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有機半導体デバイスに有用な電子不足パイ電子骨格群を開発―種々のデバイス用途に適材適所で力を発揮する鍵材料として期待―

投稿日:2023/01/05 更新日:2023/01/24
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東京大学
株式会社ダイセル

発表のポイント

◆電子受容性を示すパイ電子系分子は、種々の有機半導体デバイスにおいて電子輸送を担う重要な有機半導体材料であり、光・電子物性に応じて様々なデバイス特性を示します。
◆今回、環状アミド構造を有する新たなパイ電子系骨格を開発し、有機電界効果トランジスタへの応用に成功しました。
◆さらに、段階的な元素置換や、官能基の導入により、光・電子物性を幅広く制御できることを明らかにし、今後は有機薄膜太陽電池など様々な有機半導体デバイスへの展開が期待されます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本 敏宏准教授、Craig P. Yu特任助教、熊谷 翔平特任助教、竹谷 純一教授は、電子不足なパイ電子系骨格に環状アミド(注1)を縮合させた、新たなパイ電子系ベンゾ[de]イソキノリノ[1,8-gh]キノリンジアミド(BQQDA)骨格を開発しました。段階的な元素置換や、官能基(注2)を導入した化合物群の合成にも成功し、電子受容性(注3)や光学特性を系統的に制御できることを明らかにしました。これらは良好な溶解性を示す一方で、十分な結晶性も有するため、様々な有機半導体デバイスへの応用が期待されます。本研究では、有機電界効果トランジスタ(注4)を作製し、大気安定なn型トランジスタ(注5)特性を示すことを実証しました。

多彩な分子設計が可能で、有機合成技術により合成が可能なパイ電子系分子(注6)は、元素や分子構造、官能基などに応じて様々な光学特性や酸化還元特性を示します。パイ電子系分子の集合体である有機半導体は、室温付近での製造が可能なことや、軽量性、柔軟性に優れるなどの特長を有するため、有機電界効果トランジスタ、有機薄膜太陽電池や有機発光ダイオードなど様々な有機半導体デバイスへの応用が嘱望されています。パイ電子系分子の中でも、とりわけ、電子受容性に優れるものはn型有機半導体や電子アクセプターと呼ばれ、有機半導体デバイスにおける電子の授受や伝導に重要な役割を担います。

BQQDA骨格を鍵骨格とすることで、枝分かれ的に多様な化合物群が合成できます。これにより、幅広い電子受容性や光学特性に展開が可能になるため、戦略的に分子を設計することで、デバイス用途に応じた高性能有機半導体の開発に繋がると期待されます。

本研究成果により、安価で環境に優しいIoTデバイス(注7)の開発や、未利用エネルギーを有効活用するエネルギーハーベスト(注8)など、有機エレクトロニクス分野の研究開発に貢献します。
本研究成果は、2022年12月19日付で独国科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン速報版で公開されました。

発表内容

<研究の背景と経緯>
電子受容性を示すパイ電子系分子は、n型有機半導体や電子アクセプターと呼ばれ、有機電界効果トランジスタ、有機薄膜太陽電池や有機発光ダイオードなど種々の有機半導体デバイスにおいて電子の授受や伝導を担う重要な有機化合物です。電子受容性の獲得や向上には、電子が豊富なパイ共役系から電子を周囲に引っ張り、パイ電子系骨格を電子不足にする必要があります。しかしながら、電子不足にすることで化学反応性が低下してしまうため、このような電子不足パイ電子系分子の合成や拡張は一般に容易でありません。そのため、有機半導体デバイスの性能を向上させ、実用性を高めるためには、高機能性かつ生産性に適したパイ電子系骨格および分子群が求められます。

本研究グループでは、近年、電子不足なn型有機半導体BQQDI(注9)誘導体を開発し、有機電界効果トランジスタへの有用性を報告してきました(T. Okamoto et al., Science Advances 2020 https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/news/8321.html)。電気陰性な窒素元素と、電子求引性のイミド結合を有するBQQDI骨格は電子不足であり、電子受容性の指標となる最低空軌道(Lowest-Unoccupied Molecular Orbital: LUMO、注10)は−4.0 eV以下の深い準位を示します(図1)。この特徴は、大気安定なn型有機電界効果トランジスタに有用である一方で、より浅いLUMO準位が求められる有機薄膜太陽電池など、他の有機半導体デバイス応用には適しません。そこで、本研究では、BQQDI骨格の電子不足をいかした新規パイ電子系分子の設計と開発を試みました。

図1 BQQDA骨格の分子設計指針.png

図1 BQQDA骨格の分子設計指針。下部は量子化学計算により得られたLUMO準位と適するデバイス応用例を示している。


<研究の内容>
本研究では電子不足を制御するため、BQQDIの環状イミド結合をより電子求引性の低い環状アミド結合に置き換えた、BQQDAパイ電子系骨格を設計しました。量子化学計算(注11)によりこの効果を検証したところ、図1に示されるように、LUMO準位が大幅に上昇することがわかりました。また、BQQDA骨格の一部の元素や官能基を置換することで、LUMO準位の制御が可能であることが期待されました。

これらを実証するため、BQQDAの合成を検討したところ、以前開発したBQQDIと共通の前駆体(T. Okamoto et al., Communications Chemistry 2021 https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8723.html)を用いることで、1ステップでBQQDAを合成可能であることがわかりました。さらに、元素や官能基の置換についても検討を行うことで、BQQDA骨格を基軸とした、官能基の導入や、アミドからチオアミドへの変換が可能であることを明らかにしました(図2)。興味深いことに、BQQDAの2つのアミド部位のうち、片方のみをチオアミド化したBQQMTAと、両方を変換したBQQDTAとを単離することに成功し、より詳細な物性制御に展開できることがわかりました。
実際に、電気化学測定により、得られたBQQDA化合物群のLUMO準位は、およそ計算値と一致し、−3.6 eVから−4.1 eVの広い範囲で変調されることを明らかにしました。また、可視光吸収特性を調べたところ、電子受容性と同様に、官能基や元素置換による段階的な光吸収帯の変化が観測されました(図3)。

