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微結晶試料のテラヘルツスペクトルから物質固有のキャリア移動度を評価 ~高移動度有機半導体の探索に活用へ~

投稿日:2019/09/30 更新日:2023/01/05
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発表者

宮本  辰也 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)

貴田  徳明 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)

植村  隆文(東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任講師(現大阪大学 産業科学研究所 特任准教授))

渡邉 峻一郎(東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授
/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)

岡本  敏宏 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)

竹谷  純一 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務
      /物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))

岡本   博 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ ラボチーム長)

 

発表のポイント

◆ 有機半導体の微結晶試料にフェムト秒ポンプ-プローブ分光法(注1)を適用し、光キャリアに由来するテラヘルツ域の光学伝導度スペクトル(注2)を精密に測定した。

◆ 高移動度有機半導体のプロトタイプであるルブレンの微結晶試料の光学伝導度スペクトルを、結晶粒界におけるキャリアの散乱を考慮して解析することにより、単結晶でのキャリア移動度(注3)の予測が可能であることを実証した。

◆ 新たに合成される有機半導体の多くは微結晶試料として得られるため、本手法は高移動度有機半導体の探索に有効に活用できるものと期待される。

 

発表概要

ルブレンと呼ばれる有機分子性結晶を用いた高性能な単結晶電界効果トランジスタ(Field-Effect Transistor: FET)が作製されて以来、高移動度の有機半導体の開発が進められています。有機半導体の性能の指標であるキャリア移動度は、通常、その単結晶試料で作製したFETの伝達特性(注4)から評価されます。しかし、この伝達特性は、FETの品質、特に有機半導体結晶の表面の状態に強く依存します。そのため、その物質に固有の移動度を正確に見積もるには、極めて良質な単結晶FETを作製する必要があります。しかし、新たに合成される有機半導体は、多くの場合粉末状の微結晶として得られます。また、微結晶が得られても、単結晶FETに適したサイズの大きな単結晶を作製することは困難な場合がしばしばあります。そのため、微結晶の状態で移動度を評価できれば、高移動度有機半導体の探索を加速することができると考えられます。

東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本 博教授(兼産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注5)有機デバイス分光チーム ラボチーム長)、宮本 辰也助教(兼産業技術総合研究所産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員)、及び、竹谷 純一教授(兼マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授、産業技術総合研究所産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))らの研究グループは、高移動度有機半導体のプロトタイプであるルブレンの微結晶試料にポンプ―プローブ分光法を適用し、光キャリアに由来するテラヘルツ域の光学伝導度スペクトルを測定しました。 そのスペクトルを結晶粒界でのキャリアの散乱を考慮して解析することにより、単結晶試料で得られる値とほぼ等しい、物質に固有の移動度を評価できることを示しました。 この手法を別の高移動度有機半導体C10-DNTT (2,9-didecyl-dinaphtho[2,3-b:2',3'-f]thieno[3,2-b]thiophene)の微結晶試料にも適用し、その有効性を確認しました。今後、本手法は、良質な単結晶FETが得られない有機半導体において、その物質に固有の移動度の予測に有効に活用できるものと期待されます。

本研究成果は2019年9月30日付けで、米国応用物理学会誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。

 

発表内容

研究の背景・先行研究における問題点
近年、高移動度有機半導体の開発が盛んに行われています。有機半導体の移動度は、通常その単結晶を用いたFETの伝達特性から評価しますが、新たに合成される試料は多くの場合粉末状の微結晶です。微結晶からなる薄膜を用いたFETの伝達特性は結晶粒界における散乱の影響を受けるため、それから見積もられる移動度の値は単結晶FETでの値と比較して大幅に小さくなります。微結晶試料を使って物質に固有の移動度を評価できれば、高移動度有機半導体の物質探索を加速できると考えられます。

研究内容
微結晶試料から物質に固有の移動度を評価するために、本研究グループは、光キャリアの移動度を反映するテラヘルツ領域の光学伝導度スペクトルに注目しました。 具体的には、高移動度有機半導体のプロトタイプであるルブレン(図1(a))の微結晶試料に光ポンプ-テラヘルツプローブ分光(図1(b))を適用することによって、光キャリア(正のキャリアであるホール)に由来する光学伝導度スペクトルを測定しました。 単結晶試料の場合には、自由に運動するキャリアに特有のスペクトルが得られます(図1(c)左)。これをドルーデモデル(注6)を用いて解析すると、単結晶FETの伝達特性から評価されている移動度と同様な高い移動度の値(29 cm2/Vs)が得られました。 一方、微結晶試料の場合は、キャリアは結晶粒界における散乱の影響を受けるため、単結晶試料の場合とはスペクトルが大きく異なります(図1(c)右)。 このスペクトルを、散乱の寄与を取り入れたドルーデ・スミスモデル(注6)を用いて解析することにより、単結晶試料で得られた上記の値と同様に高い移動度の値(24 cm2/Vs)が得られました。 更にこの手法の有効性を検証するために、ルブレンと並んで高移動度有機半導体として知られているC10-DNTT(図2(a))の微結晶試料において同様な測定と解析を行いました(図2(b))。 その結果、やはり、良質な単結晶FETの伝達特性から得られている値と近い移動度(17 cm2/Vs)が見積もられました。また、微結晶試料における解析結果を用いると、物質に固有の移動度だけでなく、結晶粒界における散乱の影響を含んだ見かけ上の移動度も求めることができます。後者の値は、微結晶薄膜のFETで評価された移動度と同等の値となりました。以上から、本手法を用いれば、単結晶FETと微結晶薄膜FETの両者で測定される移動度の値を予測できると考えられます。

