した。
通常NEGLAZEは150℃の加熱した後に冷却すると、超高真空雰囲気下で水素と一酸化炭素を排気する。この共同研究では無酸素Pd/Ti蒸着NEG膜を350℃まで過加熱することで水が排気できることを確認した。更に、輸送容器と同等の容積を再現する為、ICF70規格のフランジ及びクロス管(図3)に無酸素Pd/Ti蒸着NEG膜を設け、このブランクフランジ部を350℃まで加熱する実験をした結果、250時間後に1.0×10-3Paの圧力が維持できることを確認した。今後、容器内壁に無酸素Pd/Ti蒸着を適用し、容器壁面からの放出ガスを低減することやアルミによる軽量化などを検討していく予定である。なお、本共同研究の成果は第22回日本加速器学会年会(2025年8月開催)において口頭発表済みである。

図3 今回の検討に使用したフランジ
結論
NEGLAZEは、常時電源を必要とせず、数gという軽量で、25G r.m.sに耐える機械強度があり、-50℃から+80℃熱サイクルに耐えられる排気デバイスである。この技術を利活用することで惑星科学深宇宙探査が進歩することを期待している。
用語解説
*1 潮解性とは材料が空気中の水分(湿気)を吸収して、自ら溶け出したり、表面が湿ったりする性質
*2 本製品は、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構が有する、特許第6916537号「非蒸発型ゲッタコーティング部品、容器、製法、装置」の許諾を受けています。
*3 無酸素Pd/Ti蒸着NEG技術は大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構の間瀬一彦教授が開発した技術です。
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