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1ナノメートル半導体量子細線の作製に成功―量子の熱帯魚パターンが拓く未来のナノテク―

投稿日:2023/05/04 更新日:2023/05/08
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京都大学
東京大学
科学技術振興機構

発表概要

京都大学大学院理学研究科の浅場智也 特定准教授、Peng Lang同ポスドク研究員(現華為科技有限会社)、小野孝浩 同修士課程学生(2022年3月卒業)、末次祥大 同助教、笠原裕一 同准教授、寺嶋孝仁 同教授、幸坂祐生 同教授、市川正敏 同講師、佐々真一 同教授、松田祐司 同教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎 教授らの研究グループは、ドイツ・フランクフルト大学と共同で、グラファイト基板上に塩化ルテニウム(半導体)のナノ量子細線を作製する手法を発見しました。
この量子細線は、厚みと幅が約1ナノメートル(原子数個分)と極めて細いにもかかわらず、長さが1マイクロメートルを大きく超えます。また、ほぼ直線で等間隔に並び、細線の幅や間隔を変えることも可能です。このような量子細線のパターンは、これまでにはない新しい機構に基づくもので、熱帯魚の縞模様やキリンのまだら模様が生じるのと同じ原理で自発的に形成されている可能性が高いことも研究グループは明らかにしました。本成果はナノテクノロジーにおける超微細加工に新たな視点を提供するものであり、1ナノメートルサイズの半導体や金属の量子細線の作製を可能にすることが期待されます。

本研究成果は、5月4日(日本時間)に米国科学振興協会が発行する科学雑誌「Science Advances」に掲載されました。

熱帯魚とナノサイズ量子細線パターン.png

熱帯魚とナノサイズ量子細線パターン

    

発表内容

<研究の背景>
半導体ナノテクノロジーが現代文明を支えていることは言うまでもありませんが、その微細加工技術は限界が見えてきています。たとえば、現在主流となっている電子ビーム・リソグラフィなど、表面を削って回路を作製するトップダウン法では、細線の幅や間隔が10 ナノメートル(注1)未満のいわゆる量子細線パターンを作製することは困難です。一方、ゼロから細線を形成・合成していくボトムアップ法では、原子サイズの量子細線を作製することも可能ですが、このプロセスでは均一な細線の作製やその配置が大きな課題となっています。このような問題を解決するため、従来の製造技術の限界を克服する新しい方法が模索されてきました。

理想的な機構は、原子が自発的に原子数個分の量子細線を形成し、なおかつそれらの細線が規則的に配列する、あるいは接合やリングを形成することです。ですが、そのような物理的機構は存在するのでしょうか?
実は、原子よりもっと大きなスケールでは、そういった自発的パターンの一つとして、チューリングパターン(注2)が知られています。熱帯魚の縞模様やヒョウのまだら模様などが典型例です。しかし、このチューリング機構が原子スケールで起こりうるか、そしてさらにこれを用いて原子レベルの量子細線を作製することができるかは全く未知の問題でした。

<研究手法・成果>
今回研究グループは、パルスレーザー堆積法(注3)を用いて高品質の塩化ルテニウム(RuCl3)薄膜をグラファイト基板表面に蒸着しました。得られた試料は超高真空下で走査型トンネル顕微鏡(注4)(STM)に輸送し、表面を原子分解能で観察しました。通常の薄膜成長では、核となる原子を中心にクラスターが形成される島状成長や、一層ごとに膜が成長する膜状成長が起きます。しかし、今回得られた結果はそれらとは異なり、幅が原子数個分のβ-RuCl3量子細線が周期的にならんだ構造が基板表面に形成されました(図1)。驚くべきことに、この量子細線は幅が原子数個分であるにもかかわらず、その長さは1マイクロメートル(注5)以上にも及びます。また、蒸着時間や基板の温度を変えることで、これらの量子細線の幅と間隔をチューニングできます。さらにこの方法では、縞模様だけではなく、X字やY字のジャンクション・リング・渦巻き模様も形成されました(図2)。これらのパターンはいずれも量子回路、光感応デバイス、原子コイルなどの応用先が考えられる、とても興味深いものです。

     

図1原子パターンのSTM像.png    

図1 左:グラファイト基板表面に整列した原子パターンのSTM像。小さな丸い粒がルテニウム原子1個(とそれを取り囲む複数の塩素原子)に対応する。
右:広い範囲のSTM像。白い線が左図の原子鎖に対応する。

    

