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太平洋側北極海の昇温と結氷遅延メカニズムの一端を解明 ー 太平洋十年規模振動とブロッキング高気圧に伴う海洋熱輸送 ー

投稿日:2020/12/02 更新日:2022/12/19
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発表のポイント

◆我が国初の結氷期における北極観測航海を太平洋側北極海にて2018年11月に実施し、例年に比べて非常に高温な海水と遅延する結氷の現場観測に成功した。

◆太平洋側北極海の結氷期の海面水温は太平洋十年規模振動(注1, PDO)と連動するが、2018年に記録された観測史上最高の海面水温の支配的な要因はPDOではなくブロッキング高気圧(注2)の発生であったことを示した。

◆太平洋側北極海の結氷遅延のメカニズムの一端を解明したことは、北極海航路の利用から生態系に至るまで広範な影響を及ぼす海氷分布予報の高精度化に繋がると考えられる。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科海洋技術環境学専攻小平翼助教、早稲田卓爾教授、野瀬毅彦特任研究員のグループは、国立極地研究所の猪上淳准教授との共同研究により、201811月に太平洋側北極海チュクチ海(図1)において統合的な大気海洋観測を実施した。観測は海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」により行われ、結氷期としては非常に温暖な海水が結氷を著しく遅延させている状況を観測した。

研究グループは2002年から2018年に取得された海面水温の衛星観測データを解析することで、同海域の結氷期における海面水温は太平洋十年規模振動と高い相関を持つことを明らかにした。2018年は観測史上最高の海面水温と著しい結氷遅延が確認されたにも関わらず、太平洋十年規模振動の勢力は限定的であったため、他の要因として考えられる大気循環場を解析したところ、2018年9月にベーリング海上で発生したブロッキング高気圧が過去40年間において最も顕著であることが明らかとなった。北極海には太平洋から比較的温暖な海水が流入することが知られているが、このブロッキングで生じる強い南風成分は、暖かい太平洋水をさらに北極海へ輸送する作用があるため、結氷期の11月においても北極海の海水温が異常に高い状態が維持されていたと考えられる。結氷時期の遅延は北極海の夏期最小海氷面積の減少と同様に急激に温暖化する北極域を象徴する現象であり、北極海航路の利用から生態系に至るまでその影響範囲は広範である。本研究で指摘した太平洋十年規模振動とブロッキング高気圧は2つの時空間スケールの異なる結氷遅延因子と捉えることができ、北極域の海氷の季節予報や長期予報の精度向上に繋がる知見であると考えられる。

本研究は北極域研究推進プロジェクト(ArCS)及び、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)(注3)の一環として実施され、その成果は20201127日付けで、英国科学誌Scientific Reportsにオンライン掲載された。

発表内容

研究の背景と経緯

北極域は地球上で最も急激に温暖化が進行する地域であるが、その詳細なメカニズムは依然未解明のままである。北極域で温暖化が増幅される主な原因として雪氷アルベドフィードバック(注4)が挙げられるが、低緯度からの大気・海洋を通じた熱流入の重要性も指摘されている。海洋を通じた熱輸送については、太平洋からと大西洋からの2つの経路が存在し、太平洋水は総流量、総熱量ともに大西洋水に比べて小さいが、北極海のより表層付近に流入するため、付随する熱による海氷の融解が懸念されている。本研究では201811月の高温な太平洋側北極海と海氷の結氷遅延に着目し、北極航海によって得られた現場観測データと各種衛星データ、気象再解析データを統合的に解析することにより太平洋側北極海における結氷遅延メカニズムの一端を解明した。

研究成果の内容と意義

2018年11月に海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」により、我が国初の結氷期における北極航海が行われた(首席研究者:猪上淳)。観測が実施された時期に太平洋側北極海は例年に比べ海面水温が非常に高く(図2)、研究船「みらい」はチュクチ海において結氷が著しく遅延する状況を観測した。2002年から2018年の衛星海面水温観測データを調べたところ、同海域の11月平均水温は十年規模で変動しており、上記観測を実施した2018年11月に最高値を記録していたことが明らかとなった(図3a)。また、チュクチ海、ベーリング海の11月水温と太平洋十年規模振動(PDO: Pacific Decadal Oscillation)指数との間に顕著な線形関係が存在することも明らかとなった(図3b)。一方、2018年はPDOの勢力は限定的で、2018年11月の非常に高温の海面水温はPDOとは異なる要因により生じた事が示唆された。そこで、当該海域の気象再解析データERA5(注5)を解析したところ、ベーリング海峡周辺で2018年9月に顕著な南風偏差が発生していたことが明らかとなった(図4)。さらに解析を進めた結果、この南風偏差は夏季のベーリング海上では非常に稀なブロッキングと呼ばれる高気圧の発生に起因していたことを突き止めた。

そして、ブロッキング高気圧の発生した2カ月後となる2018年11月に実施された研究船「みらい」による集中的な気象海洋観測からは、気温-10度を下回り風速10m/sを超える強風下のいわば「海洋の急速冷却」という状況下でも結氷がほとんど進まない状況を観測した(図5)。この現場観測された結氷遅延は、ブロッキング高気圧に伴う南風により輸送された太平洋水に伴う熱流入に起因すると考えられる。

