記者発表

肺大細胞神経内分泌癌の新たな分類を提案――全ゲノム・空間オミクス解析による新たなサブタイプの同定――

投稿日:2026/10/28
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東京大学
筑波大学

発表のポイント

◆全ゲノムシークエンスおよび空間オミクス解析により、希少な肺がんである肺大細胞神経内分泌癌の分子的特徴を明らかにし、新たな分類を提案しました。
◆各サブタイプに特徴的ながん微小環境の状態を明らかにするとともに、一部のサブタイプが相互に変化する可能性を示しました。
◆本研究で明らかになった分子的特徴に基づき、将来、新たな診断法や治療法の開発につながることが期待できます。

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本研究で明らかにしたLCNECサブタイプの特徴 

全文PDF

概要

東京大学大学院新領域創成研究科の鈴木穣教授および鈴木絢子教授らの研究グループは、筑波大学および自治医科大学との共同研究において、ロングリードシークエンス解析(注1)と空間トランスクリプトーム解析(注2)技術を用いて、希少がんである肺大細胞神経内分泌癌(Large Cell Neuroendocrine Carcinoma)の分子的特徴を明らかにしました。
本研究では、これまでの先行研究では十分に捉えられていなかった複雑なゲノム構造変異(注3)や、がん細胞とがん微小環境(注4)における遺伝子発現状態を詳細に計測しました。
これらの研究成果は、将来、がんの分子プロファイルに基づいた分類が新しいがん治療の開発につながることが期待されます。
本成果は、「Nature Communications」に2026年10月21日に掲載されました。

発表内容

肺がんではさまざまなゲノム変異、エピゲノム異常(注5)、遺伝子発現異常など、さまざまなレベルで分子異常が生じています。近年、これらを計測することができる大規模オミクス計測技術の発展により、肺がん組織でどのような分子異常が生じているのかが明らかになってきました。
本研究で着目したLCNECは、肺がん患者全体の約3%とまれながんで、がん細胞の増殖が速く、悪性度が高いことが知られています。
これまでの先行研究でも分子の解析が行われ、ゲノム変異が多く、小細胞がん様タイプと非小細胞がん様タイプがみられること、転写因子・転写共役因子(注6)の遺伝子発現パターンによって4つのサブタイプ(神経内分泌タイプのASCL1およびNEUROD1、非神経内分泌タイプのPOU2F3およびYAP1)に分けられることなどが報告されてきました。いくつかの分類法が提唱されてきましたが、LCNECは非常に多様ながんであるため、既存の分類には当てはまらない症例も存在していました。
今回、本研究チームは、ロングリードシークエンス技術によって複雑なゲノム変異構造を同定するとともに、1細胞レベルでの空間オミクス解析(注7)を実施しました。その結果、LCNECのゲノムとトランスクリプトームに関する新たな特徴を明らかにし、各サブタイプの診断・治療法につながる新たな分類を提案しました。
まず、ロングリードシークエンス解析を実施し、LCNECにおけるゲノム変異を調べました。その結果、従来のゲノム解析手法では検出できなかった大規模なゲノムの構造変異を検出しました。特に、がん抑制遺伝子内の複雑な構造変異や広範囲の欠失が、LCNECの発生に大きく寄与していることが示唆されました。また、近年注目されている染色体外DNA(注8)も検出し、MYC遺伝子をはじめとするがん関連遺伝子の増幅に関わるゲノム構造変異を、より正確に同定しました。
さらに、空間トランスクリプトーム解析を用いて、組織切片上でがん細胞がどのような遺伝子を発現しているかを解析しました。その結果、これまで同定されてきた神経内分泌タイプと非神経内分泌タイプ、それぞれの発現パターンを示すがん細胞が同一組織上に存在する「混合タイプ」や、これらの遺伝子を同一細胞にて発現している「共発現タイプ」があることがわかりました(図1)。また、これらサブタイプが相互に変化する可能性が示唆されました(図1)。

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図1:空間トランスクリプトーム解析による新たなサブタイプの特徴づけ

(左図)1細胞空間トランスクリプトーム解析Xeniumにより取得したLCNECの組織上で遺伝子発現情報を用いて、がん細胞・正常上皮細胞を分類して色分けしています。神経内分泌タイプ、非神経内分泌タイプの症例に加えて、神経内分泌タイプ・非神経内分泌タイプのがん細胞が同一組織上に共存する混合タイプと、同一細胞内で神経内分泌タイプ・非神経内分泌タイプの遺伝子発現パターンを示す共発現タイプが見出されました。(右図)全遺伝子を解析可能な空間トランスクリプトーム解析Visiumのデータを用いて、ワディントンランドスケープ様の細胞マップを描画しています。共発現タイプは、神経内分泌タイプ、非神経内分泌タイプの中間的なパターンを示しています。

さらに、がん細胞の周囲にいる細胞の特徴を調べたところ、YAP1タイプと共発現タイプでは、腫瘍の増殖や転移に関わる間質細胞(注9)の割合が有意に高いことが明らかになりました。各サブタイプにおいてがん微小環境の状態の違いがあることが明らかになり、将来、こうした違いを免疫チェックポイント阻害剤(注10)などの治療法に対する効果を層別できる可能性が示唆されました。
本研究では、LCNECにおけるさまざまなゲノム変異が同定するとともに、新たに共発現タイプ・混合タイプを確認しました(図2)。さらにサブタイプごとにがん微小環境の状態が異なることも明らかにしました。今回同定したゲノム変異や遺伝子発現パターンは、LCNECのサブタイプの分子的背景や進行メカニズムの理解を深め、将来、それぞれのサブタイプに応じた治療標的の発見につながることが期待されます。

