海洋細菌SAR11の「unknome」を読み解く――機能未知遺伝子に潜む、海洋での生存と繁栄の手がかり――
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東京大学
発表のポイント
◆海洋に非常に多く存在する細菌系統SAR11の「機能が知られていない遺伝子群」から、海洋での生存や繁栄に関わる機能の手がかりを新たに見いだしました。
◆ゲノム上で隣り合う遺伝子の情報とAlphaFoldで予測したタンパク質の立体構造情報を組み合わせることで、配列類似性に基づく従来の手法では機能が予測できなかった遺伝子群について、機能を推定しました。
◆本研究のアプローチは、さまざまな環境微生物に適用可能であり、将来的には新たな生物機能の解明や、遺伝子資源の発掘につながることが期待されます。

SAR11の機能未知遺伝子群の機能推定
遺伝子の並び方とタンパク質の予測立体構造を組み合わせることで、栄養物質の取り込みやウイルス防御に関わる機能未知遺伝子群の候補機能を推定しました。
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の西野聡大学院生、富永賢人特任研究員、吉澤晋准教授、西村祐貴助教、同大学大気海洋研究所の濱崎恒二教授と、理化学研究所開拓研究所の大前公保研究員、立教大学理学部生命理学科の出口鉄平ポストドクトラルフェローによる研究グループは、海洋に非常に多く存在する細菌系統SAR11(注1)の機能未知遺伝子(注2)群を体系的に解析し、栄養物質の取り込みやウイルス防御(注3)に関わると推定される遺伝子を見いだしました。この結果は、機能未知遺伝子の集合である「unknome(アンノーム)」が、SAR11の海洋での繁栄を理解するための重要な手がかりを含むことを示唆しています。
本研究では、ゲノム中の遺伝子の並び方に関する情報と、タンパク質の立体構造を予測するAIシステム「AlphaFold」による予測を組み合わせて、SAR11がもつ遺伝子の機能を探りました。これにより、従来の配列類似性検索だけでは機能の手がかりが得られなかった遺伝子群について、その役割を推定しました。本研究で用いたアプローチを他の環境微生物にも適用することで、これまで機能が分かっていなかった遺伝子の機能解明や、将来、研究や産業への利用が期待される新たな遺伝子の発見につながる可能性があります。
発表内容
ゲノム解読技術の進展により遺伝子情報が急速に蓄積しています。しかし、新たに見つかる遺伝子の中には、これまでに機能が明らかになっている遺伝子と配列が似ていないため、機能を推定できないものが数多く存在します。このような機能未知遺伝子の集合は「unknome」(アンノーム)と呼ばれています。蓄積した遺伝子情報を生物学的な知見や遺伝子資源として活用するためには、unknomeに含まれる遺伝子の機能を明らかにすることが重要な課題となっています。
そこで本研究では、海洋微生物細胞の約25%を占める最優占系統であるSAR11に着目し、バイオインフォマティクス解析(注4)を用いて、unknomeに含まれる遺伝子の機能を予測しました。これにより、遺伝子機能の観点から、SAR11の海洋での繁栄を支える仕組みに迫りました。
SAR11とその近縁系統を含む321のゲノムを解析した結果、約56%の遺伝子がunknomeに分類されました。そこで、SAR11系統内で広く維持されている108個の機能未知遺伝子群について、周辺遺伝子の並び順の情報とAlphaFoldによる予測タンパク質構造を活用した遺伝子機能予測を行いました。その結果、57個の機能未知遺伝子群について、機能を推定する手がかりを得ることに成功しました。
これらの遺伝子群には、化合物の取り込みに関与するタンパク質をコードすると予想されるものが複数存在していました。栄養の乏しい海洋環境では、限られた化合物を効率よく取り込むことが生存に直結します。そのため、これらの機能未知遺伝子群がSAR11の海洋への適応や優占に寄与していると推測されます。
SAR11は貧栄養な海洋環境へ適応する進化の過程でゲノムが縮小しており、ウイルス防御機構などの補助的な遺伝子をほとんど持たないと考えられてきました。しかし、機能未知遺伝子群には、ウイルス防御に関連すると予想される遺伝子群が複数存在しました。この結果は、ゲノムが縮小したSAR11においてもウイルス防御に関わる遺伝子の保持に利点があることを示唆しています。
