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研究成果

植物由来の次世代型農薬へ

投稿日:2015/03/10
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発表者

大矢 禎一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻・(兼)サスティナビリティ学グローバルリーダー養成大学院プログラム 教授)
Jeff S. Piotrowski(Great Lakes Bioenergy Research Center, University of Wisconsin-Madison, USA, Research Scientist)
岡田 啓希(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 客員研究員)
Sheena C. Li(独立行政法人理化学研究所 環境資源科学研究センター 国際特別研究員)
Charles M. Boone(独立行政法人理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー・The Donnelly Center for Cellular and Biomolecular Research, University of Toronto, Canada, Professor)
John Ralph (Great Lakes Bioenergy Research Center, University of Wisconsin-Madison, USA, Professor)
Fachuang Lu (Great Lakes Bioenergy Research Center, University of Wisconsin-Madison, USA, Research Scientist)
Mehdi Kabbage (Department of Plant Pathology, University of Wisconsin-Madison, USA, Assistant Professor)
Chad L. Myers(University of Minnesota-Twin Cities, Department of Computer Science and Engineering, Minneapolis, Minnesota, USA, Associate Professor)

発表のポイント

◆植物(木質系バイオマス、注1)由来のポアシン酸という新規の抗真菌物質を発見しました。
◆ポアシン酸が真菌(注2)の細胞壁(注3)の合成を阻害して真菌の生育を抑え、病原性真菌の植物への感染を防ぐことができることを明らかにしました。
◆農作物に甚大な被害を与える病原性真菌や卵菌の生育を抑制することができたことから、ポアシン酸は植物由来の新しい農薬として期待されます。

発表概要

 地球上には農作物に感染して甚大な被害をもたらす病原菌が数多く存在しており、感染を防ぐために殺菌作用のある農薬が使われています。しかしながら代表的な有機農薬としては、重金属イオンを含む硫酸銅がいまだに使われているのが現状です。硫酸銅は土壌に蓄積すると土壌汚染により作物の生育への影響や、健康被害を引き起こすという問題があり、持続可能な有機農業のためには天然物由来の次世代型農薬の開発が強く望まれていました。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授らの国際研究チームは、木質系バイオマス(注1)の主成分であるリグノセルロース(注4)を加水分解して得られる物質(加水分解産物)の中から、真菌(注2)の生育を強く阻害する物質を見つけ出し、それをポアシン酸と命名しました。研究チームは真菌の一種である出芽酵母にポアシン酸を加え、化学遺伝学と形態学という2つの観点からその特徴を分析した結果、ポアシン酸は、細胞壁(注3)の合成経路に作用していると推定しました(図1)。さらにポアシン酸が細胞壁のグルカン(注5)に結合し、グルカン合成を阻害していること(図2)を明らかにしました。
 さらに、研究チームは、ポアシン酸は出芽酵母だけでなく、世界規模で農作物に被害をもたらす幾つかの病原性真菌の生育を阻害することを突き止めました。多くの作物で菌核病を引き起こす糸状菌Sclerotinia sclerotiorum、ジャガイモ夏疫病などを引き起こす糸状菌Alternaria solani、ダイズ茎疫病を引き起こす卵菌Phytophthora sojaeに対して殺菌効果が認められました。
 抗菌作用が多様な真菌に認められるポアシン酸は、植物由来の天然物質であり自然界で分解されることから、持続的に使用できる環境負荷の低い有機農薬としての利用が期待されます。さらに本発見は、バイオエタノールなどの化石エネルギーの代替として注目されている木質系バイオマスが有機農薬の供給源となりうる、というバイオマスの新たな利用法を提案するものです。
 なお、本成果はウィスコンシン大学、理化学研究所、ミネソタ大学との共同研究の結果得られたものです。

