記者発表

小細胞肺がんと肺腺がんに対する自己抗体パネルを同定――診断・予後との関連および液性免疫応答の特徴を解明――

投稿日:2026/07/01
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東京大学

発表のポイント

◆ バイオバンク・ジャパンの肺がん患者の血清を用いた網羅的タンパク質アレイ解析により、小細胞肺がんおよび肺腺がんに対する腫瘍関連自己抗体パネルを同定しました。
◆ 腫瘍関連自己抗体パネルは、現在、医療に応用されている腫瘍マーカーより優れた診断性能を示し、更に一部の患者において臨床診断前から自己抗体陽性が確認されました。
◆ 本研究で実施した日本人集団を対象とした自己抗体の包括的解析により、高感度の肺がんの早期診断マーカーにつながり、肺がんの診断および腫瘍免疫機構の理解に新たな知見を提供することが期待されます。

 

自己抗体パネルの診断性能

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概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻の刘 朝琦大学院生(研究当時)、松田浩一教授、谷川千津准教授、鷺谷洋司特任研究員、鎌谷洋一郎教授、同研究科附属生命データサイエンスセンターの鈴木穣教授、金井昭教特任准教授、同大学医科学研究所シークエンス技術開発分野の鶴裕美特任研究員、岡本有加特任研究員、同研究所バイオバンク・ジャパン(注1)の森崎隆幸客員教授、同大学大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻の岡田随象教授、国立研究開発法人産業技術総合研究所の五島直樹研究チーム長(研究当時)、福田枝里子主任研究員らの研究グループは、包括的ウェットプロテインアレイ(CWPA、注2)を用いた網羅的解析により、小細胞肺がんおよび肺腺がんに対する腫瘍関連自己抗体(Tumor-Associated AutoantibodiesTAAb、注3)パネル(複数の自己抗体の組み合わせ)を同定しました。
本研究では、12,946種類のヒトタンパク質を搭載したプロテインアレイを用いて、候補となる腫瘍関連自己抗体を網羅的に探索し、その後、二段階のELISA(注4)検証を実施しました。その結果、小細胞肺がんに対して6種類、肺腺がんに対して4種類の自己抗体を同定し、既存の腫瘍マーカーを上回る診断性能を示しました。
さらに、自己抗体の陽性反応は、HLAクラスIIアミノ酸多型(注5)や血中抗原タンパク質濃度と関連することが認められ、肺がんにおける液性免疫応答(注6)との関与が示唆されました。また、自己抗体の陽性反応は、年齢、病期、予後とも関連していました。加えて、一部の診断前血清サンプルでは、臨床診断前から自己抗体応答が確認されました。
本研究成果は、日本人集団における肺がんサブタイプ(小細胞肺がんや肺腺がんなど)に特異的な自己抗体の包括的解析として、肺がんの診断および腫瘍免疫機構の理解に新たな知見を提供することが期待されます。 

発表内容

〈研究の背景〉
肺がんは世界的に死亡数が最も多いがん種の一つであり、特に小細胞肺がんは進行が速く予後不良であることが知られています。一方、肺がんの中で最も頻度が高い肺腺がんは、いずれのサブタイプにおいても早期診断が予後改善に重要です。
現在、肺がんのスクリーニングには低線量CT検査(注7)が用いられていますが、偽陽性や医療コストなどの課題が指摘されています。そのため、低侵襲(体への負担が少ない)かつ高精度な血液バイオマーカーの開発が求められています。
腫瘍関連自己抗体は、がん細胞に対する液性免疫応答を反映する自己抗体として注目されています。しかし、これまで報告されている肺がん関連自己抗体パネルでは診断感度が十分ではなく、また肺がんサブタイプごとの免疫学的特徴についても十分に明らかになっていませんでした。
そこで本研究グループは、CWPAを用いた網羅的解析により、小細胞肺がんおよび肺腺がんなどの肺がんサブタイプに特異的な自己抗体の同定を試みました。 

〈研究の内容〉
本研究では、12,946種類のヒトタンパク質を搭載したCWPAを用いて、肺がん患者血清中の自己抗体を網羅的に解析しました。スクリーニング段階では、小細胞肺がん、肺腺がん、健常者に加え、複数の他のがん種の血清も解析対象とし、肺がんに特徴的な自己抗体候補を探索しました。
その後、自己抗体候補について二段階のELISA検証を実施し、小細胞肺がんに対して6種類、肺腺がんに対して4種類の自己抗体を同定しました。これらを組み合わせた診断モデルは、いずれもAUC(注8)が0.8を超える高い診断性能を示し、小細胞肺がんではProGRP(注9)、肺腺がんではCEA(注10)を上回る結果が得られました(図1)。また、既存の腫瘍マーカーと自己抗体パネルを組み合わせることで、診断性能はさらに向上しました。

