記者発表

新たな抗体療法で難治性血液がんを制圧へ ――がん細胞の除去と免疫活性化の二重効果――

投稿日:2025/08/07
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東京大学大学院新領域創成科学研究科

発表のポイント

◆新たな腫瘍細胞マーカー「GARP」を発見し、それを標的とした抗体医薬が難治性の血液がんに対して有効であることを明らかにしました。

◆がん細胞の除去と免疫の活性化という二重の効果を同時に達成しました。

◆難治性の血液がんに対して、理論的根拠に基づいた新しい治療戦略の可能性を切り拓きます。

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ATL細胞におけるGARP-TGF-β経路と抗GARP抗体

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概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木佳子大学院生と山岸誠准教授らによる研究グループは、難治性の血液がん「成人T細胞白血病リンパ腫(ATL、注1)」に対して、新たな治療戦略を見出しました。

本研究では、ATL細胞の表面で異常に発現するタンパク質「GARP」を新たな腫瘍細胞マーカーとして同定し、GARPを標的とする抗体医薬(注2)「DS-1055a」によって、がん細胞の除去と免疫の活性化という二重の効果が得られることを明らかにしました。GARPは、がん細胞が免疫の働きを抑えながら自己の増殖を促進するために重要な役割を果たしており、この分子を標的とすることで、より効果的ながん治療が可能になると期待されます。本研究は、難治性の血液がんに対して、がん細胞と免疫環境を同時に制御する新しい抗体治療の開発につながります。

本成果は、英国科学雑誌『Leukemia202585日オンライン版に掲載されました。

発表内容

成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)はHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)の感染が原因で発症する血液がんです。HTLV-1T細胞(白血球の一種)に感染・がん化することでATLが発症し、多くの患者は発症から1年以内に死亡するという極めて予後不良な疾患です。造血幹細胞移植や近年の分子標的治療薬の登場により、一定の治療効果が得られているものの、依然として有効な治療法の確立が強く求められています。

研究チームはこれまでに、ATL細胞のトランスクリプトーム解析(注3)を行い、正常な細胞とは全く異なる異常な遺伝子発現パターンを明らかにしてきました。今回の研究では、ATL細胞で異常に発現する遺伝子群から新しい治療標的を探索しました。その結果、ATL細胞の細胞表面で異常に発現するタンパク質GARPを発見し、新しい腫瘍細胞マーカーを同定することに成功しました。

GARPはサイトカイン(注4)であるTGF-βの分泌を促進し、ATL細胞の増殖を助ける一方で、周囲の免疫細胞の働きを抑えるという二重の機能を持っていることが明らかになりました。つまり、GARPは腫瘍細胞の増殖と免疫逃避の両方に関わる機能的に重要な分子であると考えられます。

さらに、研究チームはGARPを標的とした治療抗体により、ATL患者由来のがん細胞を除去することに成功しました。本研究は、難治性の血液がんの新たな病態メカニズムを明らかにするとともに、GARPを標的とした免疫治療の可能性を示したものであり、今後の治療法開発に貢献することが期待されます。

発表者・研究者等情報                                        

東京大学 大学院新領域創成科学研究科
 鈴木 佳子 博士課程/日本学術振興会特別研究員
 山岸 誠 准教授

論文情報                                          

雑誌名:Leukemia
題 名:Bidirectional anti-tumor and immunological strategies by targeting GARP-TGF-β axis in adult T-cell leukemia/lymphoma
著者名:Kako Suzuki, Seina Kusayanagi, Yuta Kuze, Masato Hata, Shiho Kozuma, Koji Jimbo, Yasuhito Nannya, Yutaka Suzuki, Kaoru Uchimaru, Makoto Yamagishi*
DOI: 10.1038/s41375-025-02725-0
URL: https://www.nature.com/articles/s41375-025-02725-0

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ゲノム情報を基盤としたHTLV-1感染症の病態形成機序の解明及び発症リスク予知アルゴリズム開発に関する総合的研究」(研究代表者 山岸誠)、AMED新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「HTLV-1 感染症のエピゲノムコードの解読と戦略的創薬を目指した基礎臨床融合データサイエンス」(研究代表者 山岸誠)、AMED次世代がん医療加速化研究事業「治療反応性に関わる遺伝子翻訳及び代謝活性の腫瘍内不均一性の全体像解明と創薬シーズ探索」(研究代表者 山岸誠)、科研費「特別研究員奨励費」、「基盤研究(B)(一般)」などの支援により実施されました。

用語解説

(注1)成人T細胞白血病リンパ腫(ATL:Adult T-cell Leukemia-lymphoma):
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染者の約5%で発症する重篤な白血病リンパ腫。年間約1100人が発症し、ほぼ同数が毎年ATLで死亡している。有効な化学療法が確立しておらず、患者の約半数は発症後1年以内に死亡する。分子標的治療法、血液幹細胞の移植療法等が試みられている。

(注2)抗体医薬:
がん細胞の目印を認識して結合する「抗体」というタンパク質を利用した医薬品である。抗体医薬は、がん細胞をピンポイントで狙い撃ちするため高い治療効果と副作用の軽減が期待できる。DS-1055aは第一三共株式会社によって開発され、「免疫細胞にがん細胞を攻撃させる」タイプの抗体医薬である。

(注3)トランスクリプトーム解析:
細胞で発現している遺伝子の量を網羅的に調べる研究技術。細胞の状態や病気の原因などを知る手掛かりとなる。

(注4)サイトカイン:
細胞同士の情報伝達に使われる低分子タンパク質。免疫反応や細胞増殖・分化の調節などを行う。

関連研究室

新領域創成科学研究科 感染症ゲノム腫瘍学分野研究室

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