「横型トムソン効果」の観測に世界で初めて成功 ートムソン効果発見から170年 新原理により次世代熱マネジメント技術の創出へー
- ヘッドライン
- 記者発表
NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
NIMSは、名古屋大学・東京大学との共同研究により、金属や半導体に熱流、電流、磁場を互いに直交する方向に印加すると吸熱や発熱が発生する現象「横型トムソン効果」を観測することに世界で初めて成功しました。本研究により、熱・電気・磁気変換現象に関する物理および物質・材料科学のさらなる発展や、新たな熱マネジメント技術の創出が期待されます。この研究成果は、6月26日にNature Physics誌に掲載されました。
研究成果の概要
■従来の課題
熱力学や電磁気学の開拓者の1人であるウィリアム・トムソンの名を冠するトムソン効果は、ゼーベック効果とペルチェ効果と並ぶ基本的な熱電効果の一つであり、金属や半導体に熱流と電流を同じ方向に流した際に吸熱または発熱が発生する現象です(図1a-c)。これらの現象は、熱流(または温度勾配)と電流が平行であるため"縦型"熱電効果と呼ばれます。一方、ネルンスト効果やエッチングスハウゼン効果と呼ばれる熱流と電流が直交した方向に変換される"横型"熱電効果が、シンプルな素子構造で動作する熱マネジメント原理として近年注目を集めています(図1d, e)。現在も世界中で縦型および横型熱電効果に関する物質・材料研究やデバイス開発が進められていますが、現象自体の発見は1800年代にまでさかのぼります(図1a-e)。しかし、トムソン効果の"横型版"の現象は、その存在は示唆されていたものの、これまで実験的に観測されたことがありませんでした。
■成果のポイント
今回、当研究チームは、熱流、電流、磁場を互いに直交する方向に印加した際に、ビスマス-アンチモン合金において従来の熱電効果では説明できない吸発熱信号を観測しました。この吸熱・発熱は磁場方向の反転によって切り替え可能であり、横型トムソン効果から期待される振る舞いと一致しました(図1f)。横型トムソン効果はネルンスト効果とエッチングスハウゼン効果が同時に発現することによって生じ、従来のトムソン効果とは本質的に異なる現象です。
図1 縦型・横型熱電効果の模式図
■将来展望
本研究は、実験的に未開拓であった熱電変換現象を世界で初めて観測したものであり、熱電分野の歴史に新たな一歩を刻むものです。今後の研究により大きな横型トムソン効果を示す物質が発見されれば、材料や素子全体に発生する吸発熱を磁場方向で能動的に制御できる新技術に繋がる可能性があります。
■その他
- 本研究は、名古屋大学大学院工学研究科機械システム工学専攻の髙萩敦大学院生(兼 NIMS研修生)が博士課程研究の一環として進めたものであり、NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センターの内田健一上席グループリーダー(兼 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)、平井孝昌主任研究員、Sang Jun Park(サン ジュン パク)NIMSポスドク研究員、名古屋大学大学院工学研究科機械システム工学専攻の長野方星教授、Alasli Abdulkareem(アルアスリ アブドゥルカリーム)特任講師との共同研究によって得られました。
- 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(研究総括:内田健一、課題番号:JPMJER2201)、JSPS 科学研究費助成事業 基盤研究(S) (22H04965)、基盤研究(B) (19H02585)、特別研究員奨励費 (23KJ1122)の支援の下で行われました。
- 本研究成果は、2025年6月26日にNature Physics誌にオンライン掲載されました。
研究の背景