発表内容

 地球上には農作物に感染して甚大な被害をもたらす病原菌が数多く存在しており、その被害は毎年8~10億人分の食料に相当すると算出されています。病原菌の植物体への感染を防ぐためには一般的には農薬が使われていますが、食に対する安全が意識されるようになり、消費者の間では有機農薬を用いた有機農業の人気が高まっています。ところが「有機農薬」の定義は「化学的に合成されていない農薬」であるために、例えば幅広い抗菌スペクトル(注6)を持つ硫酸銅がいまだに代表的な有機農薬として使われているのが現状です。しかしながら重金属である銅には、継続的な使用による土壌で蓄積すると土壌汚染により作物の生育への影響や、健康被害を引き起こすという問題があり、持続可能な農薬とは言えません。こうした状況の中、天然物に由来し、持続的に使用が可能である次世代型農薬の開発が強く望まれていました。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授らを含む国際研究チームは、木質系バイオマス(注1)の主成分であるリグノセルロース(注3)の加水分解産物の中から、真菌(注2)の生育を強く阻害する桂皮酸誘導体(注7)を見つけ出し、それをポアシン酸と命名しました。ポアシン酸が真菌の細胞内のどこに作用しているのかを明らかにするために、真菌の一種である出芽酵母を対象にプロファイリング解析(注8)を行いました。ここで特筆すべきは、薬剤で処理した酵母の特徴を化学遺伝学と形態学という2つの観点から探ったという点です。
 化学遺伝学を使ったプロファイリングでは、あらかじめ遺伝子を破壊した出芽酵母の株(遺伝子破壊株)にポアシン酸を加えて、これらの遺伝子破壊株の細胞のうち耐性や感受性を示すものを網羅的に調べ、ポアシン酸の細胞内の作用を推定しました。その結果、出芽酵母における細胞壁(注3)の異常を感知して適応するためのストレス応答遺伝子群が数多く感受性を示すことがわかり、ポアシン酸の添加は何らかの細胞壁の異常を引き起こすと予想しました。
 一方、形態学の観点からは、CalMorph(注9)という蛍光顕微鏡画像の画像解析システムを用いて、細胞の形に注目して、ポアシン酸を加えた出芽酵母の細胞と類似した遺伝子破壊株の細胞を探しました。その結果、細胞壁を合成できなくなった幾つかの遺伝子破壊株の細胞とポアシン酸を加えた出芽酵母の細胞が顕著に類似していることが明らかになりました(図1)。これら2つのプロファイリングの結果はどちらも、ポアシン酸が細胞壁の合成を阻害していることを示唆していました。
 その後、研究チームは、実際にポアシン酸が出芽酵母の細胞壁の合成を阻害しているかを検証しました。ポアシン酸は蛍光を発する物質です。ポアシン酸を出芽酵母の細胞に加えると細胞の外側にある細胞壁のグルカン(注4)層の部分に蛍光が認められ、細胞壁の主要な構成成分であるβ-1,3-グルカンがポアシン酸と結合していることが明らかになりました。さらに出芽酵母の細胞にポアシン酸を加えると、β-1,3-グルカンが合成できなくなることがわかりました。このことからポアシン酸は細胞壁のグルカン層に結合し、β-1,3-グルカン合成を阻害する働きがあること(図2)が証明されました。
 研究チームはポアシン酸が出芽酵母だけでなく、農作物に大きな被害を与えている複数の植物病原菌の生育を抑制することを明らかにしました。多くの宿主に対して菌核病を引き起こす糸状菌Sclerotinia sclerotiorum、ジャガイモ夏疫病・トマト輪紋病・ナス褐斑病などを引き起こす糸状菌Alternaria solani、ダイズ茎疫病を引き起こす卵菌Phytophthora sojaeにポアシン酸は殺菌効果を示しました。病原菌の感染によって植物の葉の上に見られる菌糸の増殖の範囲がポアシン酸散布によって小さくなったのです。
 ポアシン酸は植物由来の天然物質であり自然界で分解されることから、持続的に使用できる環境負荷の低い有機農薬としての利用が期待されます。ポアシン酸は木質系バイオマスからバイオエタノールを生産する際に副産物として得られる物質であるため、化石エネルギーの代替として注目されている木質系バイオマスに、有機農薬の供給源という新たなバイオマスの利用法を提案するものです。植物由来の初めての殺菌剤として、今後有機農業での活用が大いに期待されます。

発表雑誌

雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル:The plant derived, antifungal agent poacic acid targets β-1,3-glucan
著者:Jeff Piotrowski*, Hiroki Okada, Fachuang Lu , Sheena Li , Li Hinchman , Ashish Ranjan, Damon Smith, Alan Higbee, Arne Ulbrich, Joshua Coon, Raamesh Deshpande, Yury Bukhman, Sean McIlwain, Irene Ong, Chad Myers, Charles Boone, Robert Landick, John Ralph, Mehdi Kabbage, Yoshikazu Ohya*
(*責任著者)
DOI番号:doi/10.1073/pnas.1410400112
URL:www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1410400112

