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「タダ同然」の高性能有機半導体からRFID用集積回路を開発 ―IoT社会に必須の超安価なフィルム電子デバイスを大量供給可能に―

投稿日:2019/01/30 更新日:2023/02/06
  • 記者発表

 

発表者

竹谷  純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授
      /マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務
      /パイクリスタル株式会社 CTO)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授)
佐々木 真理(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教)
山村  祥史(東京大学大学院新領域創成化学研究科物質系専攻 博士課程学生)
伊藤  陽介(パイクリスタル株式会社 代表取締役)

発表のポイント

◆ナノスケールの厚さしかない極薄高性能有機半導体単結晶膜から、RFIDタグ(注1)などに必要な低消費電力の補償型集積回路を作製することに、世界で初めて成功しました。
◆極薄なので、材料利用効率が極めて高いうえ、大面積の単結晶膜を自己組織化によって簡単に形成できるため、面積当たりのコストはシリコンの1000分の1程度となり、基板フィルムなどの他の材料と比べて、半導体の値段はタダ同然と言えるほど安価です。
◆RFIDタグやトリリオンセンサ(注2)など、IoT社会に必須の超安価なフィルムデバイスの大量供給に道を拓くことが期待されます。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、パイクリスタル株式会社の共同研究グループは、タダ同然の高性能有機半導体からRFID用集積回路を開発しました。  
 RFIDタグやトリリオンセンサなど、IoT社会の発展には、個体識別やセンサシグナルをデジタル処理して、無線伝送する、超安価なデバイスの大量供給が必要とされます。この点で、現状のシリコン半導体回路の同一品種量産化によるアプローチに対する限界が指摘される中、多品種少量生産も可能な新規半導体材料による安価な集積回路の実現が期待されていました。
 今回、本研究グループは、分子2層分程度の厚さしかない極薄有機半導体単結晶膜から、低消費電力の補償型集積回路を作製する技術を開発しました。特に、RFIDなどに必須の個体認識シグナルを形成するデジタル回路を1 cm2程度の大きさのフィルム上に構成しました。このシステムは、6ビットカウンターなどを含む1,000トランジスタ程度から成り、32ビット即ち40億個のIDを識別します。
 有機半導体単結晶膜の厚さが、電子が伝導する厚さと同等であるため、材料利用効率が極めて高いうえ、ウェーハスケールの単結晶膜を自己組織化によって簡単に形成できるため、面積当たりのコストはシリコンの1000分の1程度となり、基板フィルムなどの他の材料と比べても、タダ同然の半導体と言えます。
 本研究成果は、東京ビッグサイトにおいて、2019年1月30日から2月1日まで開催されるJ-FLEXで実デバイスの展示とともに発表され、同年3月第66回応用物理学会春季学術講演会でも講演が予定されています。

発表内容

[背景]
 そもそも、有機半導体は、シリコンなどの無機半導体と比べて、有機トランジスタ(注3)などの電子素子に加工する工程が容易であるため、低コスト化に有利であるとされてきました。その一方で、これまで、「人工的に合成し、高純度化した半導体材料が本当に安くなるのか」、あるいは「実際に集積回路化できる技術の見通しはあるのか」という点に関しては、不明確でした。実際、材料利用効率が悪い真空プロセスを用いて製膜される、照明やテレビに利用される有機発光材料についても、低コスト化が求められていました。
 電流の流れを制御するトランジスタ素子では、溶媒に溶かしたインクを基板に塗布する方法でも素子を作製できるのですが、その場合には、塗布する過程で有機半導体の分子をいかに無駄なく、電子伝導層として利用できるかが重要となります。その点で、スピンコートのようにまわりに溶液が飛び散ってしまう方法は適切ではありません。また、製膜した有機半導体材料の化学的純度と構造上の純度(結晶性)に優れ、高性能の半導体トランジスタ特性を示す必要があります。
 
 [手法]
 本研究グループは、2018年7月18日、分子2層分程度の厚さしかない極薄単結晶膜をウェーハスケールの大きさに成長して、移動度(注4)15 cm2/Vs以上の高性能のp型有機半導体トランジスタを実現しました(J. Takeya, et al., Science Advances 2018 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180203-2/index.html)。今回、同様の方法で、移動度が3 cm2/Vs程度のn型単結晶有機半導体トランジスタを作製して、積層構造によって集積化する技術を確立しました。同グループが開発した「連続エッジキャスト」法は、溶液を供給するブレードがスキャンされる部位のみに、単結晶有機半導体膜を形成できるため、インク中の有機半導体分子のほとんどが基板の必要個所に結晶膜となって現れます。加えて、単結晶膜の厚さは電子伝導層と同程度のナノスケールであるため、材料の利用効率は、極めて高いことになります。有機半導体材料の優れた安定性についても、確認されているため、安定動作が求められる回路用半導体材料として好適と言えます。
 
[成果]
 今回、厚さ16マイクロメートルのフレキシブル基板常に有機半導体回路を印刷手法を用いて集積化することに成功しました(図1)。RFIDタグに用いられる回路の心臓部は、IDを与えるデータを読みだして、連続したデジタルシグナルとし、無線電波を変調して情報を送れる状態にするカウンター回路です。今回、極薄有機半導体単結晶膜によって、1,000個レベルのp型及びn型トランジスタを集積化して(図2)、6ビットのカウンターとして動作させることに成功しました(図3)。これにより、232個程度の個体を識別するためのID情報を自動認識する回路が超安価に得られることを示しました(図4)。
 
 [今後の展望]
 今後は、多数個体の同時認識に対応する回路などにも適用されるよう、集積回路の規模を1桁程度向上します。また、有機半導体以外の基板材料やプロセス材料の検討により、全チップコストを下げることを計画しています。今回の成果により、魅力の大きいIoT社会を実現する取り組みを進められることが期待できます(図5)。

 

 

図1 左)厚さ16マイクロメートルのフレキシブル基板上に作製された有機集積回路。
右)IDの読み出しを行う6ビットカウンター

図2 実際に製造された有機集積回路の光学顕微鏡写真。スケールバーは0.5 mm。

図3 左)設計した6ビットカウンターの動作原理。実際に計測されたROM(read only memory)の読み出しの結果。

図4 設計した回路図。6bit同期カウンターは約500個の有機トランジスタから構成される。ROMは約400個の有機トランジスタから構成される。

図5 左)高集積度と共に印刷プロセスによる大量生産も可能になる。右)40億個のIDが識別できるようになり、同一アイテムでも個別管理が可能となる。

用語解説

(注1)RFIDタグ:
個別識別コード情報を電波を用いた無線通信によってやりとりするタグ。Suicaなどの交通カードもRFIDタグの一種。

(注2)トリリオンセンサ:
毎年1兆個(=トリリオン)のセンサを活用し、社会に莫大なネットワークを構築し、社会問題の解決を目指す構想。

(注3)有機トランジスタ:
有機半導体を用いたトランジスタ。ゲート電圧をかけるとソース電極から注入された電荷(ホールまたは電子)が有機半導体とゲート絶縁体の界面に蓄積され、ソース電極からドレイン電極へ電流が流れるようになる。トランジスタはデジタル論理演算回路や信号増幅回路における最も基本的な素子の一つである。

(注4)移動度:
電場により電荷が移動する際の、移動しやすさを示す量。IoTデバイスの動作には移動度10 cm2V-1s-1が望まれる。