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量子液晶と関係した新しい超伝導状態を発見

投稿日:2021/01/15
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発表のポイント

◆鉄系超伝導体において、量子液晶状態と密接に関係する新しい超伝導状態を発見した。

◆セレン化鉄において元素置換量を系統的に変化させて圧力実験を行った結果、この物質における超伝導が、鉄系で一般的な磁性ではなく、量子液晶状態と密接に関係することを発見した。

◆鉄系超伝導体や銅酸化物超伝導体において高温超伝導が発現する機構を解明する鍵となる。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の向笠清隆大学院生、松浦康平大学院生(研究当時)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、同物性研究所の上床美也教授らは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の熊井玲児教授と共同で、鉄系超伝導体において、量子液晶状態(注1)と密接に関係する新しい超伝導状態を発見しました。量子液晶とは、量子力学的な効果によって物質中に現れる、液晶に類似した電子状態を指します。この新しい超伝導状態は、これまで知られていた磁性と関係した超伝導状態とは異なるものであり、鉄系超伝導体のみならず銅酸化物超伝導体などの高温超伝導について、発現機構を理解する上で重要な手がかりとなります。

本研究成果は2021115日付けで、英国科学誌 Nature Communications にオンライン掲載されました。

本研究は科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]、基盤研究A(研究代表者:上床美也教授)[JP19H00648]等の助成を受けて行われました。

発表内容

研究の背景と経緯

アルミニウムや鉛などの多くの物質で現れる超伝導状態は、バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人が1957年に確立したBCS理論(注2)によって説明されています。BCS理論では2つの電子が結晶格子と相互作用することによって電子対を形成し、それらが対凝縮を起こすことによって超伝導が現れます。しかし、このBCS理論では説明ができない非従来型超伝導と呼ばれる超伝導体も存在しており、近年盛んに研究されています。非従来型超伝導の中には鉄系超伝導体(注3)や銅酸化物超伝導体(注4)などの高い超伝導転移温度を持つ物質が含まれており、さらなる高温超伝導を実現するためにも、非従来型超伝導の発現機構解明は現代の固体物理学の最重要課題の一つとなっています。

非従来型超伝導では、今まで磁性との関係が調べられてきました。特に、反強磁性体において化学組成や圧力を変化させて磁気転移温度を下げることで、ドーム状の超伝導状態が現れること(図1左)が多くの物質群で見られたため、磁気的な機構で電子対が形成される可能性が盛んに議論されています。一方で、近年非常に注目されているのが、量子液晶状態です。量子液晶状態とは、電子が特定の方向に流れやすい状態で、鉄系超伝導体において現れることが明らかになっています。しかしながら、多くの鉄系超伝導体で量子液晶状態が磁性とほぼ同時に現れるため、量子液晶状態と超伝導との関係を調べることは困難でした(図1右)。

研究成果の内容と意義

本研究では、セレン化鉄という鉄系超伝導体に注目し、量子液晶状態と超伝導の関係を調べました。セレン化鉄は、常圧下において量子液晶状態のみが現れ、磁性が現れないという特徴があるため、量子液晶状態と超伝導の関係を議論するうえで最適な物質であると言えます。

まず、セレン化鉄のセレンをテルルで置換し、置換量の変化に伴って量子液晶状態と超伝導がどのように変化するか調べました。電気抵抗率測定とKEKフォトンファクトリーでの放射光X線回折実験を行った結果、置換量を増やしていくと、量子液晶状態は置換量が増えるにしたがって抑制されていき、超伝導転移温度は量子液晶状態が消失する置換量付近で上昇することがわかりました(図2)。

さらに、置換量を系統的に変化させた試料に対して高圧力下で電気抵抗率測定を行い、量子液晶状態と超伝導がどのように変化するのか調べました。セレン化鉄に圧力を印加すると量子液晶状態が抑制されると同時に磁性が現れるため、量子液晶状態と超伝導の関係を理解するためには、圧力下でも磁性が現れない試料において圧力下で電子状態を調べる必要があります。

