記者発表

宇宙線で物体内部を見るミュオグラフィの精度を向上 ――2台同時観測で気象・太陽活動による揺らぎをリアルタイム補正――

投稿日:2026/11/04
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東京大学
産業技術総合研究所
Khalifa University of Science and Technology
UCLouvain

発表のポイント

◆2台のミュオンテレスコープを同時に用いることで、従来法で約20%生じていた密度推定の相対誤差を大幅に低減し、基準密度と整合する測定を実現しました。
◆気象や太陽活動などによるミュオン強度の時間変動を、外部データや原因別の補正モデルに頼らず、2台の同時計測値の比からリアルタイムに補正する手法を実証しました。
◆本手法は、火山・地下構造物・鉱山・CO₂地中貯留など、長期的な密度変化を追跡するミュオグラフィ観測の信頼性向上への応用が期待されます。

横並びに配置した2台のミュオンテレスコープによるリアルタイム補正

参照テレスコープで宇宙線ミュオン強度の時間変動を捉えながら、メインテレスコープで試料を透過したミュオンを同時に測定することで、密度推定の精度向上を図る。

全文PDF

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科のハミッド バシリ研究員(研究当時/現:ルーヴァン・カトリック大学)、松島潤教授、同大学地震研究所の田中宏幸教授、産業技術総合研究所の児玉匡史研究員、カリファ大学のモハメド アリ教授、ルーヴァン・カトリック大学のアンドレア ジャンマンコ博士らの国際共同研究グループは、宇宙線ミュオン(注1)を利用して物体内部の密度を調べる吸収型ミュオグラフィ(注2)において、2台のテレスコープを同時に用いるリアルタイム正規化法(注3)を実証しました。従来法では、基準観測と対象物の観測を異なる時刻に行います。そのため、その間に気象や太陽活動などの影響でミュオン強度が変動すると、それが密度推定の誤差につながることがあります。本研究では、対象物を見るメインテレスコープと空を見る参照テレスコープを同時運用し、両者の計数率の比から共通する変動を補正しました。その結果、従来法で約20%生じていた相対誤差を大幅に低減し、基準密度と整合する測定を実現しました。将来的には、火山、地下構造物、鉱山、CO₂地中貯留などの長期監視への応用が期待されます。 

発表内容

ミュオグラフィ長期観測における時間変動の課題

宇宙線ミュオンは高い透過力を持ち、物質を通過したミュオンの減少量から、通過経路に沿った平均密度を推定できます。ミュオグラフィは、火山、鉱山、土木構造物、原子炉、CO₂地中貯留などへの応用が進められています。一方、地表に到達するミュオン数は大気圧、成層圏温度、太陽・地磁気活動などによって時間的に変動します。従来の吸収型ミュオグラフィでは、open-sky(注4)の基準観測と対象物の観測を異なる時刻に行うため、この変動が密度変化と誤認される可能性があり、特にtime-lapse観測(注5)では、密度推定の基準となるミュオン強度の時間的な安定性が課題でした。

2台の同時観測で共通する変動をリアルタイム補正

本研究では、標準的な実験配置として、プラスチックシンチレータ・光電子増倍管(PMT)型ミュオン検出器(注6)を2台横並びに配置して同時に運用し、1台で対象物を通過したミュオン、もう1台で空から直接到達するミュオンを計測しました。両者の計数率の比をリアルタイムで求めることで、気象や太陽活動などに由来する共通モード変動(注7)を、その原因を個別に特定することなく補正しました。

従来法の約20%の相対誤差を大幅に低減

20 cm厚のアルミニウムと10 cm厚のステンレス鋼を用いた試験では、2テレスコープ方式による推定密度はそれぞれ2.71±0.27 g/cm³、7.48±0.61 g/cm³となり、各試料の基準密度と統計的不確かさの範囲内で一致しました(図1)。一方、従来の単一テレスコープ方式では+18.95%、−22.82%の相対誤差が生じました。また、2台を上下に配置した追加試験では、横並び配置と比べて2台の計数率の比の時間的なばらつきが7.6%から3.3%に低下し、より安定した補正が可能であることを確認しました(図2)。本手法は、物体の密度から観測されるミュオン数を予測する計算モデルとは独立して適用でき、将来的には火山・地熱、地下空洞、トンネル、鉱山、土木構造物、CO₂地中貯留の測定・監視・検証(MMV)(注8)など、長期的な変化を追跡する用途への展開が期待されます。

