記者発表

出雲と枕崎出身者を含む日本人のゲノム規模SNP データの解析結果は 「うちなる二重構造」モデルを支持する

概要

日本列島人(ヤポネシア人(1))の形成に関する「二重構造」モデルは、在来の採集狩猟民(象徴的に「縄文系」と呼ぶ)と弥生時代以降に日本列島に渡来した稲作農耕民(象徴的に「弥生系」と呼ぶ)が混血したと仮定しています。その結果、縄文系の要素は北方に居住するアイヌ人と南方に居住するオキナワ人の双方で高い一方、中央部に居住するヤマト人(2)は弥生系の要素が高くなっています。このモデルは私たちが以前おこなった遺伝子解析で支持されましたが、その解析で使われたヤマト人は主に東京周辺に居住する人々でした。

今回私たちは島根県の出雲出身者45 名と鹿児島県の枕崎出身者72 名のゲノム規模SNP データを生成し、それらとバイオバンクジャパン(3)のデータを含む東アジアの他の人類集団のゲノムデータと比較解析しました。主成分分析(4)、系統ネットワーク(5)などのさまざまな統計手法を用いた結果、出雲・枕崎・東北地方の集団は、関東(東京を含む)・東海・近畿と遺伝的にすこし異なっていました。日本列島中央部内に居住するヤマト人内にこのような内部構造が生じたのは、縄文時代以降に東アジア大陸部から複数回の渡来があったことを示唆します。これは、「二重構造」モデルをすこし変更した「うちなる二重構造(6)」モデルを支持しています。

本研究は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 集団遺伝研究室のTimothy Jinam 助教と斎藤成也教授、国立国際医療研究センターの河合洋介副プロジェクト長と徳永勝士プロジェクト長、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鎌谷洋一郎教授、鹿児島県枕崎市医師会の園田俊郎博士、牧角寛郎博士、鮫島秀弥博士らによって実施されました。また、出雲地方出身者のDNA収集には、東京いずもふるさと会の岡垣克則会長、荒神谷博物館の藤岡大拙館長にお世話になりました。

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図:「うちなる二重構造」モデル

研究の詳細

研究の背景

日本列島は南北に2000km 以上にわたってつらなっています。作家の島尾敏雄は1960 年代にこの列島を「ヤポネシア」と呼びました。ヤポネシアは大きく北部(北海道、{樺太と千島を含むこともある})、中央部(本州、四国、九州およびその周辺の島々)、南部(南西諸島)に分けられます。歴史的に北部にはアイヌ人が、南部にはオキナワ人が、そして中央部にはヤマト人が居住してきました。

日本にながく住んだドイツ人のベルツは、1911 年に発表した論文で、アイヌ人とオキナワ人の共通性を指摘しました。その後頭骨などの骨形態を調べた山口敏や埴原和郎が、1980 年代以降に「二重構成」あるいは「二重構造」という名称で、南北2集団の近縁性を指摘しました。図1(本論文のFigure 2)は、埴原和郎の描いた二重構造モデルを描き直したものです。われわれは2012 年に発表した論文(引用文献1)で、アイヌ人、オキナワ人、ヤマト人のゲノム規模SNP データを比較解析し、二重構造モデルが基本的に成り立つことを示しました。

しかしながら、この研究で用いたヤマト人は、おもに東京周辺在住の人々でした。そこでヤマト人内の地理的・遺伝的多様性を明らかにする第一歩として、図2(本論文のFigure 1)に示したように、今回島根県の出雲地域出身者と鹿児島県の枕崎市出身者のDNA を調べ、バイオバンクジャパンから提供をうけた日本の7地域(北海道、東北、関東甲信越、東海北陸、近畿、九州、沖縄)のデータと比較解析をおこないました。

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図1:埴二重構造モデル

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図2:今回比較した9地域(集団の色は図4と対応)

本研究の成果

まず主成分分析の結果をお示しします。図3(本論文のSupplementary figure 2)はジャパンバイオバンクの日本人全データ(灰色)東アジアの大陸部5集団(韓国人、北京の漢族、中国南部の漢族、ベトナム人、ダイ族)を比較したものです。日本人がおおきくふたつのかたまりにわかれていますが、左がオキナワ人、右がヤマト人です。

