磁性絶縁体におけるマヨラナ粒子の決定的証拠―トポロジカル量子コンピューター実現に向けて前進―
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東京大学
京都大学
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科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆研究チームは2018年に蜂の巣格子を持つ磁性絶縁体α-RuCl3(塩化ルテニウム)において、マヨラナ粒子の存在の報告をしましたが、異なる結果を主張するグループもあり、その存在の有無については論争が続いています。
◆今回、磁場をある特定の方向に向けると、マヨラナ粒子固有の特別な状態が実現していることが明らかになり、マヨラナ粒子の存在の決定的な証拠が得られました。
◆実際の物質中において、マヨラナ粒子の存在を決定づけたことにより、磁性絶縁体α-RuCl3がトポロジカル量子コンピューター実現のためのプラットホームになりうることが期待されます。
磁場Hがb軸方向の時、マヨラナ粒子(黄色)が円錐状のエネルギー特性(緑)を持つ特別な状態が実現
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の今村薫平大学院生、水上雄太助教(研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の末次祥大助教、松田祐司教授、東北大学大学院理学研究科の那須譲治准教授らの研究グループは、東京工業大学、韓国科学技術院と共同で、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューター(注1)の実現の鍵となる「マヨラナ粒子(注2)」の存在を証明する決定的な証拠を得ました。
これまで、磁性絶縁体α-RuCl3において、半整数熱量子ホール効果(注3)が観測され、マヨラナ粒子が存在するという報告がなされていました。しかし、この熱ホール効果は試料ごとに異なる結果を示すことや、異なる解釈を提案するグループも現れたことから大きな論争となり、別の観点から決定的な証拠を得ることが最重要課題となっていました。
今回、磁場をある特定の方向に向けるとマヨラナ粒子固有の特別な状態が実現することを明らかにしました。これは、マヨラナ粒子の存在に関する決定的な証拠といえます。さらに、磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオン(注4)という新奇な粒子を形成し得ることが分かっています。この非可換エニオンは、トポロジカル量子コンピューターを実現するうえでのワイルドカードになると期待されている粒子です。本研究成果は、このα-RuCl3がトポロジカル量子コンピューターを実現する有力候補となり得ることを示すだけでなく、物質中における非可換エニオンの理解への大きな進展が期待されます。
本研究成果は2024年3月13日付けで、米国科学誌 Science Advancesにオンライン掲載されました。
発表内容
2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案された、蜂の巣格子上の量子スピン模型「キタエフ模型(注5)」において、量子力学的な揺らぎの効果により、低温ではスピンが秩序化しない量子スピン液体(注6)と呼ばれる状態が得られることが知られています。この量子スピン液体はキタエフ量子スピン液体(注6)と呼ばれ、理論的に取り扱いやすいことに加え、現実物質において実現することが予測されて以降、a-RuCl3を中心に盛んに研究され、非常に注目されています。キタエフ量子スピン液体において、理論的に存在が予測されたマヨラナ粒子は、磁場をかけることで系が自明ではないトポロジー(注7)を持つことが知られています。それによって試料端でのエッジ状態と、試料内部でのバルク状態(図1)という二つの状態がそれぞれ現れます(バルク・エッジ対応)。
図1:磁場Hをa軸方向(左図)からb軸方向(中図)、-a軸方向(右図)へと動かしていった時のバルク状態とエッジ状態の変化の様子
H // a (-a)では、試料端におけるエッジ状態としてマヨラナ粒子の流れが出現するが、メビウスの輪のねじれ方の向きが変わるようなトポロジーの変化に伴い、b軸方向をまたいでマヨラナ粒子の流れが反対向きに変化するため、H // bでは特別な状態が実現する。この状態では、試料内部においては、バルク状態として上下のバンドがつながり(ギャップが消失し)、マヨラナ粒子が多く励起されるのに対して、試料端の流れは消える。この特別な状態が観測されたことは、マヨラナ粒子の存在の決定的証拠である。
