研究成果

エボラウイルスの出芽過程を細胞膜の「動き」から解明 ― 時分割回折X線明滅法による生きた細胞膜動態の観察に成功! ―

投稿日:2026/11/02
  • 研究成果

発表のポイント

◆ 生きた細胞膜の微細な「揺らぎ」を、回折X線強度の「明滅」現象を利用してミリ秒単位で定量化することに成功しました。

◆ エボラウイルスタンパク質VP40の分子集合によって細胞膜の速い「揺らぎ」が増大し、その変化がウイルス様粒子の放出能力と密接に関係することを明らかにしました。

◆ 感染性ウイルスを使用せずに出芽に関連する膜運動を定量評価する新たな手法を実証し、ウイルス出芽機構の解明や抗ウイルス薬候補の作用評価への応用が期待されます。

概要

東京大学 大学院新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授、長崎大学 高度感染症研究センターの南保明日香教授、古山若呼特任助教(現:筑波大学 医学医療系 特任准教授)、産業技術総合研究所 人工知能研究センターの富井健太郎上級主任研究員、三尾和弘キャリアエキスパート、大久保達成リサーチアシスタントらの共同研究グループは、エボラウイルスが細胞から新たなウイルス粒子を形成して放出する「出芽過程」に着目し、その際に生じる細胞膜の微細な動きを、回折X線明滅法(DXB)(注1)によって可視化・定量することに成功しました。

エボラウイルスは、感染した細胞の表面膜を変形させ、その一部をエンベロープとして獲得することで子孫ウイルス粒子を形成します。この過程では、ウイルスのマトリックスタンパク質VP40(注2)が重要な役割を担います。これまで電子顕微鏡などによってウイルス粒子(注3)形成時の膜構造は観察されてきましたが、生きた細胞の膜がどのように揺らぎ、その動きがウイルス粒子の形成とどのように関係するのかを定量的に捉えることは困難でした。

本研究では、細胞表面に付着させた微小な酸化亜鉛結晶からのX線回折強度の時間変化を解析するDXB法を活用し、生きた細胞膜の微細な動きをミリ秒の時間スケールで評価しました。その結果、正常型VP40を発現した細胞では、時間の経過とともに速い膜運動が顕著に増加する一方、VP40の多量体化が正常に進まず、ウイルス様粒子を形成できない変異体では、その増加が大幅に抑えられることが分かりました。さらに、細胞内の微小管の脱重合や、細胞膜を構成する脂質ホスファチジルセリンの利用可能性を低下させることで、VP40による膜運動の増大が抑制されることも明らかになりました。

これらの成果は、ウイルス粒子の形成能力と細胞膜の動態が密接に関係していることを示すとともに、従来の構造観察に加え、「膜の動き」という新しい物理的指標からウイルスの出芽過程を理解する道を拓くものです。 今後、ウイルス粒子形成機構のさらなる解明や、出芽過程を標的とした抗ウイルス薬の評価技術への応用が期待されます。

発表内容

エボラウイルスは、感染した細胞の内部でウイルスを構成するタンパク質などを合成・集合させ、細胞表面の膜を外側へ変形させることで、細長いウイルス粒子を形成して細胞外へ放出します。この過程は「出芽」と呼ばれ、ウイルスが感染を広げるうえで重要な段階です。出芽を主に駆動するのが、ウイルス粒子の内側に存在するマトリックスタンパク質VP40です。VP40は細胞膜の内側に集まり、複数の分子が集合することで膜の変形と粒子形成を促進します(図1)。

これまで電子顕微鏡などによってウイルス粒子の形態や構造は詳しく観察されてきましたが、生きた細胞膜がどのように揺らぎ、変形しながら粒子形成に至るのか、その動的な過程を定量的に捉えることは困難でした。そこで本研究グループは、X線回折を利用して微細な動きを検出する「回折X線明滅法(Diffracted X-ray Blinking:DXB)法」を生細胞の膜動態解析に応用しました(図1)。

 

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図1:VP40によるウイルス様粒子形成とDXB計測の概念

(a)エボラウイルスの構造と、粒子内部にあるタンパク質VP40の位置。(b)VP40が細胞膜の内側に集まり、細長い「ウイルス様粒子」が形成され、細胞外へ放出される過程。(c)回折X線明滅(DXB)法の原理。細胞表面に付着させた酸化亜鉛(ZnO)ナノ結晶から得られる回折X線の強度の時間変化を解析し、細胞膜の動きを評価します。(d)高エネルギー加速器研究機構(KEK)のNW14Aビームラインでの測定配置。

 

DXB法では、細胞表面に酸化亜鉛(ZnO)ナノ結晶を付着させ、その結晶から生じるX線回折強度の時間変化を測定します。膜の揺らぎに伴う回折強度の変動を自己相関解析することで、膜運動を「減衰定数」という数値で評価します。同じ測定条件では、この値が大きいほど速い膜運動を示します。ただし、特定の分子反応速度を直接表すものではなく、複数の運動を反映した相対的な指標です。本手法により、生きた細胞膜の微細な動きをミリ秒の時間スケールで定量的に比較できます。