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授
大矢禎一 (おおや よしかず)
TEL: 04-7136-3650 FAX: 04-7136-3651  e-mail: ohya@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1)木質系バイオマス:木質廃棄物処理業で取り扱う廃材、稲藁などの農業残渣、樹皮、木端等の木質系の生物由来資源(化石燃料は除く)を指します。植物は環境中の二酸化炭素(CO2)を吸収し成長するため、木質系バイオマスを石炭、石油等の化石燃料の代替エネルギー源として用いれば、さらにCO2総量を減らすことができます。

注2)真菌:菌類の一種で、一般に酵母、カビ(糸状菌)、キノコと呼ばれる生物の総称です。

注3)リグノセルロース:木質系バイオマスの主成分であり、リグニン、セルロース、へミセルロースが強固に結合した複雑な構造を持っています。これを化学的に分解し糖化することでエタノール生産などに利用することができます。

注4)細胞壁:植物、真菌、細菌類の細胞の外側に存在する強固な構造体です。成分は生物種によって異なりますが、真菌の一種である出芽酵母の細胞壁は、主要な4つの成分(β-1,3-グルカン、β-1,6-グルカン、マンノプロテイン、キチン)が結合した複雑な構造です。

注5)グルカン:真菌の細胞壁中に最も豊富に存在する成分で、グルコースが網目状に結合した構造です。出芽酵母の細胞壁にはグルカン層と呼ばれる内側の強固な層があり、これはグルコースの結合様式の異なる2つの成分(β-1,3-グルカンとβ-1,6-グルカン)から成り立っています。

注6)抗菌スペクトル:ある特定の化合物において、効果のある病原性微生物の範囲や、効果の強さを表す言葉です。「抗菌スペクトルの広い薬剤」とは多数の病原菌に対して効果のある薬剤という意味で使われます。

注7)桂皮酸誘導体:植物由来の精油中(桂皮油など)に含まれる桂皮酸に化学構造の似た化合物の総称で、産業的には香料の原料などに使われています。

注8)プロファイリング解析:一般にプロファイリングとは犯罪捜査で使われ、犯罪の性質や特徴を行動科学的に分析して犯人の特徴を推定する方法です。研究分野においては、さまざまな特徴を観測して原因を推定する方法という意味で使われます。例えば今回使用した化学遺伝学的なプロファイリングでは、さまざまな遺伝子を破壊した出芽酵母を集めた培養液を用意し、ポアシン酸を添加した時に生育が遅延する遺伝子を次世代シークエンサーで探索しました。

注9)CalMorph:出芽酵母の形態を定量的に記述する画像解析システムで、最新の蛍光顕微鏡観察技術、細胞内染色技術、イメージプロセシング技術からなります。2004年に東京大学で開発され、出芽酵母の細胞の形から遺伝子の機能を予測できることが示されました。さまざまな応用がなされていますが、例えば木質系バイオマスを糖化する際に副産物として生じるバニリンが出芽酵母の生育と発酵を阻害する際のメカニズムの解析に使用されました。

http://www.jst.go.jp/pr/announce/20051220/index.html

/info/entry/22_entry209/

添付資料

図1 ポアシン酸で処理した出芽酵母の細胞の形と類似している出芽酵母の遺伝子変異株

ポアシン酸を加えた出芽酵母の細胞と出芽酵母の遺伝子破壊株の細胞の形の類似度を縦軸に表している(上図)。ポアシン酸を加えた出芽酵母の細胞と顕著に類似している遺伝子変異株の細胞を点線より上に示している。探索の結果、細胞壁の合成に必要な糖転移酵素の遺伝子破壊株の幾つか(赤丸)がポアシン酸を加えた出芽酵母の細胞と似ていた。黒丸は有意な類似性を示さなかった糖転移酵素の遺伝子破壊株、白抜き灰丸はその他の全ての変異株を示している。

ポアシン酸を加えた出芽酵母の細胞と代表的な糖転移酵素の遺伝子が破壊されている遺伝子破壊株(fks1: β-1,3-グルカン合成酵素変異株)の細胞の写真を示している(下図)。緑:細胞壁、青:核DNA、赤:アクチン繊維。

図2 ポアシン酸は酵母の細胞壁の合成を阻害する

出芽酵母の細胞壁や精製したβ-1,3-グルカンにポアシン酸を加えると蛍光が発せられた。ポアシン酸はβ-1,3-グルカン合成酵素の活性を阻害する。したがってポアシン酸は酵母の細胞壁の成分であるβ-1,3-グルカンに結合することで、β-1,3-グルカン合成酵素の働きを阻害し、細胞壁の異常を引き起こしていると結論づけた。