エッジ状態は熱ホール伝導度により検出することができ、マヨラナ粒子の特徴を反映して半整数量子化します。さらにその符号は系の持つ右ひねりと左ひねりのメビウスの輪のどちらに対応するか、というようなトポロジーによって決定されます(図2)。
図2:キタエフ模型(左図)とキタエフ量子スピン液体(右図)の模式図
一つのスピンに対して隣接する三つのスピンが結合しているが、三つの隣接するスピンからは、それぞれスピンを異なる方向に向かせる相互作用が働き、スピンはそのフラストレーションのために秩序化できず、量子スピン液体状態となる。キタエフ量子スピン液体においては、スピンが遍歴するマヨラナ粒子(黄色)と局在したマヨラナ粒子(赤や黒)という二種類のマヨラナ粒子に分裂する。
キタエフ量子スピン液体における、マヨラナ粒子の磁場下でのトポロジカルな性質は印加する磁場の方向により変化させることができると理論的に知られています。磁場を蜂の巣格子面内で回転させると、ある特別な軸(b軸)方向で、トポロジーが変化し、右ひねりから左ひねりのメビウスの輪に対応する状態に変化します。その軸(b軸)を磁場が横切るとエッジ状態でのマヨラナ粒子の流れは反対方向になりますが、磁場方向がちょうどb軸と一致するときに、バルクのマヨラナ粒子の状態は上下のバンドが接する特別な状態になります(図1)。このような特別な状態はマヨラナ粒子特有のものであることから、研究チームは、エッジ状態に加えて、バルク状態を熱ホール伝導度以外の測定を磁場の方向を変化させながら行うことで、マヨラナ粒子の存在に関する強い証拠を得ることができると考えました。
今回、キタエフ量子スピン液体におけるバルク・エッジ対応を明らかにするために、バルク状態に敏感な比熱測定とエッジ状態に敏感な熱ホール伝導度の両方を測定しました。比熱測定に関しては、マヨラナ粒子のバルク状態でのわずかな変化を捉えるために、磁場中で磁場角度を精密に制御しながら、200 mK(ミリケルビン)(およそマイナス273度)までの極低温環境下で測定できる系を構築しました。
その結果、トポロジーの変化に伴い、熱ホール伝導度の符号が変化することが明らかになりました。さらに、トポロジーが変化する軸方向の場合のみで、バルク状態においてもマヨラナ粒子固有の特別な状態をとっていることが比熱測定から明らかになりました。このような明瞭なバルク・エッジ対応は他の機構からは全く説明できないものであり、理論的な予測と非常に良い一致を示すことが分かりました。今回の結果は、エッジ状態とバルク状態の両方から矛盾なく、マヨラナ粒子の存在を決定づけるものです。
磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオンという新奇な粒子を形成し得ることが分かっています。この非可換エニオンは、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューターを実現するうえでのワイルドカードになると期待されている粒子です。本研究成果は、このα-RuCl3がトポロジカル量子コンピューターを実現する有力候補となり得ることを示すだけでなく、物質中における非可換エニオンの理解への大きな進展が期待されます。
〇関連情報:
プレスリリース「磁性絶縁体内部で現れるマヨラナ粒子の性質を解明」(2022/2/1)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8826.html
<研究助成>
本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」(研究代表者:松田祐司)研究領域[JPMJCR19T5]、科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎)[JP19H05824]等の助成を受けて行われました。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
今村 薫平 大学院生(博士課程)
水上 雄太 助教(研究当時)現:東北大学大学院理学研究科 准教授
吉田 悠生 大学院生(修士課程)
橋本 顕一郎 准教授
芝内 孝禎 教授
京都大学大学院理学研究科
末次 祥大 助教
大塚 健一 大学院生(修士課程)
笠原 裕一 准教授
松田 祐司 教授
東京工業大学理学院物理学系
栗田 伸之 助教
田中 秀数 教授
東北大学大学院理学研究科
那須 譲治 准教授
論文情報
雑誌名: Science Advances(2024年3月13日付け)
題 名: Majorana-fermion origin of the planar thermal Hall effect in the Kitaev magnet α-RuCl3
著者名: K. Imamura, S. Suetsugu, Y. Mizukami, Y. Yoshida, K. Hashimoto, K. Ohtsuka, Y. Kasahara, N. Kurita, H. Tanaka, P. Noh, J. Nasu, E.-G. Moon, Y. Matsuda and T. Shibauchi*
