記者発表

有機半導体によるUHF帯整流ダイオードの開発 ――GHz駆動を可能にする有機エレクトロニクスの新展開――

投稿日:2025/09/20
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東京大学
物質・材料研究機構
岡山大学
科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

◆印刷プロセスで製膜可能な有機半導体を用い、無線電力の整流を担うダイオードを実現。

◆錯体カチオン単分子層と電子を局所的に導入する新手法により、電極の仕事関数を1 eV以上劇的に変化させたことが鍵。

◆有機エレクトロニクス素子として初めて920 MHzUHF帯)での実用的な動作を実証。

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開発されたUHF帯で動作する高効率な有機ダイオード

全文PDF

概要

東京大学、物質・材料研究機構(NIMS)、岡山大学、ジョージア工科大学、コロラド大学ボルダー校からなる国際共同研究グループは、有機半導体(注1)を用いた整流ダイオード(注2)において、920 MHzの交流電力を直流電力に実用的な効率(約5%)で変換することに、世界で初めて成功しました。この周波数はUHF帯(注3)に分類され、IoT(注4)向けの無線通信への応用が期待されています。優れた整流ダイオードの実現には、錯体カチオン単分子層と電子を局所的に導入する新手法が鍵となりました。本研究は、インク状の材料から低コストな印刷プロセス(注5)によって作製できる有機エレクトロニクス素子が、GHz領域でも動作可能であることを示し、新たなパラダイムの開拓につながります。

本研究成果は、国際科学雑誌「Science Advances2025919日版に掲載されました。

発表内容

有機半導体は、インクジェットなどの低コストな印刷プロセスにより、フレキシブルなセンサーや電子回路、太陽電池などの光・電子デバイスを製造できる次世代のエレクトロニクス材料として注目されています。どこにでも貼り付けて機能するIoT素子を実現するには、無線によって情報や電力をやり取りする機能が不可欠です。しかし、数メートル程度の通信距離を可能にするには920 MHzといったUHF帯での通信が必要となり、有機半導体素子ではこれまで動作速度が十分ではありませんでした。この課題に対して、研究グループは有機整流ダイオードの性能を飛躍的に向上させ、920 MHzにおいてこれまでの報告と比べて1000倍以上高い電力変換効率を実現しました。これは、有機エレクトロニクス素子として初めてGHz領域で実用的に動作することを示した成果です。

本研究では、還元性を持つ二量体錯体(注6)を電極表面に作用させる手法を採用しました(図1a)。この錯体が電子を供給することで、電極表面に電子が注入され、逆符号の電荷を持つ錯体カチオン分子が、単分子膜の厚さで自己組織的に吸着します。このように処理した下部電極の上に有機半導体インクをコーティングし、さらに上部電極を重ねるというシンプルな工程で、有機整流ダイオードを作製しました(図1b)。完成したダイオードは、電圧の方向によって流れる電流値が1000倍以上異なり、一方向にのみ電流を流しやすい整流特性を示しました。また、下部電極から有機半導体への電子注入が非常にスムーズであるため、2 Vという低電圧で100 A/cm²の高い電流密度を実現しています(図1c)。

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図1. 開発した手法とダイオードの特性

(a)二量体錯体による電極表面の還元反応を用いた表面処理。(b)作製された素子の構造。(c)電流電圧特性。(d)表面処理された電極の光電効果測定結果。(e)素子のエネルギーダイヤグラム。(f)920 MHz入力電圧の整流動作測定結果。

このような優れた注入特性は、表面処理(下部電極の表面への電子の導入と錯体カチオンの吸着)によって、電極の仕事関数が大きく変化したことに起因しています。光電効果(注7)による測定では、金薄膜の仕事関数が4.8 eVから3.7 eVへと大きく低下していることが確認されました(図1d)。この値は、反応性の高いマグネシウムに匹敵します。さらに、今回開発した処理によって得られる低い仕事関数は、大気中にさらした後でも安定して維持されており、デバイス応用に適していることが明らかになりました。

