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研究成果

白血病を引き起こすタンパク質の機能の一端を解明~新たな治療法の開発に期待~

投稿日:2023/04/27 更新日:2023/04/27
  • 研究成果

庄内地域産業振興センター
東京大学大学院新領域創成科学研究科
国立がん研究センター

発表のポイント

◆AF10融合タンパク質が悪性の白血病を引き起こすメカニズムを解明しました。
◆AF10融合タンパク質はENLやMOZというタンパク質と結びつくことでがんを引き起こします。
◆MOZは酵素として働くタンパク質であり、この酵素活性を妨げることで白血病細胞が退縮しました。
◆本研究の成果により悪性のAF10関連白血病に対する新しい治療法の開発が期待されます。

発表概要

公益財団法人庄内地域産業振興センター(理事長:皆川治、鶴岡市末広町)/国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室(横山明彦チームリーダー)、東京大学大学院新領域創成科学研究科(金井昭教特任准教授)、九州大学、および広島大学の研究グループは、悪性度の高い白血病を引き起こすAF10融合タンパク質*1が働くメカニズムの一端を解明しました。

CALM-AF10に代表されるAF10融合タンパク質は他のタンパク質と結びついて複合体を形成し、発がんドライバー *2として機能します。これまでにDOT1LとENLというタンパク質がCALM-AF10と結合することが示されていました。しかし、これらのタンパク質との結合がなぜ重要なのかは明らかになっていませんでした。
研究グループはCALM遺伝子がAF10, DOT1L, ENLの様々な機能ドメインと融合した人工遺伝子を作製し、どの機能ドメインが白血病化に必要であるのかを調べました。その結果、ENLに含まれるYEATSドメインという構造が発がんドライバーとして機能するために必須であることがわかりました。ENLはYEATSドメインを介してMOZというタンパク質と結びつきます。そこで、MOZタンパク質の働きを弱める薬剤をCALM-AF10白血病細胞に作用させると、がん細胞が非常に効率よく無害な細胞へと変化することを見出しました。マウスに白血病細胞を移植し、白血病を発症させる実験では、この薬剤によって効果的に白血病細胞が減少することを示しました(図1A)。
これらの結果から、CALM-AF10はENLやMOZと結びつくことで発がんドライバーとして機能するため、MOZの働きを弱める薬剤によって治療できることがわかりました。

本研究は、国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)及び東京大学大学院新領域創成科学研究科(研究科長:徳永朋祥、千葉県柏市)、広島大学、九州大学による共同研究であり、2023年4月8日に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

fig1抗腫瘍効果.png
図1 A. MOZ/MORF阻害剤の抗腫瘍効果。白血病細胞からの発光がMOZ/MORF阻害剤投与によって著しく減少する。 B. MOZ/MORF阻害剤とDOT1L阻害剤がCALM-AF10複合体を阻害する分子モデル。MOZ/MORF阻害剤はCALM-AF10複合体の呼び込みを阻害し、DOT1L阻害剤はCALM-AF10/DOT1L複合体の機能を低下させる。

     

発表内容

<研究の背景>
白血病は乳児を含む若年層で最も多く見られるがんであり、中には現行の治療法で治癒をもたらすことが難しい予後不良のタイプがあります。「染色体転座 *3」によってMLLやMOZといった遺伝子が別の遺伝子と融合し、その結果生み出される融合タンパク質が発現することで、正常の造血細胞が無限増殖能を獲得し、白血病を引き起こします。当研究グループはこれまでに、MLLやMOZがDOT1Lなどと協調的に働いて遺伝子の発現を活性化するメカニズムを明らかにしてきました。その過程でDOT1LがENLとDOT1L複合体を形成することや、ENLがAF4やP-TEFbとも結合し、AEP複合体を形成して機能することを見出してきました。MLLやMOZはCGという配列を多く含む遺伝子プロモーター*4に結合して、DOT1L複合体やAEP複合体を呼び込み、遺伝子からRNAを産生する転写反応を活性化します。MLLやMOZの変異はこの転写経路を異常に活性化することで白血病細胞が無制限に増殖するように働きます。

AF10という遺伝子もまた、様々な遺伝子と融合して悪性度の高い白血病を引き起こします。代表的なAF10融合遺伝子として、CALM-AF10, MLL-AF10, NUP98-AF10などがあります。AF10部分にはDOT1Lというタンパク質と結合する構造があり、DOT1LはENLという別のタンパク質と結合するため、結果的に、AF10融合タンパク質はDOT1LやENLと複合体を形成します(図1B)。このことから、AF10融合タンパク質もまた、上述のMLL変異やMOZ変異の場合と同様にMLL/MOZ/DOT1L/AEPを介した転写経路を活性化すると予想されてきました。しかし、このAF10融合タンパク質が白血病の発症にどのように寄与するのかはわかっていませんでした。