熱電効果は固体中で熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換できる現象の総称であり、環境発電技術[1]や電子冷却技術[2]の動作原理となります。これらの技術は主に、温度差に比例した電圧が生じるゼーベック効果や、電流に比例した吸熱・発熱(温度変化)が生じるペルチェ効果によって機能します。トムソン効果は、温度差を付けた金属や半導体に電流を流した際に、熱流と電流の両方に比例した吸熱もしくは発熱が生じる現象です。トムソン効果はゼーベック効果およびペルチェ効果と密接に関わっており、トムソン効果によって生じる吸発熱の大きさ・符号は、ゼーベック係数[3]の温度微分によって決まることが知られています。これら3種の基本的な熱電変換現象は、熱流と電流は互いに平行な方向に流れるため、"縦型"熱電効果に分類されます(図1a-c)。
熱流と電流の相互作用に磁場や磁性を取り入れることで、新たな物理原理や機能性の創出を目指す学問が、21 世紀に入ってから急速に進展しています。磁場を印加した金属・半導体や磁化を持つ磁性体においては、ゼーベック効果・ペルチェ効果・トムソン効果に加えて多彩な熱電効果が発現します。特に、熱流と磁場(または磁化)の両方に垂直な方向に電流が発生するネルンスト効果、および電流と磁場(磁化)の両方に垂直な方向に熱流が発生するエッチングスハウゼン効果に関する研究が盛んに行われてきました。これらの現象は熱流と電流がそれぞれ直交する方向に変換される"横型"熱電効果に分類され(図1d, e)、興味深い発現機構を有することに加えて、ゼーベック効果やペルチェ効果に基づく熱電素子よりもはるかに簡便な構造で動作する発電・冷却素子を構築可能であることから、近年大きな注目を集めています。しかし、金属や半導体に熱流、電流、磁場を互いに直交する方向に印加した際に吸熱や発熱が発生する現象「横型トムソン効果」を実験的に観測した例はなく、その基礎・応用研究ともに手付かずのまま残されていました。NIMS はこれまでの研究により、ロックインサーモグラフィ法[4]と呼ばれる動的熱計測技術を用いて、従来のトムソン効果およびその磁場・磁化依存性を精密にイメージング計測する手法を確立していました。今回、この手法を活用し、未開拓である横型トムソン効果の観測を目指した研究を行いました。
研究内容と成果
NIMS・名古屋大学・東京大学の研究グループは、横型トムソン効果によって生成された温度変化を直接観測することに成功しました。熱電効果に関する現象論によると、横型トムソン効果は熱流、電流、磁場を互いに直交する方向に印加した際に発生することが予想されるため、本研究ではまず、試料に均一な温度勾配を付けながら、ロックインサーモグラフィ法により電流に応答した温度変化信号を磁場下で精密に測定できる実験系を構築しました。図2aに示したように温度勾配(熱流)、電流、磁場方向は互いに直交しています。室温で大きなネルンスト効果やエッチングスハウゼン効果が生じることが知られているビスマス-アンチモン合金を試料として用いて、ロックインサーモグラフィ測定を行いました。このセットアップにおいて、横型トムソン効果に由来する温度変化信号は試料全体に生じることが期待されます(図1f)。
横型トムソン効果の存在を実証するためには、同効果に由来する温度変化と、その他の熱電効果やジュール熱などによる信号とを分離しなければなりません。従来のサーモグラフィ法ではこれらの信号の重ね合わせを測定してしまいますが、ロックインサーモグラフィ法では、周期的に変化する電流を試料に印加しながら赤外線カメラを用いて表面の温度分布を測定し、フーリエ解析によって電流と同じ周波数で時間変化する温度変化だけを選択的にロックイン熱画像として抽出することで、ジュール熱を分離し、熱電効果に由来する信号のみを可視化することができます。横型トムソン効果に由来する温度変化信号は磁場反転によって符号を変えることが期待されるため、正の磁場を印加しながら測定したロックイン熱画像から負の磁場を印加しながら測定した画像を減算することで、磁場に依存しない熱電効果(ペルチェ効果)の寄与を分離することができます。さらに、同一のセットアップにおいて温度勾配を付けた場合と付けない場合のロックイン熱画像を取得し、これらの差分を取ることで、試料端に生じるエッチングスハウゼン効果に由来する信号を分離しました。
