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研究成果

38年を経て明らかになった 非従来型超伝導の「先駆け」物質の電子状態

投稿日:2017/06/26 更新日:2023/02/06
  • 研究成果
  • 記者発表

    

 

発表者

竹中 崇了(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程1年)
芝内 孝禎(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)
笠原 裕一(京都大学大学院 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 准教授)
松田 祐司(京都大学大学院 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 教授)

発表のポイント

◆非従来型超伝導の先駆け物質である重い電子系超伝導体CeCu2Si2において、超伝導電子の電子状態は従来型の超伝導体で共通しているs波型ではなく、銅酸化物高温超伝導体と同じd波型であると長年信じられてきた。
◆今回、CeCu2Si2の超伝導ギャップ構造を決定するとともに、不純物に対して超伝導状態が安定的であることを初めて示し、超伝導電子の電子状態がd波型ではなくs波型であることを明らかにした。
◆この電子状態は、今まで考えられていた磁気的機構で実現する超伝導とは相反するものであり、新たな超伝導の発現機構を考慮する必要性を意味している。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の竹中崇了大学院生、水上雄太助教、芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の常盤欣文元特任准教授(現アウグスブルク大学研究員)、笠原裕一准教授、松田祐司教授らのグループは、東京大学物性研究所の橘高俊一郎助教および榊原俊郎教授、英ブリストル大学、仏エコール・ポリテクニーク、独マックスプランク研究所の研究者らと共同で、重い電子系超伝導体(注1)CeCu2Si2(Ce:セリウム、Cu:銅、Si:シリコン)における超伝導電子の電子状態を明らかにしました。近年、電子同士の相互作用が強い物質群における超伝導体、いわゆる非従来型超伝導体において、高温超伝導を含む新奇な超伝導状態が数多く発見されており、その発現機構の解明は近年の固体物理学における最重要課題の一つとなっています。1979年に発見されたCeCu2Si2は、非従来型超伝導体の先駆け的物質で、1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体や2006年に発見された鉄系超伝導体と多くの共通点を示す、超伝導研究の鍵となる物質です。CeCu2Si2における超伝導電子の電子状態は、銅酸化物高温超伝導体と同じd波型であると信じられてきましたが、今回、超伝導ギャップ構造(注2)を決定するとともに、不純物効果(不純物に対する超伝導状態の変化、注3)を詳細に調査することにより、d波型ではなくs波型であることが明らかになりました。これは、重い電子系超伝導体では磁気ゆらぎに基づいて超伝導が実現する、という広く信じられている定説を覆し、磁気ゆらぎとは別の新たな機構が関与することを示唆しています。この発見は、電子同士の相互作用が強い系における超伝導の研究に新たな指針を与えることが期待されます。
 この研究成果は2017年6月23日付けで、米国科学誌Science Advancesにオンライン掲載される予定です。

 

 

発表内容

研究の背景と経緯
ある物質を低温まで冷却すると、電気抵抗が突然ゼロになると同時に物質中に外部から加えられた磁場が侵入できずに排斥される完全反磁性の特性を示すことがあります。この状態は「超伝導状態」として知られており、1911年にオランダで初めて発見され、1957年には超伝導状態を説明する理論が発表されています。この理論は、提唱した研究者の頭文字を取ってBCS理論と呼ばれており、その時点までに発見されていたほぼ全ての超伝導現象を説明することに成功していました。BCS理論では、結晶の格子の振動を媒介として二つの電子間に実効的な引力が働き超伝導電子ペア(クーパー対)を形成し、このペアが凝縮することで超伝導が実現すると説明されています。しかし近年、電子の間に強い相関が働く物質群(強相関電子系、注4)においても超伝導が実現することが確認されており(非従来型超伝導)、その中には高い転移温度を持つ銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体といった物質も存在しています。これらの強相関電子系における新奇な超伝導状態はBCS理論のみでは全く説明出来ないことが明らかとなっていて、その発現機構の解明は現代の固体物理学における最重要課題の一つとなっています。超伝導電子の電子状態の対称性は、クーパー対の形成に寄与する相互作用と密接な関連があるため、実験的にこれを決定することは超伝導の発現機構を解明するための有力な手がかりとなります。
 重い電子系超伝導体CeCu2Si2は、1979年にドイツの研究者により約0.6ケルビン(マイナス約272度)で超伝導になることが発見されました。この発見以降、強相関電子系における非従来型の、新奇な超伝導が数多く発見されたことから、CeCu2Si2は非従来型超伝導の「先駆け」として歴史的に重要な物質です。この物質では、組成を変化させることで反強磁性と呼ばれる磁性に関連した秩序相が出現することから、磁気的なゆらぎを媒介とした超伝導が実現しているのではないかと長年信じられていました(図1)。BCS理論で説明可能な従来の金属超伝導体では、超伝導電子の電子状態がs波型の対称性(図2)を示すことが特徴であるのに対し、磁気的機構を起源とした超伝導体では、d波型の対称性(図2)を示すことが期待されます。このd波型の対称性の特徴は、方向によって波動関数の符号が変化すること、不純物に弱い超伝導であることで、銅酸化物高温超伝導体や、一部の重い電子系超伝導体ではこのd波型の電子状態を持つことが解明されています。
 今までのCeCu2Si2の研究は、試料の質の問題や、超伝導転移温度が非常に低いことなどの理由により、状況証拠によりd波型の対称性を持つとされてきましたが、ようやく最近、高品質な単結晶が得られるようになり、今回の定量的な実験が可能となりました。