今回の測定の結果、テルル置換量を増やしていくと、圧力下で現れる磁性が比較的低置換の段階で消失する一方で、量子液晶状態はさらなる高置換領域まで残り続けることが明らかになりました。このことにより、量子液晶状態と超伝導がどのように関係しているのかを明確に理解することが可能になりました。磁性が消失した試料の圧力下での測定結果を見ると、量子液晶状態が消失する圧力点付近において超伝導転移温度が高くなるドーム状の超伝導が現れることがわかりました。この結果は、量子液晶状態と超伝導状態が密接に関係していることを示しています。

本研究によって、セレン化鉄にテルルを置換することによって、磁性ではなく量子液晶状態と密接に関係した超伝導状態が現れることが明らかになりました。量子液晶状態は近年銅酸化物超伝導体においても存在が議論されており、本研究結果は高温超伝導が発現するメカニズムを解明するうえで重要な情報となりえます。また、量子液晶という新しい機構による電子対形成が可能であることは、新たな高温超伝導体の開発に向けた指導原理を与えると期待されます。

発表雑誌

雑誌名:英国科学誌 Nature Communications2021115日付け)

論文タイトル:High-pressure phase diagrams of FeSe1-xTex: Correlation between suppressed nematicity and enhanced superconductivity

著者:K. Mukasa, K. Matsuura, M. Qiu, M. Saito, Y. Sugimura, K. Ishida, M. Otani, Y. Onishi, Y. Mizukami, K. Hashimoto, J. Gouchi, R. Kumai, Y. Uwatoko,

and T. Shibauchi

DOI番号:10.1038/s41467-020-20621-2

発表者

向笠 清隆(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程2年)

松浦 康平(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 大学院生(研究当時))

橋本 顕一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授)

芝内 孝禎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)

上床 美也(東京大学物性研究所 附属物質設計評価施設 教授)

熊井 玲児(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授)

用語解説

(注1)量子液晶状態

物質中の電子の外場に対する応答が、量子力学的な効果により、方向により異なる性質(異方性)を示す状態。古典的な液晶では、棒状や円盤状の高分子がある特定の方向に向きを揃える状態が実現し、ネマティック液晶ディスプレイなどに応用されている。物質中に多数存在する電子がある特定の方向に流れやすいなどの方向性(異方性)を持つ状態を液晶になぞらえて、量子液晶、電子ネマティック、などと呼ぶ。鉄系超伝導体や銅酸化物高温超伝導体の転移温度以上の常伝導状態をはじめ、様々な物質で量子液晶の状態が発見されている。このような状態がなぜ起きるのか、また高温超伝導とどのような関係があるのかは、現在精力的に研究されている。

(注2)BCS理論

バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって1957年に発表された理論で、3人の頭文字をとってBCS理論と呼ばれる。それまでに発見された超伝導体の性質を非常によく説明する。電子と結晶格子の相互作用によって2つの電子の間に引力がはたらき、電子対を形成することによって凝縮状態となり、超伝導が現れる。

(注3)鉄系超伝導体

2008年に東京工業大学の細野秀雄教授(当時)のグループによって発見された超伝導体である。常圧下では銅酸化物超伝導に次いで高い超伝導転移温度を持つ。

(注4)銅酸化物超伝導体

1986年にベドノルツとミュラーによって発見された超伝導体である。この発見によりベドノルツとミュラーは1987年にノーベル物理学賞を受賞している。最高でおよそ150 ケルビン(摂氏マイナス123度)という高い超伝導転移温度を持つため、産業への利用という観点からも研究が盛んである。

添付資料

2045fig1.jpg

1:(左)多くの非従来型超伝導体でみられる電子状態相図。反強磁性が化学組成や圧力などのパラメータを変化させることにより消失する点付近で、超伝導が現れる。

(右)磁性を持たない純粋な量子液晶状態が抑制された点付近で超伝導がどのように変化するのかについてはわかっていなかった。

2045fig2.jpg

2:鉄系超伝導体セレン化鉄のテルル置換量を変化させた際の電子状態の変化を表す。赤丸が超伝導状態へ変化する温度、青丸及び水色三角で量子液晶状態へ変化する温度を表す。右図は縦軸のみを拡大表示したもので、量子液晶状態へ変化する温度が絶対零度に近づく置換量付近において、超伝導転移温度が上昇する振る舞いを見ることができる。

記事掲載情報

日刊工業新聞(1/19)

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東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室

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