<研究成果>
当研究グループはCALM-AF10融合遺伝子の構造を改変した人工遺伝子を多数作製し、どの構造が白血病化に必須であるかを探索しました。その結果、CALM-AF10はENL中に含まれるYEATSドメインという構造を介して白血病を引き起こしていることを見出しました。当研究グループは以前、ENLはYEATSドメインを介してMOZやその類似タンパク質であるMORFと結合するということを報告していました。
そこで、CALM-AF10白血病細胞においてMOZ/MORFの遺伝子をノックアウトしたところ、白血病細胞が増殖を止め、無害な分化細胞へ変化しました。MOZ/MORFはDNAが巻き付くタンパク質であるヒストンをアセチル化する酵素であり、その酵素活性を阻害する薬剤が開発されていました。そこで、MOZ/MORF阻害剤を白血病マウスに投与したところ、顕著に白血病細胞が減少し、病態の進行が妨げられました(図1A)。この結果は、MOZ/MORF阻害剤がAF10転座型白血病の治療薬となりうることを示唆しています。MOZ/MORF阻害剤を添加するとCALM-AF10は標的遺伝子領域から解離し、標的遺伝子の転写は不活性化されました。従って、MOZ/MORF阻害剤はCALM-AF10の機能を直接阻害する分子標的薬であると言えます。さらに興味深いことに、DOT1Lに対する阻害剤と併用するとより高い抗腫瘍効果を示すことがわかりました(図1B)。

これらの結果は、MOZ/MORF阻害剤が難治性のAF10転座型白血病の治療法として、単剤もしくは他剤との併用療法で高い治療効果を発揮することを示唆しました。

<今後の展望>
今回の研究によってAF10白血病発症の分子メカニズムの一端が明らかになり、MOZ/MORF阻害剤が非常に効果的な治療薬となりうることが示されました。しかし、現時点では臨床現場で使用可能なMOZ/MORF阻害剤はありません。本研究を受けて、今後臨床で応用可能なMOZ/MORF阻害剤へと改良され、難治性の白血病に対する効果的な治療法の開発が進むことが期待されます。

<研究費について>
・がんメタボローム研究推進支援事業費補助金(山形県、鶴岡市)、横山明彦(代表)
・ENL変異型小児腎腫瘍の分子メカニズムの解明及び分子標的療法の開発 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))、横山明彦(代表)、金井昭教(分担)、R4-8年度、日本学術振興会
・AF10転座白血病における分子病態の解明及び新規治療法の開発、科学研究費助成事業 基盤研究(B)、横山明彦(代表)、金井昭教(分担)、R4-6年度、日本学術振興会

<国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室について>
国立がん研究センターにおけるがんメタボローム研究分野の研究拠点として、 山形県鶴岡市に2017年4月に設置。
鶴岡連携研究拠点では、学校法人慶應義塾、慶應義塾大学先端生命科学研究所と連携して、メタボローム解析を活用した、がんの診断薬などの開発等に向けた研究を実施している。また企業との共同研究をより積極的に推進することにより、がんの分子基盤に基づいた新しい診断・治療法開発を進めている。

     

論文情報

雑誌名Nature Communications
タイトル:MOZ/ENL complex is a recruiting factor of leukemic AF10 fusion proteins
著者:#Komata Y, #Kanai A, Maeda T, Inaba T, *Yokoyama A
#co-first author, *corresponding author
DOI:10.1038/s41467-023-37712-5 
URLhttps://www.nature.com/articles/s41467-023-37712-5
掲載日:2023/4/8

     

用語解説

(*1) 融合遺伝子/融合タンパク質
染色体は放射線などの影響で分断されると細胞内の修復メカニズムによって再結合するが、間違って元の染色体と異なる染色体断片同士が結合することで、遺伝子が再配列された染色体が生み出される現象を染色体転座という。その結果、二つの異なる遺伝子が融合した融合遺伝子が形成される。この遺伝子から発現されるタンパク質を融合タンパク質と呼ぶ。 

(*2) 発がんドライバー
遺伝子の変異の内でがんの発症に関与する変異。

(*3) 染色体転座
染色体は放射線などの影響で分断されると細胞内の修復メカニズムによって再結合するが、間違って元の染色体と異なる染色体断片同士が結合することで、遺伝子が再配列された染色体が生み出される現象を染色体転座という。往々にして融合遺伝子が形成される。

(*4) プロモーター
RNAをコードする遺伝子の先端部分のゲノム領域であり、その遺伝子の転写の起点となる。

     

関連研究室

鈴木穣研究室

     

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