研究成果の内容と意義
 超伝導電子の電子状態を調べるために、本研究グループでは純良なCeCu2Si2単結晶における熱伝導率と磁場侵入長(注5)の温度依存性を、約30ミリケルビン(常温の1万分の1の温度)の極低温まで測定しました。超伝導電子の電子状態は超伝導ギャップの構造を調べることで明らかになり、これらの測定では超伝導ギャップの構造を精密に決定することが可能です。本研究グループは、超伝導ギャップがどの方向にもゼロでない有限の値を持ち、d波型と矛盾する構造であることを明らかにしました(図2)
 さらに、本研究グループは電子線を照射することによって、その不純物効果を調べました。電子線を試料に照射する手法により、試料の内部に均一な欠陥(不純物)が作り出されることが期待され、さらに照射量を調節することで系統的に不純物量を制御することが可能です。本研究では、照射量の増大に伴い、電気抵抗率が系統的に増大していくこと、また、それにつれて、超伝導転移温度がわずかに低くなっていくものの、不純物が超伝導転移温度に与える影響の度合いは他の新奇な超伝導体と比べて小さい、つまり超伝導が壊れにくいことを明らかにしました(図3)
 これらの結果は、CeCu2Si2が示すと信じられてきた不純物に弱いd波型の対称性とは明らかに矛盾し、CeCu2Si2がs波型の対称性を示すことを明確に示すものです。これは、磁気的な性質が顕著に現れてくる「重い電子系」においても、磁気揺らぎとは異なった起源を持つ超伝導状態が発現しうることを示す実験的な証拠です。今回の発見は、電子同士の相関が強い系における超伝導の研究に新たな指針を与えることが期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名:Science Advances(2017年6月23日オンライン)
論文タイトル:Fully gapped superconductivity with no sign change in the prototypical heavy-fermion CeCu2Si2
著者:T. Yamashita, T. Takenaka, Y. Tokiwa, J. A. Wilcox, Y. Mizukami, D. Terazawa,
Y. Kasahara, S. Kittaka, T. Sakakibara, M. Konczykowski, S. Seiro, H. S. Jeevan,
C. Geibel, C. Putzke, T. Onishi, H. Ikeda, A. Carrington, T. Shibauchi and Y. Matsuda
DOI番号:10.1126/sciadv.1601667
アブストラクトURL:http://advances.sciencemag.org/content/3/6/e1601667

 

 

問い合わせ先

東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻
大学院生 竹中 崇了(たけなか たかあき)
TEL/FAX: 04-7136-3775 Email: takenaka@k.u-tokyo.ac.jp
HP: http://qpm.k.u-tokyo.ac.jp

東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 芝内 孝禎(しばうち たかさだ)
TEL/FAX: 04-7136-3774 Email: shibauchi@.k.u-tokyo.ac.jp
HP: http://qpm.k.u-tokyo.ac.jp

