アト秒X線レーザーの生成に成功――電子の超高速な動きを捉える新たな光を実現――
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東京大学
理化学研究所
大阪大学
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆これまで実現していなかったX線領域のアト秒レーザーの生成に成功しました。
◆X線自由電子レーザーを利用することで、従来のアト秒パルス生成における短波長側の限界を突破しました。
◆今後、アト秒X線レーザーを用いることで化学反応の初期段階で起こる高速な電子の動きを捉えることが期待されます。

アト秒X線レーザーの時間幅の測定法のイメージ図
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の井上伊知郎特任准教授(兼:理化学研究所放射光科学研究センターユニットリーダー/科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員)、大阪大学大学院工学研究科の山田純平准教授、理化学研究所放射光科学研究センターの矢橋牧名センター長らによる国際共同研究グループは、アト秒X線レーザーの生成とその時間幅の精密測定に成功しました。
本研究グループは、時間幅が1フェムト秒(1フェムト秒=10-15秒)以下の電子パルスをアンジュレータと呼ばれる周期的な磁石列に通すことで、極めて短い時間幅を持つX線レーザーの生成に成功しました。さらに、このX線レーザーを物質に照射した際に生じる特殊な蛍光の強度を測定し、その結果を理論計算と比較することで、ほぼすべての生成されたX線レーザーの時間幅が100~400アト秒(1アト秒=10-18秒)程度であることを明らかにしました。
これは、アト秒X線レーザーの実現を示す初めての成果です。原子や分子内部で生じる電子の運動の多くはアト秒からフェムト秒の時間スケールで進行するため、それらを直接観測することは長年の研究課題です。今回生成したアト秒X線レーザーは、こうした超高速現象を捉える新たな観測手段として、物質科学や生物学をはじめとする幅広い研究分野での活用が期待されます。
発表内容
2023年のノーベル物理学賞は、2000年代初頭にアト秒光パルス発生技術の開拓とその先駆的応用を行ったPierre Agostini、Ferenc Krausz、Anne L’Huillierの3氏に授与されました。こうしたアト秒光パルスの生成には、高次高調波発生(注1)と呼ばれる現象が利用されています。しかし、高次高調波発生は、波長が短くなるにつれてその発生効率が著しく低下し、軟X線とよばれる波長域では光パルスの生成が難しくなります。
本研究で扱う硬X線(以後、単にX線と呼称する)は、軟X線よりもさらに波長の短い電磁波です。その波長が物質中の電子の空間的広がりや原子間距離と同程度であることから、X線は電子の空間分布や原子構造を可視化する優れた観測手段として広く利用されてきました。また、X線は、そのエネルギーを適切に選ぶことで、着目したい元素の電子状態を選択的に観測することが可能です。そのため、X線領域でパルス幅をアト秒まで短縮できれば、物質中の超高速な電子ダイナミクスを可視化できるものと期待されていました。
今回、研究グループは、米国のX線自由電子レーザー(XFEL、注2)施設Linac Coherent Light Source(LCLS)を用いて、アト秒の時間幅を持つX線レーザーパルスの生成に挑戦しました。XFELは、加速器によって光速近くまで加速した電子ビームを、アンジュレータと呼ばれる磁石列に通すことで、非常に明るいX線レーザーを発生させる装置です。研究グループは電子加速器を精密に制御し、時間幅が1フェムト秒以下の超短電子ビームを生成しました。そして、この電子ビームを利用することで、極めて短い時間幅を持つX線レーザーを発生させました。
このようなX線パルスの時間幅を測定することは容易ではありません。その大きな理由は、X線領域における非線形光学現象(注3)が非常に弱く、他の電磁波領域で一般的に用いられている非線形光学現象を利用した時間幅の評価方法を適用することが困難なためです。そこで研究グループは、X線領域で見いだされた非線形光学現象の中で、唯一シングルパルスによって明瞭な信号が得られる現象Amplified Spontaneous Emission(ASE)に着目しました。ASEとは、物質中の原子の大部分が同時にエネルギーを受け取り、高いエネルギー状態になった際に、特定の方向へ強い蛍光が放出される現象です。
