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パルスレーザー光により強磁性と強誘電性が同時かつ瞬時に発現 ~光誘起マルチフェロイクス状態の観測に成功~

投稿日:2018/01/30
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発表者

Davide Bossini(研究当時:東京大学大学院理学系研究科 特任研究員 現:Technical University Dortmund, Non-tenured Assistant Professor)
五神  真(東京大学大学院理学系研究科 教授(現総長))
有馬 孝尚(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)

発表のポイント

◆特殊な物質群で生じる、強磁性(永久磁石)と強誘電性(分極が揃った状態)が共存するマルチフェロイクス(注1)状態を、レーザー光の照射によって
 1兆分の1秒以下という非常に短い時間で発現させることに初めて成功した。
◆強磁性と強誘電性が絡み合ったマルチフェロイクス物質では、従来の磁性体に比べてはるかに高速に、磁性と分極の状態を制御することが可能である
 ことを示している。
◆本研究の結果は、光を用いたマルチフェロイクス物質の超高速制御への道を拓くものであり、超高速メモリ技術や、高速光スイッチなどへの応用が
 期待される。

発表概要

 物質内部のミクロな磁石の向きがそろった強磁性体や、プラスとマイナスの電荷のずれ(電気分極)の向きがそろった強誘電体は、強磁性体では外部磁場、強誘電体では外部電場によって向きを制御できることから、メモリ素子などに広く応用されています。近年、この強磁性と強誘電性の両方の性質を併せ持つ、マルチフェロイクスと呼ばれる特殊な物質群が注目されており、外部電場によって磁石の性質を変化させるなど、新しい原理に基づくメモリやセンサーなどへの応用が期待されています。しかし、外部電場や外部磁場の切り替えは高速な制御が難しいという課題がありました。一方、光は極短パルス光技術の進歩により、桁違いに高速な操作が可能です。本研究では、パルス幅の非常に短い超短パルスレーザー光を物質に照射することによって、1兆分の1秒以下の非常に短い時間でマルチフェロイクス状態を発現させることに初めて成功しました。この発現の確認には、光の進む方向によって光吸収の大きさが異なるという方向二色性と呼ばれるマルチフェロイクス特有の現象を用いました。本研究結果は、マルチフェロイクスを使った様々なデバイスの高速化や光制御デバイスへの応用の道を拓くものであり、超高速メモリ技術や、高速光スイッチなどへの応用が期待されます。