このような幅広い電子受容性および光学特性示すBQQDA化合物群は、目的とする有機半導体デバイスに適して選択することができるため、有用な有機半導体材料と考えられます。デバイス応用の例として、最も深いLUMO準位を示したシアノ置換BQQDA−CN2誘導体を用い、有機電界効果トランジスタの作製を実施しました。良好な溶解性に伴い、塗布法(注12)により単結晶(注13)薄膜を基板上に成膜することができ、大気下で安定に駆動可能な、約1 cm2 V-1 s-1の良好な電子移動度(注14)が示されました。
 

図2 BQQDAを中心とした、本研究で合成に成功した類縁化合物群.png

図2 BQQDAを中心とした、本研究で合成に成功した類縁化合物群

図3 ジクロロメタン溶液中の可視光吸収スペクトル.png
図3 ジクロロメタン溶液中の可視光吸収スペクトル

<今後の展開>
環状イミド結合と環状アミド結合とはよく似た構造を示しますが、イミドが代表的なn型有機半導体や電子アクセプターに用いられてきた一方で、環状アミド結合の有機半導体への有用性はこれまでほとんど研究されていません。本研究は、BQQDA化合物群自身の研究の足掛かりとなるだけでなく、有機化学や有機半導体デバイスを中心とする関連研究分野の今後の発展に大きなインパクトを与えると期待されます。

<研究推進事業>
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題の一部として得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口 研二 大阪大学名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」
研究者      岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間  平成29年10月~令和3年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口 研二 大阪大学名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「バンド伝導性有機半導体を用いたハイブリッド型環境発電素子の開発」
研究者      岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間  令和3年4月~令和5年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)「未踏探索空間における革新的物質の開発」(研究総括:北川 宏 京都大学教授)
研究課題 「電子閉じ込め分子の二次元結晶と汎用量子デバイスの開発」
研究者      竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究期間  令和3年10月~令和9年3月

発表雑誌

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition」(2022年12月19日付)
論文タイトル:"Electron-Deficient Benzo[de]isoquinolino[1,8-gh]quinoline Diamide π-Electron Systems"
著者:Craig P. Yu, Akito Yamamoto, Shohei Kumagai, Jun Takeya, Toshihiro Okamoto*
DOI番号:10.1002/anie.202206417
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202206417

発表者

岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)
ユー クレイグ ペイチ(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任助教)
山元 明人(株式会社ダイセル事業創出本部事業創出センター要素技術研究チーム 研究員)
熊谷 翔平(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任助教)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/東京大学マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))

用語解説

(注 1)環状アミド
−C(=O)NR−(Rは水素、アルキル基など)で表されるアミドのうち、その両端が炭素鎖によって環状に繋がっているもの。

(注2)官能基
有機化合物の性質や反応性を特徴付ける原子団。例えば、ヒドロキシ基(-OH)、カルボキシ基(-COOH)、シアノ基(-CN)などがある。

(注 3)電子受容性
他の原子や分子から電子を受け取る能力。例えば、LUMOが深い分子ほど電子を受け取りやすい傾向がある。

(注 4)有機電界効果トランジスタ
有機半導体を用いたトランジスタ。ゲート電圧をかけることで有機半導体とゲート絶縁体の界面に電荷が蓄積され、電流が流れるようになる。
トランジスタはデジタル論理演算回路や信号増幅回路における最も基本的な素子の一つである。

(注 5)n型トランジスタ
ゲート電圧により半導体に電子(エレクトロン)を蓄積することで動作するトランジスタ。

(注 6)パイ電子系分子
主に炭素・水素・窒素・酸素原子による主骨格を有し、一重結合と二重結合が交互に連なった共役二重結合を持つ化合物。

(注 7)IoT
モノのインターネット(Internet of Things)の略で、モノがインターネット経由で通信することを意味する。

(注 8)エネルギーハーベスト
環境中に存在する光、熱、振動、電波などのエネルギーを電力に変換すること。

(注 9)BQQDI
ベンゾ[de]イソキノリノ[1,8-gh]キノリンテトラカルボン酸ジイミド(benzo[de]isoquinolino[1,8-gh]quinolinetetracarboxylic diimide)。

(注 10)最低空軌道(Lowest-Unoccupied Molecular Orbital: LUMO)
分子全体に分布して運動する電子は、そのエネルギーごとに運動可能な軌道を持つ。
分子が最も安定な状態では、通常、エネルギーの低い軌道から順に電子が詰められており、電子に占有されない空の軌道のうち最もエネルギーの低いものを最低空軌道と呼ぶ。

(注 11)量子化学計算
コンピュータを利用して、分子構造やエネルギーなどの性質を解析する手法。

(注 12)塗布法
インクで紙に文字を印刷するように、有機溶媒に溶かした有機半導体を基板の上に印刷して半導体膜を形成する手法。有機半導体における最大の強みの一つであり、安価で大量生産が可能となる。

(注 13)単結晶
原子や分子が規則正しく集合した固体。

(注 14)電子移動度
電界により流れる電子1個あたりの伝導率であり、半導体中における電子の移動しやすさの指標となる。値が大きいほど伝導しやすいことを意味する。


関連研究室

物質系専攻 竹谷岡本渡邉研究室

記事掲載情報

OPTRONICS ONLINE 1/5

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