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水たまりに油膜ができる現象を利用して高機能シート材料を簡単に作製
―センサや電池向けのナノ材料を常温常圧下で作製可能に―

投稿日:2021/10/28
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大阪府立大学

高輝度光科学研究センター

東京大学

発表のポイント

◆原材料溶液を水面に滴下するだけで精密な立体ナノ構造を構築、多孔質1で電気を流す極薄シートの作製に成功。

◆必要な器具は水を入れる容器と注射器だけ、常温常圧の省エネプロセスで高機能ナノ材料の製造が可能に。

◆センサや電池の小型化・高機能化に貢献。

発表概要

厚さナノメートル(1000万分の1 cm)のシート状のナノ材料は"ナノシート"と呼ばれ、究極に薄い機能材料として、小型化、省資源性の観点から注目を集めています。これまでに報告されている多くのナノシートは、大きなスケール(マクロスケール)の材料を剥離することにより製造されています。この製造方法には多くのエネルギーを必要とする高温・高圧や複数のプロセスが含まれます。また、剥離する過程でナノシート自体が破壊されるなどの課題があります。

水面に油膜ができる現象は古くから知られており、数滴の油を水面に落とすだけで、大面積で均一な油膜が形成されます。私たちは、この現象が省エネルギープロセスの材料製造につながるのではないかと考え、水面に原材料を含む溶液を滴下するという極めて簡単な方法で、高度な立体ナノ構造を有し、電気を流すナノシートの作製に成功しました(図1)。このナノシートは、用途に応じて様々な基板に転写して使用することが可能です。立体ナノ構造中には、形状とサイズが揃ったナノスケールの細孔が無数に含まれます。多孔質で電気を流すナノシートをセンサや電池材料として用いることで、小型化・高機能化が期待されます。

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図1 水面を利用した機能性ナノシート作製手法の概略図

発表内容

【研究背景と課題】

厚さナノメートル(1000万分の1 cm)のシート状のナノ材料は"ナノシート"と呼ばれ、究極に薄い機能材料として、小型化、省資源性の観点から注目を集めています。ナノシートは、同じ構成要素からなる通常の物質(マクロスケール物質)とは異なる性質を示すことが知られており、その特異な性質を明らかにする研究も盛んに進められています。ナノシートが多孔質で電気を流す場合は、センサ、電池などのエネルギー創製・貯蔵材料、触媒など、さらなる応用の幅が広がります。

グラフェンや金属酸化物など、多くのナノシートが報告されていますが、これらのほとんどは、マクロスケール物質を剥離することにより得られます。マクロ物質の合成には通常、高温・高圧というたくさんのエネルギーを必要とするプロセスが含まれます。また、マクロ物質の剥離、剥離体(ナノシート)の分散液の調整、剥離体の製膜など、多くのプロセスを必要とします。さらに、超音波などの刺激を必要とする剥離のプロセスにおいてナノシートが破壊される、ナノシートの再凝集が起きるなどの課題がありました。

【開発経緯】

水面に油膜ができる現象は古くから知られています。約250年前にアメリカの研究者が、池の水面にスプーン1杯の油を滴下したところ、水面のさざ波が静まり、約2000 m2 (平方メートル)(テニスコート10面分)にわたり油膜が形成されていることを発見しました。後に、この油膜は分子が規則正しく並んで形成され、厚さは分子ひとつ分の単分子膜であることが明らかとなりました。

多様な応用の可能性を有する多孔質で電気を流すナノシートを、省エネプロセスの簡単な方法で作製する技術の開発が望まれている中、本研究グループは、水面で油膜を形成する現象に着目しました。

【研究内容】

水面の利用と分子形状・原料の組み合わせ・作製条件の工夫

今回の研究では、原料の分子の形状と結合の相手となる金属イオンとの組み合わせ、水面での作製条件を工夫することにより、多孔質かつ電気を流すナノシートを作製することに成功しました(図2)。用いた分子、2,3,6,7,10,11-ヘキサアミノトリフェニレン(以降HATPと略する、図2左)は平らな三角形状で、電子を運ぶのに適したπ共役系2のベンゼン環を4つ含む疎水性の中心部の周りに、親水性のアミノ基がバランス良く配置されています。