実験では、ヒト由来HEK293F細胞にザイールエボラウイルス由来VP40を発現させ、12、24、48時間後の膜動態を測定しました。その結果、正常型VP40では時間の経過とともに膜運動が増大し、特に48時間後には速い運動成分が顕著に増加しました。一方、VP40の二量体化が出来ないL117R変異体や、多量体化が出来ないI307R変異体では、この増加が大幅に抑えられました。細胞内のVP40量はほぼ同程度でしたが、ウイルス様粒子の放出は主に正常型で観察され、VP40の正常な分子集合と、速い膜運動の増加が粒子形成能力に密接に関係することが示されました。

さらに、微小管を脱重合させる薬剤や、細胞膜におけるホスファチジルセリンの量を低下させる薬剤によって、VP40に伴う膜運動の増大が抑制されました。一方、微小管を安定化させる薬剤の影響は比較的小さいものでした。これらの結果から、細胞内の微小管の状態や膜脂質環境が、ウイルス粒子形成に伴う膜動態の制御に関与することが示唆されました(図2)。

本研究は、従来の「構造を見る」解析に「動きを測る」という新しい視点を加え、ウイルス出芽過程を物理的な動態情報から理解するための新たな計測手法を示したものです。

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図2:正常型VP40と会合欠損変異体の比較

(a)正常型VP40(wtVP40)と、重合に異常をもつ2種類の変異体(L117R、I307R)について、発現後12、24、48時間の膜運動を比較しました。減衰定数は膜運動の速さを反映し、正常型では時間とともに上昇しましたが、変異体では増加が抑えられました。(b)細胞内および培養液中のVP40量を調べた結果、細胞内の発現量は野生型と変異体でほぼ同程度でしたが、培養液中への放出は主に野生型で確認されました。これらの結果は、膜運動の変化がVP40の多量体化とウイルス様粒子の放出に関連することを示しています。

重要:本研究では、感染性をもつエボラウイルスは使用していません。
エボラウイルスの構成タンパク質の一つであるVP40のみを培養細胞に発現させ、細胞膜からウイルス様粒子が出芽する状態を再現したモデル細胞を用いました。このウイルス様粒子には、感染・増殖に必要な完全なウイルス因子は含まれておらず、感染性は保持しておりません。なお、遺伝子導入を伴う細胞実験として、各研究機関の安全管理手続きに従って実施しました。

本研究は、エボラウイルスの粒子形成に伴う細胞膜の微細な「動き」を、生きた細胞の状態で定量的に捉えられることを示しました。従来の電子顕微鏡による形態・構造観察とDXB法による動態計測を組み合わせることで、ウイルスの出芽過程を「構造」と「動き」の両面から理解する新しい研究の展開が期待されます。特に、細胞膜の速い運動成分がウイルス粒子の形成能力と密接に関係していたことは、膜運動が出芽過程を評価する新たな物理的指標となる可能性を示しています。

また、薬剤によってVP40に由来する膜運動が抑制されたことから、DXB法は出芽過程を標的とする抗ウイルス薬候補の作用を評価する技術としても期待されます。今後、超解像イメージングやX線1分子追跡法(DXT)との組み合わせにより、細胞膜の形状変化と運動方向を関連づけ、ウイルス粒子形成の仕組みをさらに詳しく解明することを目指します。将来的には、感染性ウイルスを使用しない初期評価系として、抗ウイルス薬の研究開発を支える新たな動態計測技術への発展が期待されます。

発表者・研究者等情報                                        

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 佐々木 裕次 教授

長崎大学 高度感染症研究センター 南保 明日香 教授

筑波大学 医学医療系 古山 若呼 特任准教授(研究当時:長崎大学 高度感染症研究センター 特任助教)

産業技術総合研究所 人工知能研究センター 富井 健太郎 上級主任研究員

産業技術総合研究所 人工知能研究センター 三尾 和弘 キャリアエキスパート

横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 大久保 達成 大学院生(兼:産業技術総合研究所 人工知能研究センター RA)

論文情報                                          

雑誌名:Next Bioengineering

題 名:Live-cell Diffracted X-ray Blinking reveals Ebola virus VP40-driven budding dynamics and their regulation by cytoskeletal and lipid factors

著者名:Tatsunari Ohkubo, Keizaburo Taninaka, Tatsuya Arai, Daisuke Sasaki, Shunsuke Nozawa, Kentaro Tomii, Wakako Furuyama, Asuka Nanbo, Kazuhiro Mio, Yuji C. Sasaki

DOI:10.1016/j.nxbio.2026.100058

URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S3050723526000477?via%3Dihub

研究助成

本研究は、JSPS科研費 (26KJ1889; 23K26511; 23H01818; 25H01326; 24K02494)、JST CREST(JP18071859)、AMED(JP26fm0208101, JP23wm0325033, JP26jf0126002)、BINDS(JP26ama121032、JP25ama121028)、長崎大学高度感染症研究センター新興感染症制御研究拠点共同研究、上原記念生命科学財団の支援により実施されました。

用語解説

(注1)回折X線明滅法(DXB):試料に付着させたナノ結晶から生じる回折X線の強度変化を解析し、対象の微小な動きを高い時間分解能で評価する手法です。

(注2)VP40:エボラウイルスの主要なマトリックスタンパク質。細胞膜の内側に集合し、ウイルス粒子の形成と出芽を駆動します。

(注3)ウイルス様粒子:ウイルスの一部の構成タンパク質によって形成される粒子。本研究の粒子は完全なウイルスゲノムを持たず、感染性ウイルスではありません。

関連研究室

新領域創成科学研究科 佐々木祐次研究室

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