記者発表

HTLV-1感染が宿主細胞の遺伝子発現の設計図を再構築 ――HTLV-1関連脊髄症の炎症増幅サイクルのメカニズムを発見――

投稿日:2025/11/12
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東京大学

発表のポイント

◆指定難病の神経疾患「HTLV-1関連脊髄症(HAM)」で炎症を引き起こす原因分子MAP3K8を、シングルセルマルチオーム解析(細胞を1つずつ調べる最新技術)により世界で初めて特定しました。

◆ウイルス因子と宿主因子の協調作用により、細胞の「クロマチン構造(遺伝子のON/OFFを決める設計図)」が異常に作り替えられ、炎症が強まる新しい機序を解明しました。

◆この分子を標的にした薬(MEK阻害剤)HAMの炎症を抑える可能性を示し、新たな治療法開発への道を開きました。

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ウイルス因子と宿主因子の協調作用によるHAMの炎症増幅サイクル

全文PDF

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の山岸誠准教授は、聖マリアンナ医科大学神経内科の山野嘉久主任教授、同大学難病治療研究センター病因病態解析部門の中島誠助教らと共同で、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)関連脊髄症(HAM、注1)の炎症を引き起こす中心的な分子MAP3K8を突き止めました。さらにMAP3K8は、HTLV-1 Taxというウイルス因子によるクロマチン(注2)構造の作り替え(リモデリング)を通じて過剰発現するメカニズムを明らかにしました。このMAP3K8から続くMAP3K8-MEK-ERK経路を標的としたMEK阻害剤(注3)が、強い炎症抑制効果を持つ可能性を示しました。

また、研究チームは、HAM患者および成人T細胞白血病リンパ腫(ATL、注4)患者を含むHTLV-1関連疾患を対象として、これらの患者に共通するHTLV-1感染T細胞について、遺伝子発現およびクロマチン構造データを比較しました。その結果、HAMに特有のクロマチン構造異常が存在し、その中でもっとも大きく影響を受けていた遺伝子がMAP3K8ということが分かりました。さらにMAP3K8は炎症誘導能を有することを実験的に証明しました。

この成果は、いまだ治療法が確立していないHAMの新しい治療法開発につながるだけでなく、同じような仕組みで炎症が続く他の疾患にも応用できる可能性があります。

本研究は、英国科学雑誌『Nature Communications20251110日版に掲載されました。

 

発表内容

HTLV-1は、主に免疫細胞であるCD4陽性T細胞に感染するヒトレトロウイルス(注5)であり、感染者の約5%ATLHAMといった重篤な疾患を発症します。

HAMは治療法の確立していない神経難病であり、その病理像はHTLV-1に感染したT細胞が脊髄に浸潤し、慢性的な炎症を引き起こすことで最終的に神経組織が破壊されていきます。研究チームはこれまでに、HAM患者において、HTLV-1に感染したT細胞がヘルパーT細胞1型(Th1、注6)のような異常形質を獲得することを明らかにしてきました。しかし、なぜ炎症型の性質が維持されるのか、その詳細な分子機序は不明なままでした。近年、研究チームは、HTLV-1感染が宿主T細胞のクロマチン構造を広範に変化させることを明らかにしました(関連情報①)。そこで、本研究では、このクロマチン構造の異常が炎症の原因因子を過剰発現させるのではないかと仮説を立て、シングルセルレベルで遺伝子発現プロファイルとオープンクロマチン領域(注7)を解析し検証しました。

その結果、HAM患者と無症候性キャリア(注8)のHTLV-1感染細胞は特徴が異なり、最も大きく変動していたクロマチン構造領域がMAP3K8遺伝子座(注9)であることが明らかになりました。擬似時間解析(注10)を実施したところ、無症候性キャリアのHTLV-1感染T細胞はHAMの発症に伴い、MAP3K8遺伝子座に疾患特異的なオープンクロマチン領域が形成される結果が予測されました(図1)。

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1HAM患者の感染細胞に疾患特異的なオープンクロマチン領域がMAP3K8遺伝子座に生じる

A. UMAP法によるHTLV-1感染細胞の同定。B. HAM患者の感染細胞特異的なオープンクロマチン領域。C. 擬似時間解析によるHAM発症に伴う感染細胞の推移。

本研究により、HAM発症に伴う感染細胞のクロマチンリモデリング異常がHTLV-1因子と宿主因子の協調作用により起こることを発見し、そこから慢性炎症を誘導する機序を明らかにしました。またMAP3K8-MEK-ERK経路を標的としたMEK阻害剤が抗炎症効果を有することから、HAMに対する新規治療法のコンセプトも示しました(図2)。今後、HAMに対する治療薬開発の促進や発展に寄与することが期待されます。

