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研究成果

スーパーコンピュータ内の心臓で薬の副作用を検出 -新薬開発の効率化・コスト削減に寄与-

投稿日:2015/05/02
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会見日時

2015年5月1日(金)15:00~16:00

会見場所

東京大学柏の葉キャンパス駅前サテライト(フューチャーセンター推進機構)
3階 301会議室

出席者

岡田純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻特任講師)
杉浦清了(東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻特任教授)
澤田光平(エーザイ株式会社 グローバルCV評価研究部部長・日本安全性薬理研究会会長)
黒川洵子 (東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野准教授)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
薬の副作用による不整脈発生のリスクを、従来の方法より正確に予測できるコンピュータシミュレーションモデルを開発しました。
◆新規性(何が新しいのか)
動物実験・臨床試験の一部が代替可能となる、世界初の心臓シミュレーションモデルです。
◆社会的意義/将来の展望
新薬開発のコスト・時間を削減し、画期的な新薬を迅速に社会に届けることに貢献します。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡田純一特任講師らとエーザイ株式会社、東京医科歯科大学の共同研究グループは、分子機能に基づく心臓のコンピュータモデルUT-Heart(注1)を使用して薬による不整脈の発生リスクを正確に予測するシステムを世界で初めて開発しました。細胞実験から得られたイオンチャンネル(注2)に対する薬の影響をUT-Heartの2000万個の細胞数理モデルに対し適用することで、どのくらいの投与量に対し不整脈が発生するかが判定できるようになりました。薬の深刻な副作用である致死性不整脈の検出について、これまで有効な方法は開発されていませんでしたが、このシステムが普及することで画期的な新薬が迅速に開発され未解決の健康問題を解消するとともに日本の創薬産業の国際競争力強化に貢献することが期待されます。

発表内容

10年、数百億円ともいわれる新薬開発に要する時間・コストは近年増加傾向にあるため、IT技術による合理化が求められています。特に副作用の検出は動物実験、初期の臨床試験を含め膨大なコストがかかるため、重要な合理化対象となっています。薬による致死性の不整脈は胃腸薬、抗生物質を始めあらゆる薬で起こり得るため総ての開発においてスクリーニングが義務づけられていますが、現行の細胞実験、動物実験を主体とした方法は実際のヒトでの不整脈発生を観察している訳ではないため、その精度に疑問がもたれていました。

不整脈とは、心臓を構成する細胞集団の活動の統制が乱れ、最悪の場合血液を送り出すことができなくなる現象です。細胞の活動は細胞膜にある幾種類ものイオンチャネルにより制御されていますが、それらの機能が薬物によって変化し不整脈を起こす場合があることが知られています。なお一般に薬物は複数の種類のイオンチャネルの機能を変化させる作用があります。重要なことは、ある薬物に対する細胞の変化を観察しても心臓全体の現象である不整脈の発生を予測することはできないということです。不整脈とは、あくまで細胞の集合である臓器において生じる現象です。動物での評価については、薬の効果は動物種によって差があることが知られており、また世界的な趨勢から動物実験は今後縮小せざるを得ません。

現在の日米EU医薬品規制調和国際会議ガイドラインでは、不整脈に最も関係があるとされる1種類のイオンチャネルの機能に対する抑制効果、動物実験での心電図変化(不整脈の発生ではありません)、そして少量の薬をヒトに投与した際の僅かな心電図の変化を評価することが求められています。また安全性の面から、上述の試験で少しでも変化があれば不整脈リスクは陽性となり、薬の開発は中止となります。このため実際には安全で有効な薬ではあるが、製品とならない場合が多くあると考えられてきました。