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図2:本研究で明らかにしたLCNECサブタイプの特徴 

〇関連情報:
プレスリリース「肺腺がんの進展に伴い変化するがん微小環境とは?―空間オミクス解析技術によるがん組織局所の分子イベントの解明―」(2024/12/11)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11318.html

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院新領域創成科学研究科
     立石 萌 研究当時:博士課程
     大塚 佳輝 博士課程
     鈴木 穣 教授
  鈴木 絢子 教授
   兼:杏林大学 医学部 細胞生化学教室 研究教授

筑波大学
 医学医療系 診断病理学
  松岡 亮太 講師
  朝山 慶 病理専攻医
  松原 大祐 教授

など、計20名

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Molecular Characterization of Large Cell Neuroendocrine Carcinoma of the Lung by Multilayered Omics Analysis
著者名:Megumi Tateishi, Yoshiki Otsuka, Ryota Matsuoka, Kei Asayama, Junko Zenkoh, Tomoki Nakagawa, Yoshihiko Murata, Naohiro Kobayashi, Yukio Sato, Nobuyuki Hizawa, Hiroyoshi Tsubochi, Shunsuke Endo, Koichi Hagiwara, Toshiro Niki, Noriyoshi Fukushima, Kentaro Inamura, Akinori Kanai, Yutaka Suzuki, Daisuke Matsubara, Ayako Suzuki
DOI: 10.1038/s41467-026-78485-x
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-026-78485-x

研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 次世代がん医療加速化研究事業「エピゲノム・転写制御ネットワーク異常の多様性に基づいた難治性肺癌における新規分類・制御法の創出に関する研究」(JP25ama221548)、次世代がん医療加速化研究事業「ロングリード技術による肺がんゲノム・エピゲノム不均一性と微小環境ストレスの関係性解明に関する研究開発」(JP23ama221522)、革新的先端研究開発支援事業PRIME「オミクス背景の個人差・性差に依拠した肺がん進展予測プラットフォーム構築に関する研究開発」(JP24gm7010006)、先端国際共同研究推進事業「クロマチン分子病理学による精密医療の実現」(JP23jf0126003)の支援によって実施されました。また、日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究(22K15418)、基盤研究(C)(25K10279)、基盤研究(B)(23K24102)、学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム」(22H04925(PAGS))の支援によって実施されました。

用語解説

(注1)ロングリードシークエンス解析
長い塩基配列を解読することができる塩基配列解読手法。大規模なゲノム変異の解析を可能とします。 

(注2)空間トランスクリプトーム解析
組織切片の上で、遺伝子発現状態を解析する手法。細胞の形態や位置情報と、遺伝子発現情報を統合して解析することができます。本研究では、組織切片上で遺伝子発現解析を実施できるXeniumおよびVisiumを使用しています。

(注3)ゲノム構造変異
ゲノムDNA配列の大きな構造的変化のことであり、欠失(DNA配列の一部が失われる)、挿入(新たなDNA配列が組み込まれる)、重複(同じDNA配列が連続してつながる)、逆位(DNA配列が反転してつながる)、転座(異なる染色体間のDNA配列が入れ替わってつながる)などが挙げられます。ロングリードシークエンス技術によって、これらの複雑なゲノム構造変異を正確に検出することができます。

(注4)がん微小環境
がん細胞と周囲の間質細胞などにより、構成される組織局所の環境。この環境は、がん細胞の増殖・浸潤をサポートしたり、逆にがん細胞の進展を抑えたりする二面性を持っており、治療標的として注目されています。

(注5)エピゲノム異常
エピゲノムはDNA配列の変化を伴わずに遺伝子発現を制御する仕組みを指し、本研究ではその中でもDNAメチル化の異常に着目しています。

(注6)転写因子・転写共役因子
転写因子はDNAに結合して遺伝子発現を制御するタンパク質のことを指し、転写共役因子は転写因子とともに遺伝子発現制御を担うタンパク質のことを指します。どの転写因子・転写共役因子が働いているかは、細胞のタイプを決めるうえで重要であると言われています。

(注7)空間オミクス解析
空間トランスクリプトームなど、組織切片の上で、遺伝子発現解析などの網羅的な分子の状態を解析する手法の総称。

(注8)染色体外DNA
一部のDNA配列が染色体から切り離され、染色体の外に独立して存在する環状DNA。一部のがん種で見られており、ecDNAに含まれるがん遺伝子などのコピー数が劇的に増加します。がんの悪性化に寄与すると言われています。

(注9)間質細胞
組織において実質の隙間を埋め、構造的な土台や環境を支える細胞の総称。本研究の場合、がん細胞の周りにある線維芽細胞、内皮細胞、免疫細胞などを指します。

(注10)免疫チェックポイント阻害剤
免疫のブレーキを解除し、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにする治療薬。本来、ヒトの細胞には免疫の暴走を防ぐブレーキのシステムが備わっています。がん細胞はこれを悪用して免疫の攻撃から逃れているため、薬でそのブレーキを外すことで治療を行います。

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