京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻
准教授 笠原裕一(かさはら ゆういち)
TEL: 075-753-3785 Email: ykasahara@scphys.kyoto-u.ac.jp
HP: http://kotai2.scphys.kyoto-u.ac.jp

京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻
教授 松田祐司(まつだ ゆうじ)
TEL: 075-753-3785 Email: matsuda@scphys.kyoto-u.ac.jp
HP: http://kotai2.scphys.kyoto-u.ac.jp

 

 

用語解説

(注1)重い電子系
 希土類やアクチノイドを含んだ化合物では電子間の相互作用が非常に強く、金属的な電気伝導を示すにも関わらず、伝導電子の有効質量が自由電子の質量に比べて数百倍~千倍も「重く」なった状態が実現する。このような性質を持つ物質群を重い電子系と総称する。「重い電子」状態では電子の局在性が強まり、スピンの自由度が物質の性質に大きな影響を与えるようになる。

 

(注2)超伝導ギャップ
 超伝導状態では、特定の条件を満たした二つの電子がペアを形成している。この超伝導電子ペアの結合の強さを「超伝導ギャップ」と呼び、超伝導状態を記述する重要な物理量の一つである。BCS理論の枠組みでは、超伝導電子が動く方向によらず超伝導ギャップの大きさは一定の値となる。一方、磁気的な機構を媒介としてペアを形成する場合では、超伝導電子の動く方向によって超伝導ギャップの大きさが変化し、ある特定の向きに動く超伝導電子のペアでは、絶対零度においても超伝導ギャップの大きさがゼロになる場合があることが知られている。

 

(注3)不純物効果
 結晶には、元素の抜けた穴や、逆に元素が密な部分、結晶を構成する元素とは異なる元素などの不純物が存在する。不純物の存在により、理想的な結晶の電子状態から変化した状態が実現するが、この電子状態の変化を指して不純物効果と呼ぶ。その変化の様子は、不純物の種類や量、元の電子状態に依存することが知られている。特に超伝導研究では、不純物の種類や量を変化させた際にどのような不純物効果が見られるかを明らかにすることで、超伝導の電子状態を解明することが可能となる。

 

(注4)強相関電子系
 通常の金属や半導体では電子がほぼ自由に振る舞うのに対して、電子の密度が高く、クーロン相互作用等の電子同士に働く力が無視できないため、電子が複雑な運動を行う物質群のことを強相関電子系と呼ぶ。重い電子系化合物や銅酸化物高温超伝導体は、強相関電子系の代表的な物質である。

 

(注5)磁場侵入長
 超伝導状態では、外部からの磁場を完全に排斥する性質を持ち、「マイスナー状態」として知られているが、マイスナー状態でも超伝導体表面から数十~数千ナノメートルのごく限られた領域では、磁場がわずかに侵入している。この磁場が入り込める長さが磁場侵入長と呼ばれる。磁場侵入長の二乗の逆数は超伝導電子の数に比例しており、超伝導電子の数が温度の変化に対してどのように推移していくかは超伝導電子の電子状態の対称性によって異なる。そのため、磁場侵入長の温度依存性を調べることで、超伝導電子の電子状態の対称性に関する情報が得られる。

添付資料

(図1)CeCu2Si2の電子相図。反強磁性相の近傍で超伝導相が出現する。

 

 

 

(図2)(左)d波型の対称性を持つ超伝導電子の電子状態。
90度ごとに波動関数の符合が反転し、符合の反転に伴って超伝導ギャップがゼロになる点が出現する。
(右)s波型の電子状態。方向によって波動関数の絶対値に変化が生じることはあるが、符合の反転は生じず、すべての方向で正の符号となる。
HP: http://kotai2.scphys.kyoto-u.ac.jpこの場合、超伝導ギャップはいずれの方向でもゼロでない有限の大きさを持つ「フルギャップ構造」となる。

 

 

 

(図3)縦軸を超伝導転移温度の抑制割合、横軸を不純物が超伝導電子ペアを「壊す」強さを表すパラメータとしたときの図。CeCu2Si2では他の新奇な超伝導体と比べて超伝導転移温度が抑制されにくいこと、つまり不純物によって超伝導電子が壊されにくいことを示している。