細菌の「DNAを切るハサミ」によるヒトゲノムの書き換えががんを起こすことを発見
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東京大学大学院新領域創成科学研究科
発表のポイント
◆ピロリ菌の制限酵素(HpPabI)が特定のDNA配列から塩基を切り出し、DNAの切断や変異を引き起こすことでがんを発生させることを発見しました。
◆HpPabI は、DNAから特定の塩基をまず切り出す「塩基切り出し型」という新型の制限酵素であることが分かりました。
◆本成果は、がん発生メカニズムの理解を大きく進展させるものであり、今後がん医療の新たな発展が期待されます。

ピロリ菌が胃がんを起こすしくみ
ピロリ菌が作る制限酵素(DNAを切るハサミ)が,ヒトの胃の細胞に入りこみ,ゲノムDNAの特定の場所で塩基を切り出して,点変異と鎖切断によるゲノム再編を起こす。それらが胃がんの元になる。
発表内容
東京大学の小林一三名誉教授は、基礎生物学研究所、法政大学、千葉大学、大分大学、杏林大学と共同で、ピロリ菌の持つ特別な制限酵素(注1)(HpPabI)がヒトのゲノムに変異と切断を引き起こしがんを創り出すという、有力な証拠を発見しました。
ピロリ菌は胃がんの主な原因の一つとされていますが、ピロリ菌がどのようにしてヒトのゲノムに働きかけてがんを起こすのか、その仕組みは不明でした。
本研究グループは、世界50カ所の胃がん患者と非胃がん患者の両方から採取したピロリ菌のゲノムを解読し、ピロリ菌の株が「胃がん患者由来であること」とそのピロリ菌の株が「制限酵素(HpPabI)を持つこと」との相関を明らかにしました。胃がんのゲノムでは、ピロリ菌が持つ制限酵素(HpPabI)が、塩基を切り出す配列(5′-GTAC)で変異が頻発していることが分かりました。さらに、ヒト細胞にピロリ菌を感染させると、この制限酵素によってゲノムの切断が起きることを確認しました。また、細菌を使った実験では、この制限酵素によって、遺伝子に変異が起きる確率が10倍以上高まることが分かりました。
この制限酵素は、DNAから塩基(アデニン、A)をまず切り出す「塩基切り出し型」という新型の制限酵素です。他の種類のがんについてもゲノムの変異の特徴から、特定の細菌の特定の制限酵素が関わっていることが予想されます。この発見は、がんの初期発生段階の理解を大きく進展させるものであり、今後がん医療の新たな発展が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
小林 一三 名誉教授
論文情報
雑誌名: PNAS NEXUS
題 名:Helicobacter pylori base-excision restriction enzyme in stomach carcinogenesis
著者名: Masaki Fukuyo, Noriko Takahashi, Katsuhiro Hanada, Ken Ishikawa, Česlovas Venclovas, Koji Yahara, Hideo Yonezawa, Takeshi Terabayashi, Yukako Katsura, Naoki Osada, Atsushi Kaneda, Maria Camargo, Charles Rabkin, Ikuo Uchiyama, Takako Osaki, and Ichizo Kobayashi*
DOI: 10.1093/pnasnexus/pgaf244
URL: https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf244
研究助成
本研究は、科研費「ピロリ菌の塩基切り出し型制限酵素は胃がんの原因か?(課題番号:19K22543、小林一三代表)」、「新規変異シグナチャー解析手法による癌変異源の解明(課題番号:22K07164、福世真樹代表)」、「先進ゲノム支援(課題番号:221S0002、16H06279、黒川顕代表)」とピロリ菌ゲノム国際プロジェクト(HpGP)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)制限酵素
DNAの特定の塩基配列を認識して、その位置でDNA鎖を切断する酵素の総称。DNAを切る"はさみ"の役割を持つ。細菌がDNAウイルスから身を守る仕組みとして発見されたが、現在は遺伝子組換えなどの分子生物学実験に不可欠なツールとなっている。

