歯の小さな傷からタヌキの季節ごとの食性を解明――雑食性のイヌ科動物の食性復元から、化石種の古生態解明へ――
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東京大学
石巻専修大学
発表のポイント
◆タヌキの歯の表面に残されたミクロの傷(マイクロウェア)を3次元的に分析し、季節・年齢・性別による食性の違いを調べました。
◆マイクロウェアは季節的な変動を見せ、糞分析による食性データと良く対応していました。野生の雑食性動物の季節的な食性変化を骨格標本から明らかにできることが示されました。
◆今後、化石や考古資料に適用することで、オオカミやイヌなど、人との関わりの中で食性を変化させてきたイヌ科動物の古生態研究への応用が期待されます。

本研究成果のまとめ(タヌキとその餌のイラスト©成田あむ)
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の久保麦野准教授と甲能純子客員共同研究員、石巻専修大学の高橋尭大大学院生と辻大和教授からなる研究チームは、宮城県石巻市でロードキル(注1)により死亡したタヌキ(注2)の歯のミクロな傷(マイクロウェア、注3)を分析し、季節的な食性変化を調べました。タヌキのマイクロウェアは、昆虫を多く食べる夏から初秋には比較的浅く、果実・種子や脊椎動物の利用が増える秋から冬にかけて深くなる傾向があり、現地で行われた糞分析の結果とも対応していました。
本研究は、骨格標本から雑食性イヌ科動物の季節的な食性変化を読み取れることを示し、化石種の古生態復元にも役立つと期待されます。この研究成果は、2026年5月22日に国際誌『Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology』のオンライン版に掲載されました。
発表内容
歯の表面には、餌を噛んだときにできるミクロレベルの傷(マイクロウェア)が残されます。この傷は食べ物の硬さや性質を反映するため、現生動物だけでなく、絶滅動物の食性復元にも利用されてきました。しかし、タヌキのような雑食性のイヌ科動物では、昆虫、果実、植物、脊椎動物など異なる餌を季節に応じて利用するため、マイクロウェアがどのような食性情報を記録するのかは十分に分かっていませんでした。
本研究チームは、宮城県石巻市で2020年9月から2025年10月に採集された多数のロードキル個体のタヌキを用い、下顎第一大臼歯と第二大臼歯の表面を共焦点レーザー顕微鏡(注4)で計測しました。さらに、同じ地域で行われた糞分析(注5)の結果と比較し、歯のマイクロウェアと季節ごとの餌内容との関係を調べました。
写真: 石巻市に生息するタヌキ(左)、ロードキル個体の骨格標本(中央)、タヌキのため糞の様子(左)
(写真はいずれも石巻専修大学・辻大和提供)
その結果、タヌキの歯のマイクロウェアには季節的な傾向が見られました。昆虫の利用が増える夏から初秋にかけて表面の傷は浅くなる一方で、果実・種子や脊椎動物の利用が増える秋から冬にかけて傷が深くなる傾向が確認されました(図1)。これは、実際に噛み砕かれた餌の硬さや利用部位が、マイクロウェアに反映されることを示しています。また、成獣の歯の傷は幼獣よりも深い傾向があり、成長に伴う咬合力や採食行動の違いが影響した可能性があります。一方、性別による明確な差は検出されませんでした。

図1:タヌキの季節的な食性変化と歯のマイクロウェア
タヌキの糞分析から示された季節的な餌内容の変化と、歯のマイクロウェア三次元形状分析の結果。昆虫を多く利用する夏から初秋には歯の表面粗さが低く、果実や脊椎動物の利用が増える秋から冬にかけて粗くなる傾向が見られた。(動植物と骨格のイラスト:©成田 あむ)
本研究は、野生の雑食性イヌ科動物において、歯のマイクロウェアが季節的な食性変化を反映することを示しました。雑食性のイヌ科動物のマイクロウェア研究は世界的に見ても研究がなく、今後の研究基盤となる重要な知見です。本データは、絶滅したニホンオオカミや遺跡出土イヌなど、人との関わりの中で食性を変化させてきたイヌ科動物の食性解明に役に立つのみならず、過去の生態系における中型雑食性肉食動物の種子散布者としての役割を復元する手がかりになると期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