図4は、図3における、図2の9集団それぞれの位置を示しています。北海道、東北、関東甲信越、東海北陸、近畿、出雲、枕崎はヤマト人のかたまりに位置していますが、九州だけは、オキナワ人のかたまり(A)とヤマト人のかたまり(B)にわかれています。前者(A)は、おそらくオキナワの文化やオキナワ人の影響が強い鹿児島県の奄美大島地方の人々ではないかと推察されます。また、東北集団は、ヤマト人のかたまりのなかでやや左上にシフトしており、近畿集団はやや右にシフトしています。枕崎集団はややオキナワ人のかたまりに近い位置にシフトしています。

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図3:主成分分析の結果

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図4

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図5 Admixture ソフトウェア(7)による解析結果

次に各個人がさまざまな祖先集団からいろいろな割合でゲノムを伝えられた様子を推定した結果を図5(本論文のFigure 4)にしめしました。ここでは9個の祖先集団が存在したと仮定して、それらの割合をいろいろな色で示しています。もっとも右のオキナワ人および大部分の九州 (A)の人々は緑色で示された祖先集団から伝えられた割合が大きいのに対して、他の日本人には緑色の成分は少なく、大陸の集団にはほとんど緑色成分がみられません。一方、右からベトナム人、ダイ族、中国南部の漢族、中国北京の漢族には、ピンク色でしめした祖先集団がかなり伝えられていますが、ヤポネシア人にはほとんどピンク色成分がありません。中国南部の漢族、中国北京の漢族、韓国人に多い水色で示された祖先集団の成分は、北海道から九州(B)までのヤマト人には多少みられますが、九州(A)とオキナワ人にはわずかな割合しか伝わっていません。これら南部の2集団を除くヤポネシア人には、茶色の成分が半数以上含まれていますが、韓国人では3割程度見られます。

混血を繰り返してきた人類集団の遺伝的関係をしめす方法のひとつに、「系統ネットワーク」があります。図6(本論文のFigure 5)にしめしたのがその解析結果です。図6A では、左側にアイヌ人が、右側に東アジア大陸部の2集団(中国北京の漢族と韓国人)が位置しており、オキナワ人とヤマト人は両者のあいだに位置しています。アイヌ人が他集団とはかなり遺伝的に離れているので、図6B では、アイヌ人以外の集団で比較しました。

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図6 集団間の遺伝的関係をしめした系統ネットワーク

今度も右側には東アジア大陸部の2集団が位置しますが、左側にはオキナワ人と九州(A)集団がまとまっています。その中央、水色でしめされた部分の拡大図を見ると、左側に枕崎集団が、右側に近畿地方集団が位置しています。どちらも、図4で示した主成分分析の結果と一致しています。大陸の集団に若干近くなっている近畿地方集団のすこし左には、東海北陸・北海道・関東甲信越・九州(B)の4集団がかたまっています。それらからすこし離れて東北地方集団が位置しています。さらに、比較的長い枝aでこれら日本列島の6集団と大陸の2集団は、出雲・枕崎・沖縄・九州(A)集団と分けられます。このように、山陰地方の出雲人が枕崎や沖縄の集団と遺伝的に近くなっているのです。また枝の長さは短いものの、枝eは東北集団と沖縄・九州(A)集団の共通性を示しています。系統ネットワークで図示された集団館の結果は、f4 テストという別の方法でも確認されました。

これらのパターンは、斎藤成也(引用文献2)が提唱した、日本列島中央部のヤマト人が遺伝的に中央軸と周辺部に分けられるという図7(本論文のFigure 7)でしめした「うちなる二重構造」モデルを支持するものです。

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図7 「うちなる二重構造」モデル

今後の展望

新学術領域「ヤポネシアゲノム」(領域代表:斎藤成也;2018〜2022年度)のメンバーである琉球大学医学部の松波雅俊・木村亮介らが、最近沖縄の宮古島に明確な集団構造があることを報告しました(引用文献3)。