図2ジャンクションリングや渦巻き模様のSTM像.png

図2 X字やY字のジャンクション・リング(左)や渦巻き模様(右)のSTM像

研究グループは渦巻き模様を含むいくつかのパターンに注目し、この量子細線パターンの形成機構は非平衡プロセス(注6)である可能性が高いことを理論的に明らかにしました。このことは、従来考えられていた限界を超える、原子スケールのチューリングパターンによる量子細線形成を示唆します。さらに、トンネル伝導度(注7)の実験と理論的なバンド計算(注8)を比較することで、β-RuCl3の量子細線はモット絶縁体(注9)であることも明らかにしました。これまでの実験では実現や測定の難しかった特殊な状態がこの系で生じている可能性があります。

<波及効果、今後の予定>
従来の限界を超えた、原子数個で構成された量子細線パターン作製の実現は、新しい超微細加工技術の可能性を拓きます。量子細線パターン自身を回路として使うだけではなく、リソグラフィ用のマスクとし、グラフェンなどの他の物質を微細加工するなどの応用も考えられます。また、得られた量子細線では特異な現象、例えば、朝永・ラッティンジャー液体と呼ばれる電荷とスピンが分離した状態や、トポロジカル量子コンピュータの実現に必要なマヨラナ粒子などが出現している可能性があります。今回の成果は、応用だけでなく基礎研究面でも、新奇物理現象を探索する非常に興味深い舞台を提供しています。

<研究プロジェクトについて>
本研究はJST さきがけ(課題番号:JPMJPR2252)、CREST(JPMJCR19T5)、JSPS科学研究費補助金(18H05227, 18H03680,18H01180,21K13881)、新学術領域研究「量子液晶」およびDeutsche Forschungsgemeinschaft (DFG, German Research Foundation) TRR 288--422213477 (project A05)の支援を受けて行われました。

<研究者のコメント>
研究にはセレンディピティが大事であると、しばしば耳にします。セレンディピティとは、探しているものとは別の価値あるものを偶然に見つけることです。本成果はセレンディピティの塊といえるでしょう。当初、キタエフ量子液体中のマヨラナ粒子という呪文のような現象を探究していた研究グループは、研究の途中、原子スケールで整列した不可思議なパターンを目にしました。当初の計画から派生したこのプロジェクトは、非平衡現象やバンド計算の専門家との共同研究という形で花開き、領域横断的な研究成果として結実しました。こういったことが起きるのも、研究の醍醐味といえるでしょう。(浅場)

    

用語解説

(注1) ナノメートル
100万分の1ミリメートル。多くの物質で、原子間距離は0.2-0.4ナノメートルほど。大きさが数ナノメートル以下の物質では、量子力学的な性質が強く現れるようになり、特にワイヤ状のものは量子細線と呼ばれる。

(注2) チューリングパターン
2つの物質が反応・拡散するときに自発的に生じる空間パターン。イギリスの数学者、計算機科学者のアラン・チューリングが提案した。

(注3) パルスレーザー堆積法
レーザー光をターゲット物質に短時間・繰り返し照射し、その物質を基板に蒸着する薄膜作製手法。

(注4) 走査型トンネル顕微鏡 (STM)
探針を試料直上1ナノメートルほどまで近づけると流れる電流(トンネル電流)を測定し、試料形状を原子分解能で観察できる顕微鏡。

(注5) マイクロメートル
1000分の1ミリメートル=1000ナノメートル。髪の毛の太さが50-80マイクロメートルほど。

(注6) 非平衡プロセス
大気の循環やコーヒーに注いで混ざりきっていないミルクなど、物質やエネルギーに動きのある状態のこと。

(注7) トンネル伝導度
トンネル電流の流れやすさ。物質中の電子の状態密度分布を調べることができる。

(注8) バンド計算
物質中の電子の状態密度分布(バンドと呼ばれる)を理論的に導出する手法。

(注9) モット絶縁体
電子間の斥力が原因で電気を通さない物質。

    

論文情報

タイトル:Growth of self-integrated atomic quantum wires and junctions of a Mott semiconductor
(モット半導体の自己集積量子細線およびジャンクションの成長)
著  者:Tomoya Asaba, Lang Peng, Takahiro Ono, Satoru Akutagawa, Ibuki Tanaka, Hinako Murayama, Shota Suetsugu, Aleksandar Razpopov, Yuichi Kasahara, Takahito Terashima, YuhkI Kohsaka, Takasada Shibauchi, Masatoshi Ichikawa, Roser Valenti, Shin-ichi Sasa, and Yuji Matsuda
掲 載 誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.abq5561

    

関連研究室

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新領域創成科学研究科 広報室

    

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