 

図1:横並びに配置した2台のミュオンテレスコープを用いて得られた、アルミニウムおよびステンレス鋼ブロックの測定密度と基準密度との比較

2台のミュオンテレスコープを用いた場合、2つの試料の測定結果は統計的不確かさの範囲内で基準密度と一致した。一方、1台のミュオンテレスコープを用いた場合の相対誤差は、それぞれ+18.95%および−22.82%であった。網掛け部分は測定の不確かさを示す。

 

 

図2:2台のミュオンテレスコープを上下に配置した追加試験の概念図

参照テレスコープとメインテレスコープを同一の鉛直方向に配置することで、両者が共通して受ける宇宙線ミュオン強度の時間変動をより安定して捉えられるかを検証した。この配置では、横並び配置と比べて2台の計数率の比の時間的なばらつきが7.6%から3.3%に低下した。

 

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院新領域創成科学研究科
  ハミッド バシリ研究員(研究当時)
   現:ルーヴァン・カトリック大学
  松島 潤 教授
 地震研究所
  田中 宏幸 教授

産業技術総合研究所
 児玉 匡史 研究員

カリファ大学
 モハメド アリ教授

ルーヴァン・カトリック大学
 アンドレア ジャンマンコ博士

論文情報

雑誌名:Communications Physics(Nature Portfolio)
題 名:Real-time dual-telescope normalization for improved density estimation in absorption muography
著者名:Hamid Basiri*, Jun Matsushima, Masashi Kodama, Toshiyuki Yokota, Mohammed Y. Ali, Fateh Bouchaala, Ahmed Eleslambouly, Hiroyuki K. M. Tanaka, Eduardo Cortina Gil, Andrea Giammanco
DOI: 10.1038/s42005-026-02921-z
URL: https://www.nature.com/articles/s42005-026-02921-z

研究助成

本研究は、東京大学のMohammed bin Salman Center for Future Science and Technology for Saudi Arabia-Japan Vision 2030(MbSC2030)および東京大学地震研究所(課題番号:ERI JURP 2024-H-03)の支援を受けて実施されました。Andrea Giammanco氏は、Fonds de la Recherche Scientifique - FNRS(課題番号:T.0129.25)から研究助成を受けました。 

用語解説

(注1)宇宙線ミュオン:宇宙から飛来する高エネルギー粒子が大気中の原子核と衝突することで生成され、地表まで到達する素粒子。高い透過力を持ち、岩石や大型構造物の内部を通過できる。

(注2)吸収型ミュオグラフィ:対象物を通過したミュオンの数が、通過した物質の量(密度×経路長)に応じて減少することを利用し、内部の平均密度や密度分布を推定する非破壊イメージング技術。

(注3)リアルタイム正規化法(dual-telescope normalization):対象物を測るメインテレスコープと、空からのミュオンを基準として測る参照テレスコープを同時に運用し、両者の比から時間的なミュオン強度変動をリアルタイムに補正する方法。

(注4)open-sky:測定対象物による遮蔽を受けず、空から直接到達するミュオンを観測する条件。ミュオグラフィでは透過率の基準となる。

(注5)time-lapse観測:同じ対象を時間を置いて繰り返し観測し、内部状態の時間変化を追跡する観測方法。

(注6)プラスチックシンチレータ・光電子増倍管(PMT)型ミュオン検出器:ミュオンなどの荷電粒子が通過すると光を発するプラスチック材料と、その微弱な光を電気信号に変換・増幅する装置。本研究では3層の検出器を組み合わせて通過ミュオンを選別した。

(注7)共通モード変動:複数のテレスコープにほぼ同時に共通して現れる変動。本研究では、大気・太陽活動などによるミュオン強度変動を2台のテレスコープの比を用いて打ち消す。

(注8)MMV(Measurement, Monitoring and Verification):CO₂地中貯留などにおいて、貯留されたCO₂の挙動や安全性を測定・監視し、計画どおり貯留されていることを検証する一連の活動。

関連研究室

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