 

 

 

1:自己抗体パネルの診断性能

a)小細胞肺がんと肺線維症の識別における、自己抗体パネル、ProGRP、および両者を組み合わせたモデルのROC解析結果。
b)肺腺がんと肺線維症の識別における、自己抗体パネル、CEA、および両者を組み合わせたモデルのROC解析結果。 

さらに、自己抗体産生の背景機構についても解析を行いました。その結果、一部の自己抗体では、その自己抗体が反応する抗原タンパク質の高発現や遺伝子変異との関連が認められました。また、HLAクラスIIアミノ酸多型との有意な関連も確認され、個人ごとの免疫応答の違いが自己抗体産生に影響する可能性が示されました。
加えて、自己抗体の陽性反応は小細胞肺がんにおいて予後不良と関連していました(図2ab)。一方、肺腺がん進行期群では自己抗体陽性群で有意に良好な予後が認められました(図2cd)。これらの結果から、自己抗体応答の臨床的意義は、肺がんサブタイプや病期によって異なる可能性が示されました。

 

2 自己抗体陽性と予後との関連

ab)小細胞肺がん患者における自己抗体陽性群と陰性群の全生存期間の比較、および年齢、病期、喫煙歴を調整した多変量 Cox 比例ハザード回帰解析結果。
cd)肺腺がん進行期群における自己抗体陽性群と陰性群の全生存期間の比較、および年齢と喫煙歴を調整した多変量 Cox 比例ハザード回帰解析結果。 

さらに、診断前に採取された血清サンプルを用いた縦断解析では、一部の患者において臨床診断前から自己抗体を介した免疫反応が確認されました(図3)。これらの結果は、自己抗体が肺がん発症過程に伴う免疫応答を反映している可能性を示しています。

 

3 診断前血清における自己抗体陽性率

小細胞肺がん(a)および肺腺がん(b)における、診断前各時点での自己抗体陽性患者割合を示す。横軸は診断までの期間(月)を表す。 

〈今後の展望〉
本研究により、小細胞肺がんおよび肺腺がんなどの肺がんサブタイプに特異的な自己抗体パネルが同定され、肺がんにおける液性免疫応答の特徴が明らかになりました。
自己抗体は血液中で比較的安定に存在し、低侵襲に測定可能であることから、将来的には肺がん診断を補助する血液バイオマーカーとしての応用が期待されます。また、本研究で示されたHLA多型との関連は、腫瘍免疫応答の個人差を理解する上でも重要な知見になると考えられます。
一方で、本研究は日本人集団を中心とした解析であり、今後は他集団や他のがん種を含めたさらなる検証が必要です。加えて、自己抗体応答の分子機構や臨床応用可能性について、さらなる研究が期待されます。 

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院新領域創成科学研究科
  メディカル情報生命専攻
   松田 浩一 教授
    兼:医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター シークエンス技術開発分野 特任教授
   鎌谷 洋一郎 教授
   谷川 千津 准教授
   鷺谷 洋司 特任研究員
   刘 朝琦 研究当時:博士課程(現:特任研究員) 

  附属生命データサイエンスセンター
   鈴木 穣 教授
   金井 昭教 特任准教授 

 医科学研究所
  附属ヒトゲノム解析センター シークエンス技術開発分野
   鶴 裕美 特任研究員
   岡本 有加 特任研究員

  バイオバンク・ジャパン
   森崎 隆幸 客員教授
    兼:大学院新領域創成科学研究科 特任教授 

 大学院医学系研究科 分子細胞生物学
  岡田 随象 教授
   兼:理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームディレクター 

国立研究開発法人産業技術総合研究所
 五島 直樹 研究チーム長(研究当時)
 福田 枝里子 主任研究員 

論文情報

雑誌名:British Journal of Cancer
題 名:Circulating tumor-associated autoantibody signatures for diagnosis and prognosis in small-cell lung cancer and lung adenocarcinoma625日付掲載)
著者名:Chaoqi Liu, Eriko Fukuda, Yoji Sagiya, Hiromi Tsuru, Yuka Okamoto, Takayuki Morisaki, Yoichiro Kamatani, Yukinori Okada, Yutaka Suzuki, Akinori Kanai, the BioBank Japan Project, Naoki Goshima, Chizu Tanikawa*, Koichi Matsuda*
DOI: 10.1038/s41416-026-03504-z
URL: https://doi.org/10.1038/s41416-026-03504-z 