以上の測定・解析を行った結果、ジュール熱・ペルチェ効果・エッチングスハウゼン効果を分離してなお、図2bに示すように試料中心に明瞭な吸発熱信号が観測されました。仮に横型トムソン効果が発現しないとすると、図2b左側の振幅値は試料中心でゼロ、右側の位相値は特定の値に収束せずランダムになるはずであり、実験結果は明らかに熱流、電流、磁場を互いに直交する方向に印加した際に現れる温度変化があることを示しています。この信号の電流依存性、温度勾配依存性、磁場依存性を系統的に測定した結果、いずれの振る舞いも横型トムソン効果から期待される温度変化信号の特徴と一致しました。
実験に加えて現象論的な解析も行った結果、横型トムソン効果はネルンスト効果とエッチングスハウゼン効果が同時に発現することによって生じる現象であり、従来のトムソン効果による吸発熱の大きさ・符号はゼーベック係数の温度微分のみによって決定されるのに対して、横型トムソン効果による吸発熱の大きさ・符号はネルンスト係数[5]の温度微分のみならずネルンスト係数の大きさにも依存するという本質的な違いを明らかにしました。実験的に観測された横型トムソン効果による吸発熱生成の振る舞いは数値シミュレーションによって明瞭に再現され、同効果の観測を裏付けるとともに、より大きな温度変化を誘起するための材料設計指針を得ることができました。
図2 横型トムソン測定装置および測定結果
今後の展開
本研究は、実験的に未開拓であった横型熱電変換現象を世界で初めて観測したものであり、熱電分野の歴史上、非常に重要な成果です。生成された吸熱・発熱は磁場方向の反転によって切り替え可能であること、物質によっては磁場強度によっても温度変化の符号が変わること(図2b)など、横型トムソン効果は従来の熱電効果とは異なる温度変調機能を有します。今後の研究により大きな横型トムソン効果を示す物質が発見されれば、能動的に熱エネルギーを制御できる新技術に繋がる可能性があります。今回確立した計測・解析技術と材料設計指針を駆使して、横型トムソン効果のための物質探索と機能開拓を進めていきます。
掲載論文
題目: Observation of the transverse Thomson effect
著者: Atsushi Takahagi, Takamasa Hirai, Abdulkareem Alasli, Sang Jun Park, Hosei Nagano, and Ken-ichi Uchida
雑誌:Nature Physics
DOI:10.1038/s41567-025-02936-3
掲載日時:2025年6月26日
用語解説
[1] 環境発電技術: 廃熱、体温、太陽光、室内光、振動、電磁波など、身の回りにあるわずかなエネルギーを電力に変換する技術の総称であり、エネルギーハーベスティング技術とも呼ばれます。IoT や小型IT 機器の自立型電源としての応用が期待されています。ゼーベック効果を利用した発電素子は、スマートウォッチや暖房用ファンなどの電源として実用化されています。最近ではネルンスト効果を用いた熱流センサーの開発なども進められています。
[2] 電子冷却技術: 熱電効果(主にペルチェ効果)を利用した冷却技術の総称であり、身近なものでは小型冷蔵庫やネッククーラー、実験用温度制御素子などに応用されています。製品化には至っていませんが、トムソン効果やエッチングスハウゼン効果による温度制御も電子冷却技術に分類されます。
[3] ゼーベック係数: 金属や半導体に与えた温度勾配(温度差)と生成された電場(電圧)の比であり、ゼーベック効果による熱電発電性能の指標となります。
[4] ロックインサーモグラフィ法: サーモグラフィ法の一種であり、主に集積回路の動作・欠陥解析用途に利用されている技術です。ロックインサーモグラフィ法では、周期的に変化する電流を試料に印加しながら赤外線カメラを用いて表面の温度分布を測定し、電流と同じ周波数で時間変化する温度変化だけを選択的に抽出することで高感度な熱イメージングを実現しています。近年では、スピントロニクスや熱電変換の基礎研究にも利用されています。
[5] ネルンスト係数: 磁場下の金属や半導体または磁化を持つ磁性体に与えた温度勾配と、それと直交する方向に生成された電場の比であり、ネルンスト効果による熱電発電性能の指標となります。