またやはり新学術領域「ヤポネシアゲノム」のメンバーである長崎大学医学部の吉浦孝一郎らは、対馬・壱岐・五島列島・延岡などの九州地方の人々のDNAを収集し、現在本論文の筆頭著者であるTimothy Jinam が解析しています。これら沖縄と九州のデータをあわせて解析する計画をすすめています。九州だけでなく、下田人と佐渡島人(新潟大学医学部との共同研究)のデータを解析中であり、また徳島県、鳥取県、隠岐の島、八丈島、山形県各地(山形大学医学部との共同研究)の人々のDNAを調べる予定です。近い将来、ヤポネシアに現在住んでいるひとびとの詳細なゲノムの地理的多様性が浮かび上がることが期待されます。

引用文献

1. Jinam T. et al. (2012) The history of human populations in the Japanese Archi- pelago inferred from genomewide SNP data with a special reference to the Ainu and the Ryukyuan populations. Journal of Human Genetics, vol. 57, pp. 787-795.

2. 斎藤成也 (2017) 核DNA解析でたどる日本人の源流. 河出書房新社.

3. Matsunami M. et al. (2021) Fine-scale genetic structure and demographic history in the Miyako Islands of the Ryukyu Archipelago. Molecular Biology and Evolution, published online on 11 January 2021.

用語解説

(1) ヤポネシア人 (Yaponesian)

1960 年代に作家の島尾敏雄が、「日本列島」をラテン語でしめした発音をもとに提唱したもの。文部科学省新学術領域「ヤポネシアゲノム」の名称はここから由来している。

(2) ヤマト人 (Yamato population)

ヤポネシアの中に居住する3集団のうちで、北部中心に居住するアイヌ人と南部中心に居住するオキナワ人以外の大多数の人々を指す。自然人類学でこれまで「本土日本人」と呼んできた集団に対応する。

(3) バイオバンクジャパン (BioBank Japan)

2003 年から文部科学省の委託事業である「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」の元に開始されたバイオバンクで、現在は日本医療研究開発機構のゲノム研究バイオバンク事業「利活用を目的とした日本疾患バイオバンクの運営・管理」のもと運営・管理されている。これまでに全国約26.7 万人の協力を得てDNA サンプルが収集された(https://biobankjp.org)。取得済みのジェノタイプ・データ並びに全ゲノムシークエンスデータは我が国の公的データベースであるNBDC ヒトデータベースから制限公開され、審査の上データ管理セキュリティが担保された機関に配布されている(https://humandbs.biosciencedbc.jp/hum0014-v21)。また臨床情報は、BBJ 試料等配布審査会において研究目的の厳正な審査の上、配布される。本研究でも審査の上配布されたデータが使用された。

(4) 主成分分析 (Principal Component Analysis;略称 PCA)

大量のデータに含まれる多様性を線形代数理論を利用して、全分散を互いに独立な主成分に分割する手法。通常はもっとも分散の大きな第一主成分と次に分散の大きい第二主成分の平面上に示されることが多い。

(5) 系統ネットワーク (phylogenetic network)

枝分かれしてゆくのみの系統樹と異なり、矛盾する分割を含む場合のある構造を指す。図形的には平行四辺形がくみあわさったようになる。A、B、C、Dの4集団であれば,A+B、C+Dという分け方のほかに、A+C、B+Dという分け方も共存する場合、系統樹ではあらわすことができず、系統ネットワークを用いる。

(6) 「うちなる二重構造」モデル (inner dual structure model)

斎藤成也『日本列島人の歴史』 (2015;岩波ジュニア新書)で提案されたモデル。日本列島中央部に中心軸と周辺部の二重構造があるとする。

(7) Admixture ソフトウェア (Admixture software)

多数個人のゲノム情報を用いて、それらの人々がk個(k=1,2,3,・・・)の祖先集団の混血であると仮定して各個人の混血状況を推定するソフトウェア。

研究体制と支援

本研究は、国立遺伝学研究所集団遺伝研究室のTimothy A. Jinam 助教と国立国際医療研究センターの河合洋介副プロジェクト長が中心になって解析をおこないました。コンピュータ解析は、新学術領域ヤポネシアゲノムの予算で購入したサーバーを利用しました。

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新領域創成科学研究科 広報室