DOI: 10.1126/sciadv
URL: https://doi.org/10.1126/sciadv
用語解説
(注1)トポロジカル量子コンピューター
従来の量子コンピューターとは異なる物理系を用いて、量子計算を行う次世代型の量子コンピューターである。外乱に対して強いトポロジカルな性質を利用するため、周囲の環境の変化に強く、本質的にエラーを起こしにくいコンピューターになると期待される。
(注2)マヨラナ粒子
1937年にエットーレ・マヨラナにより理論的に提案された素粒子である。一般的に、電子等に代表される粒子には、その電荷などの性質が反対となる反粒子が存在する。例えば電子の場合は、陽電子がその反粒子である。これに対し、マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一となる性質を持つ。
(注3)半整数熱量子ホール効果
物質中の電子は磁場を印加すると、ローレンツ力を受けることで軌道が曲げられて、電流または熱流と垂直な方向に流れが生じることになる。このことをそれぞれ電気ホール効果、熱ホール効果という。さらに、磁場下において、電気ホール伝導度や熱ホール伝導度が物質の詳細によらず量子化値の整数倍や分数倍になる現象のことを量子ホール効果と呼ぶ。絶縁体では、電気ホール効果は起きないが、電荷中性な粒子が熱を運び、そのトポロジカルな性質を反映して、熱ホール効果を示すことがある。キタエフ量子スピン液体(注6)におけるマヨラナ粒子は、磁場下でトポロジカルな性質により、エッジ状態で熱流を運び、熱ホール効果を示す。さらに、その熱ホール伝導度は、マヨラナ粒子が通常の電子の半分の自由度しか持たないことに起因し、通常の量子化値の半分の値をとり、半整数熱量子ホール効果と呼ばれる。
(注4)非可換エニオン
通常の三次元空間において粒子はボーズ粒子とフェルミ粒子に分けられる。数学的には、ボーズ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して1がかかり、フェルミ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して-1がかけられる。一方、二次元空間においては、より一般的に二つの粒子の入れ替え操作により波動関数に±1以外の複素数がかけられる粒子が考えられ、これはエニオンと呼ばれる。通常のエニオンにおける粒子の入れ替え操作は、波動関数の位相が変化するのみとみなせるが、これに対して粒子の入れ替え操作により、もとの状態と全く異なる状態になってしまう場合があり、これを非可換エニオンという。
(注5)キタエフ模型
2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案されたスピン模型。蜂の巣格子上に配置された1/2スピンが、三つの隣接するスピンと、互いに異なる方向を向くような相互作用を持つ。これにより、スピンがある特定の方向を向けないフラストレーションが生じ、スピンが秩序化しない量子スピン液体状態が実現される。この状態は、1/2スピンが遍歴するマヨラナ粒子と局在するマヨラナ粒子という二種類のマヨラナ粒子で記述される。
(注6)量子スピン液体、キタエフ量子スピン液体
物質中のスピンは多くの場合、何かしらの相互作用により、低温で向きが揃ったり、特定のパターンを示したりする磁気秩序状態を示す。これは、スピンの自由度が凍結した一種の固体状態とみなせる。一方で、スピンに量子力学的な揺らぎが強く働く場合、低温であってもスピンの秩序化が阻害されることがある。このように、量子力学的な効果に起因してスピンの自由度が凍結しない、いわば液体のような状態が実現される。この状態のことを量子スピン液体と呼ぶ。量子スピン液体においては、自明でないトポロジー(注7)を持つ状態や、新奇な粒子が存在する可能性が提案されている。キタエフ模型は、基底状態に厳密解としてこのような量子スピン液体状態(キタエフ量子スピン液体)を持つことが知られている。従来の量子スピン液体に比べ、理論的に厳密に扱うことができることに加え、マヨラナ粒子という特殊な準粒子の存在から非常に注目されている。
(注7)トポロジー
連続的に変形しても保たれる性質をトポロジー(位相幾何学)という。例えばコーヒーカップの形は連続的に変形していくとドーナツの形にできることからこの二つは、同じものと扱われる。また、ドーナツとボールは穴の数というトポロジーで区別でき、連続的に移り変わることはできない。このような要請により、トポロジカルな状態は不純物などの外乱に強いという特徴を持つ。
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