記者発表

分子骨格を高速・立体的に可視化する低温原子間力顕微鏡システムを開発――従来比60倍以上の高速撮像と凹凸表面での分子観察を実現――

投稿日:2026/07/24
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東京大学

発表のポイント

◆原子間力顕微鏡による分子骨格の撮像において、従来比60倍以上の世界最高速を達成しました。
◆シリコン製カンチレバーをマイナス269℃で動作させる顕微鏡を開発しました。
◆測定時間を数十分から数秒へ劇的に短縮し、リアルタイムでの化学反応追跡への貢献が期待されます。

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分子膜の高低差に追従する新世代の顕微鏡

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概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の杉本宜昭教授と安井勇気助教は、原子間力顕微鏡(注1)による分子骨格(分子を形づくる共有結合の並び)の撮像速度を従来比60倍以上へと大幅に向上させ、世界最高速となる秒速200ナノメートル(nm10億分の1メートル)での観察に成功しました。
本研究では、シリコン製カンチレバー(注2)をマイナス269℃の低温下で高感度に動作させる低温原子間力顕微鏡システムを開発しました。これにより、従来より課題となっていた測定時間の長さや平坦な表面に限られるという制約を克服し、探針(試料表面をなぞる非常に細い針)と分子との距離を自動制御しながら、凸凹のある3次元的な形状に沿って試料表面を高速に走査することに成功しました。
本研究成果は、表面上で進行する化学反応や分子の拡散現象など、時間とともに変化するナノスケール現象を追跡する観察技術として、また、複雑な立体分子構造を精密に調べる基盤技術となることが期待されます。
本成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に2026723日付で公開されました。また、掲載論文の数パーセントのみが選ばれる「Editors’ Suggestion」に選出されました。

発表内容

原子間力顕微鏡において、探針の先端に一酸化炭素(CO)分子を取付け、有機分子の化学結合を直接可視化する技術は、ナノスケール解析の主要な手法となっています。しかし、従来広く用いられてきた水晶振動子型の測定システムでは、鮮明な画像を得るために必要な信号強度を確保するには、探針の移動速度を秒速0.33ナノメートル程度まで落とす必要がありました。そのため、化学構造の画像をわずか1枚撮像するだけでも約30分もの長い時間を要し、測定時間の長さが大きな課題となっていました。さらに、従来の測定法は、探針の高さを一定に保って走査する「定高さモード」(注3)に依存していたため、安全に測定するには試料表面が完全に平坦であることが求められました。そのため、立体的な構造を持つ複雑な分子や原子レベルの段差が存在する表面では、探針が試料に衝突して損傷を与えるリスクがあり、測定自体が困難でした。 

本研究チームは、これらの課題を解決するため、超高真空かつ液体ヘリウム温度(マイナス269℃)という極限環境下で安定して動作する、独自のレーザー干渉方式(注4)原子間力顕微鏡システムを開発しました。本システムは、微細加工されたシリコン製カンチレバーをセンサーに採用し、その振動をレーザーの干渉によって精密に検出します。これにより、従来のシステムよりも高感度な測定が可能になり、分子イメージングにおいて2つの成果が得られました。
第一に、従来の「定高さモード」における超高速イメージングを実現しました。従来比60倍以上となる「秒速200ナノメートル」の高速スキャンにおいても、分子の芳香環構造(ベンゼン環のような環状の化学構造)を同定することに成功しました(図1)。 

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1:分子骨格像取得の世界最高速記録

第二に、凹凸のある表面にも適用可能な「トポグラフモード」(注5)において、分子骨格を直接可視化することに成功しました。新開発の顕微鏡の高い感度を活かした独自のアプローチを採用することで、分子を壊すことなく、立体的な凹凸や原子レベルの段差に沿って探針を自動で上下に追従させながら、その化学構造を描き出すことに世界で初めて成功しました(図2)。

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2:トポグラフモードでの立体形状追従
縦縞状の起伏に乗った分子を捉えている。

新たに開発した顕微鏡システムにより、これまでの分子骨格の撮像で課題となっていた「低速」「定高さ」という二つの制約を克服しました。1枚あたりの測定時間が数秒単位へと短縮できるため、表面上で進行する化学反応や分子の拡散現象のダイナミクスを、リアルタイムの「動画」のように追跡・観察する道が拓かれました。
本研究成果は、次世代の有機エレクトロニクス材料の創出やナノデバイス開発など、最先端の微細ものづくり分野への波及効果が期待されます。この新開発の顕微鏡システムは、これまで観測が困難だった未知のナノスケール現象を解き明かす手段として、科学技術の発展を切り拓く基盤技術となることが期待されます。 

〇関連情報:
「プレスリリース①小惑星リュウグウから予想外の巨大有機分子を発見」(2026/04/14
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/0029633.html

「プレスリリース②ダイヤモンド表面の個々の原子の可視化に成功」(2025/01/08
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11373.html

発表者・研究者等情報                                        

東京大学大学院新領域創成科学研究科
 杉本 宜昭 教授
    安井 勇気 助教

論文情報                                          

雑誌名:Physical Review Letters
題 名:Breaking the speed limit of chemical-structure imaging with enhanced force sensitivity
著者名:Yuuki Yasui and Yoshiaki Sugimoto
DOI: doi.org/10.1103/y4xr-dvwt
URL: https://doi.org/10.1103/y4xr-dvwt

研究助成

本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP24H01175)」、「若手研究(課題番号:JP25K17933)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP25K22215)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP26K01386)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP26H01330)」、科学技術振興機構「創発的研究支援事業(課題番号:MJFR203J)」、精密測定技術振興財団、岩谷直治記念財団、日本板硝子材料工学助成会の支援により実施されました。

用語解説

(注1)原子間力顕微鏡
先の尖った細い針(探針)で物質の表面をなぞり、探針と原子の間に働くごくわずかな力を検出してナノレベルの形状を画像化する顕微鏡。探針の先端に一酸化炭素分子を付着させることで、分子内部の化学結合まで直接観察することができる。

(注2)シリコン製カンチレバー
原子間力顕微鏡で用いられる、シリコン製の微細な「板バネ」。水晶振動子ベースのセンサーに比べてバネ定数が小さく、高い共振周波数を持つため、力をより感度よく測定できる。

(注3)定高さモード
探針を一定の高さ保った状態で試料表面を走査する測定方法。試料の凸凹に追従する制御を行わないため、表面に突起や段差があると探針がそれらを破壊してしまい、立体的なサンプルへ適用できない。

(注4)レーザー干渉方式
カンチレバーの背面にレーザー光を当て、反射した光と基準となる光を重ね合わせることで、光の波が強め合ったり打ち消し合ったりする現象(干渉)を利用してカンチレバーの位置を読み取る手法。長さを「光の明暗の変化」に変換するため、原子の大きさにも満たない、約100ピコメートル(pm1兆分の1メートル)という精度で変位を測定できる。

(注5)トポグラフモード
探針が試料表面の立体的な凹凸形状(トポグラフィー)に追従するように走査する測定方法。

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