ASEを観測するためには、X線パルスを極めて小さなスポットに集光し、高い光強度を実現する必要があります。そこで研究グループは、日本のX線自由電子レーザー施設 SACLA(注4)で開発された高性能X線集光ミラーを利用しました。この集光ミラーを LCLS に導入することで、ASE信号の観測に成功しました。さらに、実験で測定された蛍光強度と、さまざまなパルスの時間幅を仮定した場合の理論計算結果を比較することで、ほぼすべてのパルスの時間幅が100〜400アト秒の範囲にあることを明らかにしました(図1)。この結果は、アト秒X線パルスが実際に生成されていることを示しています。
この実験結果は、X線領域におけるアト秒レーザーの実現を示す初めての成果です。原子や分子内部で起こる電子の運動の多くは、アト秒からフェムト秒の時間スケールで進行するため、それらを直接観測することは長年の研究課題でした。今回開発されたアト秒X線レーザーは、こうした超高速現象を捉える新たな観測手段として、物質科学、化学、生物学をはじめとする幅広い研究分野での活用が期待されます。

図1:実験結果とシミュレーションの比較
丸印は、パルスごとに観測されたASEの信号量を示している。緑、赤、青の領域は、それぞれX線パルスのパルス幅を100アト秒、400アト秒、1フェムト秒と仮定した場合に予測されるASEの信号量の範囲を、シミュレーションによって求めた結果である。パルスエネルギーが2 µJ(マイクロジュール)以上のパルスでは、ほぼすべての実験値が、100アト秒および400アト秒のパルスの時間幅を仮定したシミュレーション結果の間に分布している。この結果は、生成されたX線パルスの時間幅が1フェムト秒よりも有意に短いことを示しており、アト秒X線パルスが生成されていることを支持する実験的証拠となっている。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
井上 伊知郎 特任准教授
兼:理化学研究所 放射光科学研究センター ユニットリーダー/
科学技術振興機構(JST) さきがけ 研究員
大阪大学大学院工学研究科
山田 純平 准教授
理化学研究所放射光科学研究センター
矢橋 牧名 センター長
論文情報
雑誌名:Nature Photonics
題 名:Experimental demonstration of attosecond hard X-ray pulses(10月20日付掲載)
著者名:Ichiro Inoue*, River Robles, Aliaksei Halavanau, Veronica Guo, Thomas M. Linker, Andrei Benediktovitch, Stasis Chuchurka, Matthew H. Seaberg, Yanwen Sun, Diling Zhu, David Cesar, Yuantao Ding, Vincent Esposito, Paris Franz, Nicholas S. Sudar, Zhen Zhang, Taito Osaka, Gota Yamaguchi, Yasuhisa Sano, Kazuto Yamauchi, Jumpei Yamada, Uwe Bergmann, Matthias F. Kling, Claudio Pellegrini, Makina Yabashi, Nina Rohringer, Takahiro Sato, Agostino Marinelli*
DOI: 10.1038/s41566-026-02026-7
URL: https://doi.org/10.1038/s41566-026-02026-7
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「JPMJPR24J1」、同 創発的研究支援事業「JPMJFR246H」、日本学術振興会(JSPS) 科研費「JP22KK0233、JP23K25131、JP24K21199、JP26H02025」の支援により実施されました。
用語解説
(注1) 高次高調波発生: 原子や分子などに強いレーザー光を照射した際に発生する、入射した光の振動数の整数倍の振動数をもつ光が発生する現象。高次高調波は、極めて短い時間幅をもつアト秒光パルスを生成するために利用されている。
(注2) X線自由電子レーザー(XFEL): X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
(注3) 非線形光学現象: 物質の光への応答が光の波の振幅に比例しない光学現象のことをいう。このような現象は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には強力なレーザー光が必要とされる。
(注4) SACLA: 理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。