久保 麦野 准教授
甲能 純子 客員共同研究員
石巻専修大学
高橋 尭大 修士課程
辻 大和 教授
論文情報
雑誌名: Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology
題 名: Seasonal dietary flexibility in the omnivorous raccoon dog (Nyctereutes procyonoides, Canidae) revealed by dental microwear texture analysis: Implications for paleoecology of canids(5月22日付掲載)
著者名: Takahiro Takahashi, Ayako Kohno, Yamato Tsuji, Mugino O. Kubo*
DOI: 10.1016/j.palaeo.2026.113884
URL: https://doi.org/10.1016/j.palaeo.2026.113884(オープンアクセス)
研究助成
科研費「基盤研究C(課題番号:JP22K06394、研究代表者:辻大和)」、「基盤研究B(課題番号:JP23H01285、研究代表者:久保麦野)」、京都大学野生動物研究センター共同利用・共同研究プログラム(2025-A-32、研究代表者:高橋尭大)、および石巻専修大学共創研究センター助成の支援により実施されました。
用語解説
(注1)ロードキル
道路上で野生動物が自動車などの車両と衝突し、死亡すること。野生動物の保全や道路交通の安全に関わる課題の一つとなっている。
(注2)タヌキ
タヌキ(学名Nyctereutes procyonoides)は東アジアに自然分布する中型のイヌ科動物で、日本各地にも広く生息している。昆虫、果実、植物、脊椎動物など多様な餌を利用する雑食性動物であり、季節や地域によって食性が変化する。市街地周辺や人為的影響を受けた環境にも適応している。日本各地で、自動車との接触事故で斃死するロードキル個体が増えており、その対策が検討されている。
(注3)歯のミクロな傷(マイクロウェア)
歯の表面には餌とこすれ合って形成されたミクロレベルの傷(マイクロウェア)が残されており、マイクロウェアを調べることで生前に食べていた餌の性質を推定することができる。「三次元マイクロウェア形状分析」とは、共焦点レーザー顕微鏡という工業分野で表面粗さを測定するためにも利用される顕微鏡を用いて、歯の表面の粗さや複雑さを客観的・定量的に評価する手法である。
(注4)共焦点レーザー顕微鏡
工業分野で表面粗さを測定するために利用される顕微鏡。
表面粗さとは、材料表面の微細な凹凸(ツルツル、ザラザラといった表面の特性)のことで、これを数値に表すことで工業製品の品質管理に役立てられてきた。表面粗さを測定できる機械には、探針で表面の凸凹を評価する接触式と、非接触式の粗さ測定器がある。後者の非接触式の測定器はレーザー光や可視光を用いて、光源から物体表面までの距離を測量しており、高い分解能とサンプルへのダメージがないことから、近年普及しつつある。歯の表面に形成されるマイクロウェアが、工業製品の表面粗さと同じ原理で定量的に評価できることが2000年代初頭に古人類学・古生物学で示され、「三次元マイクロウェア形状分析」が発展した。
(注5)糞分析
動物の糞に含まれる餌の残渣を調べることで、どのような餌を食べていたかを推定する方法。本研究では、同じ地域のタヌキを対象とした糞分析の結果(Ito and Tsuji, 2026)と、歯のマイクロウェアの季節変化を比較した。タヌキは同じ場所に複数個体が継続的に排便する習性(ため糞)があるため、ため糞から分析サンプルを回収することで、その地域のタヌキの食性を通年的に把握することが可能である。
Ito, K., Tsuji, Y. (2026) Feeding strategy of raccoon dogs (Nyctereutes procyonoides) in northern Japan. European Journal of Wildlife Research 72, 44. https://doi.org/10.1007/s10344-026-02081-z