この下部電極からは、有機半導体のLUMO(注8)に対して効率よく電子が注入されます(図1e)。一方で、上部電極からの電子注入には高い障壁があるため、電流は主に一方向に流れやすくなっています。このような構造により、ダイオードは920 MHzという高周波においても安定に動作し、交流電圧を直流電圧に変換することに成功しました(図1f)。さらに、精密な半波整流(注9)の測定により、5.2%という高い電力変換効率が得られました。これは、同じ周波数帯でこれまで報告されていた有機ダイオードの値に比べて1000倍以上の性能向上であり、有機エレクトロニクス素子として初めてGHz領域での実用的動作を達成したと言えます。整流機能は、無線通信素子が電波から電力を取り出して動作するために不可欠な技術であり、今後のIoT応用に大きく貢献すると期待されます。

発表者・研究者等情報                                        

東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
 刑部 永祥 博士課程(研究当時)
 渡邉 峻一郎 准教授(研究当時)
   現:理化学研究所 創発分子エレクトロニクス研究チーム チームディレクター
 竹谷 純一 教授
  兼:物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター 招聘研究員

物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
 山下 侑 主任研究員
  兼:東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授

岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域
 藤森 和博 准教授

論文情報                                          

雑誌名: Science Advances
題 名: Polymeric microwave rectifiers enabled by monolayer-thick ionized donors
著者名: Nobutaka Osakabe, Jeongeun Her, Takahiro Kaneta, Akiko Tajima, Elena Longhi, Kan Tang, Kazuhiro Fujimori, Stephen Barlow, Seth R. Marder, Shun Watanabe, Jun Takeya∗, Yu Yamashita*
DOI: 10.1126/sciadv.adv9952
URL: https://doi.org/10.1126/sciadv.adv9952

研究助成

本研究の日本における取り組みは、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST研究領域「未踏探索空間における革新的物質の開発(課題番号:JPMJCR21O3)」ならびに日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(課題番号:22H0216022H04959)の一環として行われました。

用語解説

(注1)有機半導体:
軽くて柔らかい有機分子でできた半導体材料。溶液にするとインク状態にできるため、インクジェットなどの印刷技術を使って、安価に薄膜を作ることができる。

(注2)整流ダイオード:
電流を一方向に流す働きを持つ電子素子「ダイオード」の一種で、交流(AC)を直流(DC)に変換するのに使われる。特に、高周波の電流にも反応できる高速な動作や、無駄になる電力を減らす高い効率が求められる。

(注3)UHF帯:
Ultra-High Frequency(極超短波)」の略で、920 MHzなどの高い周波数帯のこと。この帯域で動作する無線機器は、数メートル以上の通信が可能である。このため、ほぼ接触させることで通信させる電子カードに用いる10 MHz程度の周波数帯とは異なる用途が期待されている。

(注4)IoT:
Internet of Things(モノのインターネット)」の略。様々なモノがインターネットに接続され、情報をやりとりすることで、便利さの向上や人手の削減が実現する。

(注5)印刷プロセス:
材料をインク状にして、インクジェットや塗布といった方法で基板に薄膜を作る技術。大きな面積でも簡単に製膜でき、有機半導体などを低コストで製造する手段として注目されている。

(注6)二量体錯体:
金属原子と有機分子が組み合わさった「錯体」と呼ばれる分子が、2つ結びついた構造を持つ材料。今回使われた二量体錯体は、他の物質を還元しつつ自らが2つの錯体カチオン(カチオンとはプラスの電荷を持つイオン、陽イオンのこと)に分かれる性質を持つ。

(注7)光電効果:
物質に光を当てると、光のエネルギーが十分に高い場合に電子が飛び出す現象。金属電極でこの効果を測定することで、電子がどこまでのエネルギー状態を占めているか(仕事関数)を知ることができる。

(注8)LUMO:
分子内で電子が存在できるエネルギー準位のうち、まだ電子が入っていない中で最も低い軌道のこと。有機半導体で電子を流すには、このLUMOに電子を注入する必要がある。なお、電子が入っている中で最も高い軌道はHOMOと呼ばれる。

(注9)半波整流:
交流電圧のうち、正のピークだけを取り出して直流電圧に変える方式。ダイオードが一方向にしか電流を流さない性質を利用して、波の「半分」だけを使うため「半波整流」と呼ばれる。

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