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図2:HAM 患者の末梢血細胞を用いたMEK 阻害剤の効果
A. MEK 阻害剤によるHTLV-1 感染細胞の増殖阻害効果。B. HAM 患者の末梢血細胞の培養モデルに対するMEK
阻害剤による炎症阻害効果。

〇関連情報:
「プレスリリース①HTLV-1感染が引き起こす神経障害HAMの「新・犯人」を特定 ―難治性の神経疾患「HTLV-1関連脊髄症」に対する新たな治療標的を発見―」(2025/6/10
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11627.html

「プレスリリース②ウイルスによって発症する白血病細胞の進化の過程の検出に成功 ―成人T細胞白血病の進展メカニズムの特定と早期診断法の開発にむけて」(2021/8/19
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8639.html

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科
 山岸 誠 准教授

聖マリアンナ医科大学
 脳神経内科
  
山野 嘉久 主任教授

難病治療研究センター 病因病態解析部門
 中島 誠 助教
 

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Chromatin remodeling enhances MAP3K8 expression in HAM: a key pathogenesis for therapeutic intervention
著者名:Nakashima M, Nagai K, Takao N, Araya N, Kuze Y, Mizuike J, Tosaka S, Aratani S, Yagishita N, Horibe E, Watanabe T, Sato T, Nannya Y, Suzuki Y, Uchimaru K, Yamagishi M*, Yamano Y*.
DOI: 10.1038/s41467-025-64836-7
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-025-64836-7

 

研究助成

本研究は、以下の支援等により実施されました。

日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ゲノム情報を基盤としたHTLV-1感染症の病態形成機序の解明及び発症リスク予知アルゴリズム開発に関する総合的研究(JP23fk0108672)」(研究代表者 山岸誠)

日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業の診療に直結するエビデンス創出研究「HAMHTLV-1陽性難治性疾患の患者レジストリを活用したエビデンス創出研究(JP24ek0109735)」(研究代表者 山野嘉久)

日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ウイルス因子と宿主トランスクリプトームの融合による超高精度HTLV-1関連疾患発症予測法および革新的発症予防法の開発(JP25fk0108733)」(研究代表者 山野嘉久)

日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業の診療に直結するエビデンス創出研究「HTLV-1関連脊髄症の自己免疫仮説の実証に基づく新規治療法開発(JP25ek0109827)」(研究代表者 中島誠)

科研費「基盤研究(B)(一般)(課題番号:25K02584)」、基盤研究(B)(一般)(課題番号:23K24248)」、基盤研究(C)(一般)(課題番号:24K10148)」

 

用語解説

(注1)ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)関連脊髄症(HAM):
HTLV-1感染者の約0.3%が発症する神経免疫疾患。厚生労働省が定める指定難病に含まれる。日本国内に約3000人、世界で約610万人の患者が存在すると推定されている。

(注2)クロマチン:
DNAがヒストンタンパク質に巻き付いた複合体で、遺伝子のON/OFFを調節する仕組み。

(注3MEK阻害剤:
細胞内の「MEK-ERK経路」と呼ばれる炎症やがんの増殖に関わるシグナルを止める薬。すでに一部の癌治療薬として開発・使用されている。

(注4)成人T細胞白血病リンパ腫(ATLAdult T-cell Leukemia-lymphoma):
HTLV-1感染者の約5%で発症する重篤な白血病リンパ腫。年間約1100人が発症し、ほぼ同数が毎年ATLで死亡している。有効な化学療法が確立しておらず、患者の約半数は発症後1年以内に死亡する。分子標的治療法、血液幹細胞の移植療法等が試みられている。

(注5)ヒトレトロウイルス:
RNAを遺伝情報として持ち、ヒトの細胞に感染後、逆転写酵素で遺伝情報をDNAに写し替えて宿主ゲノムに組み込むウイルスの総称。代表例にHTLV-1HIV-1があり、体内で長期潜伏する。

(注6)ヘルパーT細胞1型(Th1):
免疫を活性化するリンパ球の一種。主にウイルスや細菌に対抗するために働くが、過剰に活性化すると慢性炎症や組織破壊を引き起こす。

(注7)オープンクロマチン領域:
DNAとヒストンがほどけ、転写因子などが結合しやすい開いた状態のゲノム領域。この領域に位置する遺伝子はONになりやすくなる。

(注8)無症候性キャリア:
HAMATLなどの関連疾患を発症していないHTLV-1感染者。将来的に関連疾患を発症する可能性がある。

(注9)遺伝子座:
特定の遺伝子やDNA配列が染色体上のどこに位置するかを示す座標。

(注10)擬似時間解析:
シングルセルレベルの遺伝子発現プロファイルにしたがって細胞の特徴や分化の進行度に沿って並べ、時間軸を推定する解析手法。細胞の連続的な変化や分岐点を可視化することができる。

 

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