記者発表

同期状態によらず振動子のネットワーク推定が可能に ――データを捨てて精度を向上――

投稿日:2025/09/12
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東京大学

発表のポイント

◆脳や心臓の細胞のように、一定のリズムで動くもの(振動子)が多数集まったとき、それらのつながり(ネットワーク)を観測データから推定する新手法を開発しました。

◆これまで、振動子のリズムがそろっていると推定が難しいとされてきましたが、データの多くをあえて捨てるという意外なアプローチによって、ネットワーク推定を可能にしました。

◆開発手法は、生命システムなどで見られるリズム現象を、ネットワークの観点から理解するための新たな分析手段として活用されることが期待されます。

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振動子の観測データから振動子同士のつながり(ネットワーク)を推定

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発表内容

東京大学の松木彩星大学院生(研究当時、現:アブドゥス・サラム国際理論物理学センター博士研究員)、郡 宏教授、小林亮太准教授らの研究グループは、脳や心臓の細胞などで見られる、一定のリズムで動く複数の要素(振動子、注1)が互いにどのようなつながりを持つかを推定する新手法を開発しました。

生物の体内時計や心臓など、振動子の集団が相互作用を通じてリズムをそろえる「同期」現象はさまざまなところで観測されます。振動子間の相互作用の向きや強さを表すネットワークは、同期を生み出すために重要な役割を果たしています。そのため、それぞれの振動子を観測して得られたデータからネットワークを推定することは、同期のメカニズムを理解したり同期を制御したりするうえで欠かせません。しかし、振動子同士のリズムがきれいにそろってしまうと、どの振動子がどの振動子に影響を与えているのかといった相互作用の影響がデータに現れにくく、推定に必要な情報を抽出しにくいという課題がありました(図1)。

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図1:振動子のリズムがそろうと相互作用に関する手がかりが少なくなり、つながりを推定しにくい

本研究では、データの多くをあえて捨てるという一見逆説的なアプローチにより、リズムがそろっている状況でも精度良くネットワークを推定することに成功しました。開発した手法では、推定するパラメータを適切に削減する工夫を行なっています。その工夫の鍵となるのが、位相縮約理論(注2)に基づいて導かれる「サークルマップ」です。サークルマップは、振動子が一周期の間にどのように状態変化するかを記述した方程式であり、広いクラスの振動システムを包括的に、しかも簡潔かつ正確に記述できるという利点を持っています。本研究では、このサークルマップを用いることで、一周期あたり一時刻のデータだけを活用し、残りを捨てるという大胆な戦略を採用しました。その結果、従来は困難とされてきた同期状態においても精度良くネットワークを推定できることを示しました。

今回、これまで困難とされてきた同期状態にある振動システムのネットワーク推定を可能にする新たな手法を開発しました。この手法は、生物の体内時計や神経活動など、リズムを持つ多様な現象をネットワークの視点から理解・制御する研究の発展に貢献することが期待されています。

発表者・研究者等情報                                        

東京大学
 大学院情報理工学系研究科
  松木 彩星 博士課程/日本学術振興会特別研究員(研究当時)
  現:アブドゥス・サラム国際理論物理学センター(ICTP) Postdoctoral fellow
  兼:北海道大学先端生命科学研究院 招へい教員

 大学院新領域創成科学研究科
   郡 宏 教授
  小林 亮太 准教授

論文情報                                          

雑誌名:PLoS Complex Systems
題 名:Network inference applicable to both synchronous and desynchronous systems from oscillatory signals
著者名:Akari Matsuki*, Hiroshi Kori, and Ryota Kobayashi*
DOI: 10.1371/journal.pcsy.0000063
URL: https://doi.org/10.1371/journal.pcsy.0000063

研究助成

本研究は、科研費「同期・非同期によらず高精度な振動子系の結合推定(課題番号:JP24K20853)」、「ファージ投与が細菌集団に与える影響に関する理論解析(課題番号:JP23K19987)」、「振動子ネットワークの機能的構造の解明(課題番号:JP21K12056)」、「全スペクトル太陽光型LEDによる生体リズム発振の強化に関する研究(課題番号:JP22K18384)」、「睡眠覚醒障害の基盤となる霊長類の神経調節機構の同定(課題番号:JP23K27487)」、「ソーシャルメディアにおける将来のトレンドを予測する時系列モデルの開発(課題番号:JP18K11560)」、「大規模SNS上の話題の構造化による集合行動解析手法(課題番号:JP21H03559)」、「最先端のデータサイエンスで切り拓く『富岳』時代のリアルタイム豪雨・洪水予測(課題番号:JP21H04571)」、「ソーシャルメディアのモニタリングを強化するためのグラフ時系列モデルの構築(課題番号:JP22H03695、JP23K24950)」、AMED-CREST「腸内細菌と老化細胞のクロストークが引き起こす加齢に伴う恒常性破綻機構の解明とその制御(課題番号:JP23gm1710004h0002)」、AMED「光学的膜電位計測を応用した神経ネットワーク解析技術の開発(課題番号:JP21wm0525004)」、「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター)(課題番号:JP223fa627001)」、JST FOREST「メゾスコピック世論から探る人々の意見ダイナミクス(課題番号:JPMJFR232O)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)振動子
自発的に周期的なリズムを刻むシステム。体内時計を司る時計細胞や明滅する蛍などが振動子の例。振動子の集団は相互作用によってリズムをそろえることがある。

(注2)位相縮約理論
振動現象を扱うための数学的な理論で、振動子の状態を「位相」という1次元の量で表現し、その状態変化を数式により記述する。実世界には多種多様な振動現象が存在するが、位相縮約理論はこれらの振動現象に対する統一的で簡潔な表現を与え、さまざまな理論的な解析を可能にする。

  

関連研究室

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