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図2 水面で立体ナノ構造を有するナノシートが形成される様子

HATPをニッケルイオンが含まれる水面に散布すると、HATPは水面に広がり(図2中)、ニッケルイオンを介して次々と連結して、六角形の穴が規則正しくあいたハニカム構造を形成します(図2右)。さらに、中心部のトリフェニレンのπ電子間の相互作用により、水面に対して垂直な方向にも分子が密に積層した、立体ナノ構造が構築されます。また、HATPとニッケルイオンとの相互作用により、電気のもととなる電荷が新たに生じます。π共役系や分子が密に積層した構造は電荷の通り道となり、ナノシートに電気が流れるようになります。

立体ナノ構造の直接観察

立体ナノ構造の形成を調べるために、透過型電子顕微鏡(TEM) 3)を用いてナノシートの構造の直接観察を行いました。約2ナノメートルの正六角形の穴が規則的にあいたハニカム構造の観測に成功し、水面での高度な立体ナノ構造の形成を実証しました(図3)。さらに、走査型原子間力顕微鏡4)により、ナノシートの厚みは約10ナノメートルであることが明らかとなりました。

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図3 透過型電子顕微鏡(TEM)によるハニカム構造の直接観察

高い電気伝導と光透過能

ナノシートの電気を流す電気伝導度の評価を行った結果、同種の分子からなるナノシート(100ナノメートル以下の厚み)の中で最も高い電気伝導度の0.6 S/cm(ジーメンス・パー・センチメートル)を有することがわかりました。また、ナノシートの光透過性の評価を行った結果、可視光領域での光透過度は99%であり、極めて高い光透過能を有することがわかりました。黒鉛、導電性ポリマーなど、多くの導電体は伝導電子の特性上黒に近い色を有し、光透過性が低いことが知られていますが、今回開発したナノシートは、厚さが極めて薄いがゆえに、導電性でありながら高い光透過能を達成することができました。このような光透過性の高い導電材料は、ディスプレイや太陽電池の電極として有用です。

放射光を用いたナノシートの構造評価と高い電気伝導実現の理由

従来のナノシートに比べて高い電気伝導を実現できた理由を探るべく、ナノシートの立体ナノ構造の詳細を調べました。極めて薄いナノシートの評価は通常の測定装置では難しく、精密な構造解析が可能な大型放射光施設SPring-85)BL19B2及びBL46XUで実施しました。X線回折法による構造解析により、想定していたハニカム構造と積層構造からなる立体ナノ構造が証明され、基板に転写された後も、その構造が保持されることが明らかになりました(図4左)。立体ナノ構造は、ナノシート中で一定方向に向きを揃えていることも確認できました(図4右)

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図4 ナノシートの立体ナノ構造の概要図

電荷を人、電荷が流れる経路となるハニカム構造と積層構造を通路とエレベーターに例えます(ハニカム構造が通路、積層構造がエレベーター)。通路が途切れていたり、急な坂になっていたり、エレベーターとの間に大きな穴があいていると、人の移動は困難です(図5左)。通路が平坦でエレベーターと適切に接続されていれば、通路がつながっていない部分が存在しても、人は水平方向、垂直方向にスムースに移動することができます(図5右)。今回得られたナノシートは、後者のように、ハニカム構造と積層構造が向きを揃えて適切に接続されているため、電荷の移動がスムースになり、高い電気伝導につながったと考えられます。

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図5 ナノシートが高い電気伝導度を有する理由を人(電荷)と通路(電荷の移動経路)に例えて説明した図