研究助成

本研究は、東京大学、産業技術総合研究所、理化学研究所などが共同で実施し、日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業(がん患者血清を用いた自己抗体プロファイリングによる診断マーカーの探索)、AMED ゲノム研究バイオバンク事業(利活用を目的とした日本疾患バイオバンクの運営・管理)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(B)(ゲノム医療を目指した網羅的coding variant解析による機能的多型の同定)、AMEDゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(TOPMED panelを用いた高密度Imputationによる、バイオバンク・ジャパン18万症例のphenotype横断的解析)、AMED先進的研究開発戦略センター(SCARDA)ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(大規模疾患コホート・アカデミア連携を基盤とするオミックス解析・サーベイランス体制の整備による新興感染症重症化リスク因子の探索)、AMEDゲノム研究を創薬等出口に繋げる研究開発プログラム(大規模ゲノムデータと検体バンクを用いた骨髄系腫瘍とクローン性造血の病態解明と新規診断・治療技術の創出)、AMEDムーンショット型研究開発事業(慢性炎症の制御によるがん発症ゼロ社会の実現)の一環として行われました。 

用語解説

(注1)バイオバンク・ジャパン
日本全国の約27万人の患者の試料・臨床情報を保管している世界最大規模の疾患バイオバンク。「オーダーメイド医療の実現プログラム」を通じて構築され、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へ提供している。2003年から東京大学医科学研究所内に設置されている。 

(注2) 包括的ウェットプロテインアレイ(CWPA
プロテインアレイとは、ガラス基板やプレートなどの上に多数のヒトタンパク質を固定化したもの。包括的ウェットプロテインアレイ(CWPA)は、多数のタンパク質を乾燥させずに並べ、血清中の抗体との反応を網羅的に解析する技術。本研究で用いたCWPAでは、タンパク質をウェット状態で保持することで本来の立体構造や抗原性を維持できるため、自己抗体との結合をより高感度に検出できる。血清をアレイ上で反応させることで、どのタンパク質に対する自己抗体が存在するかを同時に解析できる。 

(注3) 腫瘍関連自己抗体(Tumor-Associated AutoantibodiesTAAb
がん細胞で異常に発現したタンパク質(腫瘍関連抗原:TAA)に対して、生体の免疫系が産生する自己抗体。TAAが血液中や腫瘍周囲に放出されると、免疫細胞がそれを認識し、B細胞が抗体を産生する。TAAbは血液中で比較的安定に存在するため、がん診断のための血液バイオマーカーとして利用できる可能性がある。 

(注4 ELISA
Enzyme-Linked Immunosorbent Assay(酵素免疫測定法)の略。抗原と抗体が特異的に結合する性質を利用し、血液中に存在する抗体やタンパク質を測定する手法。抗原を固定したプレートに血清を加え、結合した抗体を酵素反応による発色で検出することで、抗体量を定量的に評価できる。 

(注5 HLAクラスIIアミノ酸多型
HLAHuman Leukocyte Antigen)は免疫応答に関与する分子で、HLAクラスIIは抗原ペプチドを免疫細胞へ提示する役割を持つ。HLAタンパク質には個人ごとにアミノ酸配列の違い(多型)が存在し、この違いによって提示されやすい抗原が変化する。その結果、自己抗体が産生されやすいかどうかなど、個人ごとの免疫応答の違いに影響を与えると考えられている。 

(注6) 液性免疫応答
体内に異物やがん細胞が現れた際に、B細胞(抗体を作る免疫細胞)が抗体を産生し、それらを認識・排除する免疫反応のこと。抗体は血液中を循環しながら標的に結合し、免疫細胞による排除を助けるため、この仕組みは「液性免疫応答」と呼ばれる。 

(注7)低線量CT検査
通常のCTより低い放射線量で撮影を行う肺がんスクリーニング検査。肺がん死亡率を低下させることが報告されている一方で、偽陽性や追加検査の増加などの課題も指摘されている。 

(注8 AUC
Area Under the Curve の略。ROC曲線を用いて診断性能を評価する指標であり、値が1に近いほど診断性能が高いことを示す。一般に、AUC0.8以上の場合は高い診断性能を有すると考えられている。 

(注9ProGRP
Pro-gastrin-releasing peptide の略。小細胞肺がんで上昇しやすい腫瘍マーカーとして臨床で広く利用されている。 

(注10CEA
Carcinoembryonic Antigen の略。肺腺がんをはじめとする複数のがん種で上昇する腫瘍マーカーであり、血液検査によるがん診断や治療効果判定などに広く用いられている。一方で、喫煙や良性疾患でも上昇することがあるため、単独での診断には限界があるとされている。

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