発表内容

 分子や結晶の中でプラスの電荷とマイナスの電荷の位置が少しずれると、電気分極が生じます。 この分極には向きがありますが、それが揃った状態を強誘電性と呼びます。一方、強磁性とはミクロな 磁石の方向が揃った状態です。強磁性は外部から磁場をかけると向きを制御することができ、強誘電性は 電場で制御できるため、どちらもメモリなどに実際に応用されています。近年、この強磁性と強誘電性の 両方の性質を併せ持つ物質群であるマルチフェロイクスが注目されています。これは外部電場によって磁石の 向きを変えたり、外部磁場で分極の向きを変えたりすることができるので、新しい原理に基づくメモリデバイスや センサーなどへの応用が期待されています。しかしながら、外部電場や外部磁場を切りかえるためには100ピコ秒(注2)、 すなわち100億分の1秒程度の時間がかかるため、あまり高速な制御はできないという課題があります。 一方、光パルスは非常に短い時間で照射できるので、高速な操作が可能です。本研究では、パルス幅の非常に短いレーザー光である、フェムト秒(注2) 超短パルスレーザーを照射することによって、1兆分の1秒以下の非常に短い時間でマルチフェロイクス状態を発現させることに初めて成功しました。 すなわち、マルチフェロイクスを使った様々なデバイスの高速化や光制御デバイスへの応用の道を拓くものです。
 最近、マルチフェロイクスでは光に対しても特殊な応答を示す場合があることがわかってきました。通常、物質の中を光が 進む際に生じる吸収の大きさは、光の進む方向を反転させても変化しません。しかしながら、マルチフェロイクスの中では、 光の進む方向の反転によってその吸収の大きさに差が生じる場合があります。このような現象は方向二色性と呼ばれています。 本研究で用いたマルチフェロイクスであるメタホウ酸銅(注3)は、特にこの方向二色性が大きい物質です (東京大学大学院新領域創成科学研究科の有馬孝尚教授の研究室で作製)。 この物質は、摂氏マイナス264度以上、マイナス252度以下の温度領域において、マルチフェロイクスとなることが知られています。 東京大学大学院理学系研究科附属フォトンサイエンス研究機構のDavide Bossini特任研究員(研究当時)は、 この物質をマルチフェロイクスにならない摂氏マイナス268度まで冷却した状態で、波長800ナノメートル(注4)、 パルス幅100フェムト秒程度の超短パルスレーザーを照射し、波長400ナノメートルの光に対して生じる方向二色性の大きさを測定しました。 その結果、適切な外部磁場の大きさ(2テスラ(注5)以下)の下で、照射するパルスレーザーの強度が約4mJ/cm2以上の場合に、 方向二色性が観測されるようになりました。このとき、パルス照射後600フェムト秒以内という非常に短い時間で方向二色性が観測され始めました。これは、600フェムト秒という非常に短い時間で、レーザー光照射によるマルチフェロイクス相への変化が生じていることを表しています。
 絶縁性の磁性体において、超短パルスレーザーを照射することによって磁性が変化することはこれまでにも知られていましたが、その典型的な時間スケールは10~100ピコ秒程度でした。今回観測された600フェムト秒という変化の時間は、それと比べて一桁から二桁も高速です。このような高速な変化が生じる原因として、この物質中においては、光励起によって電子の軌道が変化するときに、ある確率でスピンも同時に反転し、それによってスピン系が瞬時にマルチフェロイクス状態になるというメカニズムが考えられます。スピントロニクスと呼ばれる研究分野では、物質中のミクロな磁石であるスピンを使った、メモリを高速化するための研究が盛んですが、磁性だけでなく強誘電性と絡まり合うマルチフェロイクス物質では遙かに高速にスピン系を制御出来ることを今回の研究は示しました。
 本研究の結果は、光を用いたマルチフェロイクス物質の超高速制御への道を拓くものであり、超高速メモリ技術等への応用が期待されます。それと同時に、方向二色性の有無を超高速に切り替えることが可能であることから、新たな超高速光制御のための手法として、高速な光スイッチなどへの応用も期待されます。
 

発表雑誌

雑誌名:「Nature Physics」
論文タイトル:Femtosecond activation of magnetoelectricity
著者:Davide Bossini*, Kuniaki Konishi, Shingo Toyoda, Taka-hisa Arima, Junji Yumoto, Makoto Kuwata-Gonokami
DOI番号:10.1038/s41567-017-0036-1

用語解説

(注1)マルチフェロイクス
 元来は、強磁性、強誘電性、強弾性のうち複数の性質を併せ持つ物質のことを指す。最近ではその中でも特に、強磁性と強誘電性の性質、すなわち磁石の性質(磁性)と分極(強誘電性)の両方の性質を併せ持つ物質のことを指す

(注2)フェムト秒、ピコ秒
 どちらも、時間の長さを表す単位。フェムト秒は1000兆分の1秒、ピコ秒は1兆分の1秒に相当する。

(注3)メタホウ酸銅
 CuB2O4という組成式で表される銅、ホウ素、酸素からなる化合物。

(注4)ナノメートル
 1ミリの100万分の一の長さを表す単位。可視光線の波長は、およそ、400ナノメートルから700ナノメートルである。

(注5)テスラ
 国際単位系での磁束密度の単位であり、磁場の強さを表す。1テスラが1万ガウスに等しい。最も強い市販の永久磁石(ネオジム磁石)の表面での強さは約0.5テスラ、ピップエレキバンは0.08から0.19テスラ、日本での地磁気の強さは約0.00005テスラである。

添付資料

 

(図) 本研究で行った、レーザーパルス光の照射によるマルチフェロイクス状態瞬時発現の模式図。
レーザー光の照射前は、物質内部におけるミクロな磁石の向きはバラバラで、プラスとマイナスの電荷のずれも生じていない。超短パルスレーザー光の照射によって、600フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)以内の非常に短い時間で、物質内部におけるミクロな磁石の配列の向きと、プラスとマイナスの電荷のずれの向きがそろった、強磁性と強誘電性を兼ね備えるマルチフェロイクス状態が発現する。

 

本プレスリリースについては、東京大学大学院理学系研究科・理学部もご覧ください。