【社会的意義、今後の予定】

今回作製に成功した多孔性と導電性を兼ね備えたナノシートは、センサや電池の高機能化、小型化を加速することが期待されます。

導電性ナノシートはデバイス構造が簡素な分子センサとして期待されていますが、検体の選択性と感度の向上が課題でした。水面を利用するナノシート作製手法においては、使用する原料の分子を変えることで、細孔の形状やサイズを変化させることが可能です。検体に応じて適した細孔をデザインすることで、検体の選択性が向上し、かつ細孔への検体の取り込みがナノシートの電気伝導性に影響を与えるため、感度の向上も期待されます (図6)

また、今回得られたナノシートは、構造中に存在するナノ細孔のサイズと方向がそろっているため、細孔内への効果的な分子・イオンの取り込み、放出が期待されます。そのため、薄膜電池や薄膜キャパシタなどのエネルギー貯蔵デバイスの電極に応用することで、より高速な充放電や高い充電容量を実現できる可能性があります。

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図6 多孔質で電気を流すナノシートを分子センサに応用する場合の利点

発表雑誌

<雑誌名>

ACS Applied Materials & Interfaces

<論文タイトル>

Uniaxially Oriented Electrically Conductive Metal-organic Framework Nanosheets Assembled at Air/Liquid Interfaces

<著者>

Takashi Ohata, Akihiro Nomoto, Takeshi Watanabe, Ichiro Hirosawa, Tatsuyuki Makita, Jun Takeya and *Rie Makiura

DOI番号>

10.1021/acsami.1c16180

発表者

大畑 考司(大阪府立大学大学院工学研究科 大学院生)

野元 昭宏(大阪府立大学大学院工学研究科 准教授)

渡辺  剛(SPring-8/高輝度光科学研究センター 産業利用・産学連携推進室 主幹研究員)

廣沢 一郎(研究当時:SPring-8/高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 室長)

牧田 龍幸(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 大学院生)

竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)

牧浦 理恵(大阪府立大学大学院工学研究科 准教授)

【研究助成資金等】

本研究の一部は、科学研究費助成事業(科研費)新学術領域「水圏機能材料」(領域代表:加藤隆史、東京大学、教授)(19H05715)、若手研究A16H05968)、挑戦的萌芽研究(16K13610)、基盤研究BJP20H02551)、日本学術振興会 特別研究員(21J13884)、マツダ財団研究助成、増屋記念基礎研究振興財団研究助成からの支援を受けて行われました。

用語解説

注1)多孔質

細孔を有する固体物質を多孔質材料と呼ぶ。細孔サイズは、ナノメートルサイズからミリメートルサイズまでさまざまである。材質にはセラミックス、金属、炭素、有機材料とそれらの複合物など多岐にわたる。細孔の起源も結晶構造自身、分解時の気体発生、微粒子間など多様である。吸着分離、触媒担体、濾過剤、隔膜、断熱充填剤などの用途がある。

注2)π共役系

二つ以上の多重結合が単結合を介して一つおきに連結されている系。π電子の非局在化によって、多重結合はいくらか弱くなるが、単結合上にも弱いπ結合が生じ、系全体は安定化する。ベンゼンはその代表的な例で、二重結合と単結合の区別がなくなる。不対電子や非結合電子対が共役系全体に非局在化しうる。共役系の物質は導電性や光・電子機能性を示すものが多く、新しい材料として応用が期待されている。

注3)透過型電子顕微鏡

電子顕微鏡の一種で、高速電子を薄膜試料に入射し、透過した電子を磁場レンズによって結像させ、拡大像や電子線回折パターンを観察する装置。TEMと略記される。結晶構造の解析や構造欠陥の解析に利用される。高分解能型では、像の分解能は0.1ナノメートルに達し、原子・分子の配列構造が直接観察される。

注4)走査型原子間力顕微鏡

原子レベルに先鋭化した探針を取り付けたカンチレバーを試料表面上に接近させ、探針と試料との間に働く原子間力によるカンチレバーの変位をレーザーで検出し、その力が一定になるように試料を走査して、試料表面上の凹凸や微細構造を観察する装置。原子間力として引力を検出する非接触型と斥力を検出する接触型がある。

注5)大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

関連研究室

竹谷・岡本・渡邉研究室

記事掲載情報

日経産業新聞12/1

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

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