その一方で、メタゲノム(注5)から再構築されたゲノム(MAG、注6)では、培養株由来のゲノムや単一細胞由来のゲノム(SAG、注7)と比較して、ウイルス防御機構の検出率が低いことが明らかになりました。この原因として、MAGを構築する際に、ウイルス防御機構を含む特定のゲノム領域が再構築されにくい可能性が考えられます。このことは、従来のMAGに基づく解析ではウイルス防御機構の存在が過小評価されてきたことを示唆しています。
本研究により、SAR11のunknomeには、栄養物質の獲得やウイルス防御など、海洋で生き残り、繁栄するために重要な遺伝子群が存在する可能性が示されました。本成果は、SAR11を含む海洋細菌がどのように生き残り、生態系や物質循環に関わっているのかを理解するための基盤になると考えられます。
今後は、本研究で用いたアプローチをSAR11以外の環境微生物にも適用することで、これまで見過ごされてきた生物機能の解明や、新たな遺伝子資源の発見につながることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
西野 聡 博士課程/日本学術振興会特別研究員
富永 賢人 特任研究員/日本学術振興会特別研究員-PD
吉澤 晋 准教授
兼:同大学大気海洋研究所
西村 祐貴 助教
大気海洋研究所
濱崎 恒二 教授
兼:同大学大学院農学生命科学研究科/同大学大学院新領域創成科学研究科
理化学研究所 開拓研究所
大前 公保 研究員
立教大学 理学部生命理学科
出口 鉄平 ポストドクトラルフェロー
論文情報
雑誌名:mSystems
題 名:Functional unknomics of the SAR11 clade reveals hidden genetic potential underlying adaptation to bottom-up and top-down pressures
著者名:Satoshi Nishino, Kento Tominaga, Kimiho Omae, Teppei Deguchi, Koji Hamasaki, Susumu Yoshizawa, Yuki Nishimura*
DOI: 10.1128/msystems.01026-26
URL: https://doi.org/10.1128/msystems.01026-26
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業「GXを駆動する微生物・植物「相互作用育種」の基盤構築(課題番号: JPMJGX23B2)」、科研費「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(課題番号:JP22H04925)」、「大規模海洋メタゲノムデータを活用した海洋細菌の新規還元力生成遺伝子の発見(課題番号:JP24KJ0979)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)SAR11
海洋に広く分布し、海水中で最も多く存在する細菌系統。1990年に北大西洋のサルガッソ海(Sargasso sea)で発見された経緯からSAR11と呼ばれている。
(注2)機能未知遺伝子
その存在や配列は分かっているものの、生物の中でどのような働きをするのかが明らかになっていない遺伝子。
(注3)ウイルス防御
ウイルスの感染や増殖を防ぐために持つ仕組み。細菌では、侵入したウイルスの遺伝物質を分解するなど、さまざまな防御機構が知られている。
(注4)バイオインフォマティクス解析
コンピューターを用いて、DNAや遺伝子、タンパク質などの大量の生命科学データを解析し、その特徴や関係性を調べる手法。
(注5)メタゲノム
環境中に存在する多くの微生物からDNAをまとめて取り出し、その遺伝情報を解析する手法、またはその解析で得られる遺伝情報の総体を指す。培養が難しい微生物についても調べられる点が特徴である。
(注6)MAG
環境中のさまざまな微生物が含まれる試料から抽出されたDNA配列をコンピュータ上で再構築した個々の微生物のゲノムのこと。Metagenome-Assembled Genomeの略。
(注7)SAG
環境中から1つの微生物細胞を取り出し、そのDNAを増幅して再構築したゲノムのこと。Single-Amplified Genomeの略。