そこで米国FDA(食品医薬品局)をはじめとする規制当局は上記ガイドラインの改訂にあたりパッチクランプ法(注3)による複数の種類のイオンチャネルへの薬の影響評価と心筋細胞のコンピュータモデルを組み合わせたスクリーニング方法を推進する方針を打ち出しています。しかし上述のように不整脈はあくまで心臓で起きる現象であるため、各国の研究者が心臓モデルによる不整脈スクリーニングを目指してきましたが、これまで実現されていませんでした。東京大学の久田俊明元教授(現株式会社UT-Heart研究所代表取締役会長)、杉浦清了特任教授、鷲尾巧特任准教授、岡田純一特任講師の研究グループは、2001年から細胞の中の各種の分子の活動に基づいて2000万個の細胞モデルが集まって機能し、その結果心臓の拍動、心電図、血液の流れを再現できる世界初の心臓シミュレータUT-Heartを開発してきました。現在では京コンピュータの代表的なアプリケーションになっています。

本研究では、既に市販されたものを含め不整脈のリスクの分かっている12種類の薬剤(抗不整脈薬8種類、胃腸薬1種類、抗アレルギー薬2種類、抗菌薬1種類)について、6種類のイオンチャネル電流への機能抑制効果を、エーザイ株式会社(吉永貴志博士、澤田光平博士)と東京医科歯科大学(黒川洵子准教授、古川哲史教授)のグループがパッチクランプ法で測定しました。この結果に基づいて、薬の投与量を変えた場合の細胞および心臓の状態をシミュレーションで再現し、さらに胸部モデル上で心電図を観察しました。()薬の量を常用量から増加していったところ、リスクが高いとされる薬では常用量をわずかに越える量から不整脈を認めましたが、安全とされる薬では常用量の何十倍に相当する量に至るまで不整脈は発生せず、危険な薬はもれなく検出しながら偽陽性なしとの結果が得られました。これまでに提唱されている方法ではこれほどの精度は得られていません。

本モデルはヒトの心臓モデルであることから、動物実験・臨床試験の一部を代替するものとなり得ます。また不整脈の発生まで薬を増量するといった、動物実験・臨床試験では行えないような実験を行えることもシミュレーションの利点です。さらに分子細胞レベルでの個人差を取り込むことが出来れば、テーラーメードのリスク予想も可能となります。現在は研究室の並列計算機システムによって計算が行われていますが、更に大規模なシステムを用いれば実験よりも遥かに早く安価に結果を得ることができます。今回の検討は12種類の薬に留まりましたが、今後更に多くの薬について検証を行った後に、実際の新薬開発に応用される予定です。本システムによって新薬の開発が画期的に加速されることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Science Advances」(5月1日)
論文タイトル:Screening system for drug-induced arrhythmogenic risk combining a patch clamp and heart simulator
著者:Jun-ichi Okada*, Takashi Yoshinaga, Junko Kurokawa, Takumi Washio, Tetsushi Furukawa, Kohei Sawada, Seiryo Sugiura, Toshiaki Hisada

問い合わせ先

岡田純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻特任講師)
電話 04-7135-5579
メールアドレス okada@sml.k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)UT-Heart: 東京大学大学院新領域創成科学研究科で開発された分子機能に基づいて心電図、血圧、血液の流れなどすべての心臓の働きを再現できる心臓のコンピュータモデル。京コンピュータの代表的アプリケーションでもある。

(注2) イオンチャネル:細胞膜に存在するタンパクでナトリウム、カリウム、カルシウムなどのイオンを選択的に通すことで細胞の興奮を調節している。薬による機能の変化が細胞の興奮性の変化を通じて不整脈発生につながる。

(注3)パッチクランプ法:微小な電極を用いて細胞表面に存在するイオンチャネルなどを通して流れる電流を測定する実験法。薬の効果、チャンネル分子の異常などを評価するのに用いられる。

添付資料

(図)不整脈リスク予測システムの概要:
(左列)薬剤のイオンチャネルへの影響を細胞を用いた実験で測定する。
(右列)細胞実験の結果に基づいてある量の薬剤を投与した場合の心臓の反応を心臓シミュレータ(UT-Heart)で再現し不整脈が起きるかどうかを判定する。