長期の海洋変動である太平洋十年規模変動と、短期の大気現象であるブロッキング高気圧は、本来独立した現象である。もし、両者の作用が重なり、北極海への暖水輸送が著しく強化されると北極海の結氷時期が極端に遅れることを本研究は示唆している。これらの知見は北極域の海氷予報の高精度化の一助となることが期待されると共に、海氷分布に強く依存する大気海洋間の熱輸送の変化や、それに起因する遠隔影響、ならびに北極域の生態系の変化等に関する研究への波及効果が見込まれる。また、結氷期に継続して実施した海氷縁の現場観測結果をもとに氷縁の短期変動に関する貴重な知見を提示したことも本研究のひとつの成果と考えられる。

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(20201127日付け)

論文タイトル:Record high Pacific Arctic seawater temperatures and delayed sea ice advance in response to episodic atmospheric blocking

著者: Tsubasa Kodaira, Takuji Waseda, Takehiko Nose and Jun Inoue

DOI番号:10.1038/s41598-020-77488-y

アブストラクトURLhttps://doi.org/10.1038/s41598-020-77488-y

発表者 

小平  翼 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻 助教)

早稲田卓爾 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻 教授)

野瀬 毅彦 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻 特任研究員)

猪上  淳 (国立極地研究所国際北極環境研究センター 准教授)

用語解説

(注1)太平洋十年規模振動(PDO: Pacific Decadal Oscillation)

北太平洋に見られる主要な海面水温の気候変動パターンで十年規模の時間スケールを持つ。統計的には、北緯20度以北を対象とした北太平洋の海面水温変動の主成分分析結果の第一成分として、その空間パターンと時間変動を示すPDO指数が定義される。空間パターンは基本的に固有であるため、PDO指数の正負と大小で任意の海域における太平洋十年規模振動に伴う水温変動を表現することができる。

(注2)ブロッキング高気圧

中高緯度の大気高層に形成される大規模な高気圧で、時には1週間以上の比較的長時間同じ場所に停滞し、偏西風による移動性低高気圧を文字通り「ブロック」するという特徴を持つ。

(注3)北極域研究推進プロジェクト(ArCS: Arctic Challenge for Sustainability)
文部科学省の補助事業として、国立極地研究所、海洋研究開発機構及び北海道大学の3機関が中心となって、2015年9月から2020年3月までの約4年半にわたって実施された、我が国の北極域研究のナショナルフラッグシッププロジェクト。

北極域研究加速プロジェクト(ArCS II: Arctic Challenge for Sustainability II)

2020年6月に開始された文部科学省の環境技術等研究開発推進事業費補助金事業。持続可能な社会の実現を目的として、北極域の環境変化の実態把握とプロセス解明、気象気候予測の高度化などの先進的な研究を推進することにより、北極の急激な環境変化が我が国を含む人間社会に与える影響を評価し、研究成果の社会実装を目指すとともに、北極における国際的なルール形成のための法政策的な対応の基礎となる科学的知見を国内外のステークホルダーに提供する。国立極地研究所、海洋研究開発機構及び北海道大学の3機関が中心となって推進している。

(注4)雪氷アルベドフィードバック

地球表面において太陽光が反射される割合をアルベドと呼ぶ。なんらかの影響で雪氷が融解し、アルベドが下がると、地球表面が吸収する太陽光が増え、ますます融解が加速する。この連鎖的な過程は雪氷アルベドフィードバックと呼ばれる。

(注5)気象再解析データERA5

大気モデルによる数値シミュレーション結果と観測データを組み合わせて作成された、高精度で時空間的に均一なデータを再解析データと呼ぶ。ERA5は欧州中期気象予報センターにより作成された第5世代の気象再解析データである。

添付資料

2041fig1.png

12018年度海洋地球研究船「みらい」北極航海の航路

2041fig2.png

2:衛星観測にもとづく太平洋側北極海における11月の海洋および海氷の状況。a 201811b 2002年から2018年の平均。色は海面水温を、青線は氷縁の指標となる海氷密接度15%等値線、マゼンタ線はチュクチ海における100m 等深線。図aにおける緑の直線は研究船「みらい」の定線観測線。図bにおける黒線で囲まれた領域はそれぞれチュクチ海、ベーリング海の海面水温の月平均値を算出する為に設定した領域を示している。

2041fig3.png

3:衛星観測にもとづく太平洋側北極海における11月の海面水温。a 2002年から2018年の11月の海面水温の月平均値。青線はチュクチ海、赤線はベーリング海北部における変動を示す。 b aと同様であるが、横軸を太平洋十年規模振動(PDO)指数の年平均値としている。

2041fig4.png

4:気象再解析データERA5に基づく太平洋側北極海における20189月の海面付近の大気の状態に関する例年との比較。色で風速、矢印で風向風速、そして赤線で海面気圧に関して、1979-2018年の平均値からの偏差をそれぞれ示している。

2041fig5.png

5201811月の研究船「みらい」北極航海中に撮影された、蒸気霧が立ち込める北極海(撮影:猪上准教授)。比較的温暖な海水が寒冷な強風によって急速冷却される様子を示す。

記事掲載情報

科学新聞(12/11)

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