社会的意義・今後の予定
今後、本手法をさまざまな有機半導体の微結晶試料に適用し、高移動度の有機半導体の探索に利用する予定です。また、本手法は、有機半導体以外の試料の移動度の評価にも適用できると期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Applied Physics Letters」(2019年9月30日付け)

論文タイトル: Evaluating intrinsic mobility from transient terahertz conductivity spectra of microcrystal samples of organic molecular semiconductors

著者:H. Yada, H. Sekine, T. Miyamoto, T. Terashige, R. Uchida, T. Otaki, F. Maruike, N. Kida, T. Uemura, S. Watanabe, T. Okamoto, J. Takeya, and H. Okamoto

DOI番号:10.1063/1.5118262

 

用語解説

(注1)フェムト秒ポンプ-プローブ分光法
強いポンプ光を照射したときに生じる物質の状態変化を、別の弱いプローブ光に対する光学定数の変化よって検出する方法を、ポンプ-プローブ分光法という。 ポンプ光とプローブ光が物質に到達するまでの時間差を制御することによって、物質の状態変化を高い時間分解能で測定することができる。通常、数10フェムト秒から数100フェムト秒(1フェムト秒 = 10-15秒)の時間幅を持つフェムト秒パルスが利用されている。本研究では、可視域のフェムト秒パルス光を照射して光キャリアを生成させ、その応答を、テラヘルツ域の電磁波パルス(テラヘルツパルス)をプローブとして検出している。テラヘルツパルスをプローブに使えば、光学伝導度の実部と虚部の両者の変化を測定することができる。

(注2)光学伝導度スペクトル
電磁波を照射した場合の電流の流れやすさを示す量。静電場を印加した場合の電流の流れやすさを示す量である電気伝導度を、電磁波の周波数領域に拡張したものが光学伝導度である。その実部は、電磁波の吸収の大きさを表す量と考えることができる。キャリアに由来する光学伝導度は、テラヘルツ域にその伝導機構に依存した形状のスペクトルを示す。

(注3)キャリア移動度
固体中のキャリア(通常の半導体の場合は電子またはホール)の動きやすさを示す量。半導体およびその電子デバイスの性能を表す指標となる。

(注4)FETの伝達特性
FETにおいて、ゲート電圧に対するソース・ドレイン間に流れる電流の特性。移動度に比例して傾きが大きくなる。

(注5)産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ
平成28年6月1日、東大柏キャンパス内に設置した産総研と東大の研究拠点。相互のシーズ技術を合わせ、産学官ネットワークの構築による「橋渡し」につながる目的基礎研究の強化や、先端オペランド計測技術を活用した生体機能性材料、新素材、革新デバイスなどの産業化・実用化のための研究開発を行っている。

(注6)ドルーデモデルとドルーデ・スミスモデル
電場に対する自由キャリアの挙動を表すモデルがドルーデモデルである。ドルーデ・スミスモデルは、ドルーデモデルに外的な後方散乱の寄与を取り入れたモデルである。後方散乱の寄与が大きいほど、見かけ上の移動度が小さくなる。

 

添付資料

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図1 :
(a) ルブレンの分子構造。
(b) 光ポンプ-テラヘルツプローブ分光の概念図。
(c) ルブレンの光キャリアに由来する光学伝導度の実部のスペクトル(赤丸:可視パルス光照射後5ピコ秒後の測定値)。左図は単結晶試料、右図は微結晶試料の結果であり、挿入図は測定した試料の写真である。青色の破線は解析結果であり、左図の単結晶ではドルーデモデルを、右図の微結晶ではドルーデ・スミスモデルを用いている。これらの解析から、移動度が見積もられる。

(Figure 1(c) is reproduced with permission from Appl. Phys. Lett. (2019) doi: 10.1063/1.5118262. Copyright 2019 AIP Publishing LLC.)

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図2:
(a) C10-DNTTの分子構造。
(b) C10-DNTT微結晶の光キャリアに由来する光学伝導度スペクトル(可視パルス光照射後10ピコ秒後の結果)。挿入図は測定した試料の写真である。破線はドルーデ・スミスモデルによる解析結果であり、この解析から移動度が見積もられる。

(Figure 2(b) is reproduced with permission from Appl. Phys. Lett. (2019) doi: 10.1063/1.5118262. Copyright 2019 AIP Publishing LLC.)