記者発表

細胞小器官間の脂質移動を生きた細胞内で可視化―Atg2タンパク質を介した脂質移動を実証―

投稿日:2026/03/16
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東京大学
北海道大学

発表のポイント

◆疎水性蛍光色素であるオクタデシルローダミンBR18)が細胞内で輸送される機構を明らかにしました。

R18を用いることでAtg2を介した細胞小器官間の双方向の脂質移動の観測に成功しました。

◆周囲の環境に応答して細胞が細胞膜脂質の組成を変化させる際の根本的な分子機構の理解への貢献が期待されます。

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概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木邦律教授と北海道大学遺伝子病制御研究所の野田展生教授らによる研究グループは、脂質輸送タンパク質「Atg2(注1)」が細胞内の小器官(オルガネラ)間で双方向に脂質を運んでいることを、生きた細胞で初めて明らかにしました。

細胞が自分自身の成分を分解・リサイクルする「オートファジー」という働きには、新たな膜(オートファゴソーム)を作るための大量の脂質が必要です。しかし、その脂質がどこからどうやって運ばれるかは長年の謎でした。

本研究では、脂質のように膜に入り込んで赤く光る蛍光色素「オクタデシルローダミンBR18、注2)」を用いた顕微鏡観察技術を用いることで、Atg2というタンパク質が「橋渡し」となり、小胞体(ER、注3)から新しい膜へと脂質が供給される様子を世界で初めて観測しました。さらに、オートファジーが終了すると、脂質の流れが逆転し、作られかけた膜から元の小胞体へ脂質が戻っていくことも発見しました(図1)。先行研究では試験管内での脂質輸送しか分かっていませんでしたが、生きた細胞内で環境の変化に応じた「双方向の脂質移動」を実証した点で大きな新規性があり、この研究成果は今後、細胞の膜形成に関わる生命の根本的な仕組みの解明や、関連疾患の研究に役立つことが期待されます。

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1:双方向の脂質移動

栄養飢餓時はAtg2を介して小胞体から隔離膜へと脂質が移動することで隔離膜が拡張する。オートファジーが停止すると、Atg2を介して隔離膜から小胞体へと脂質が回収されることで隔離膜が縮小する。

 

発表内容

細胞の内部には、特定の役割を持つ「細胞小器官(オルガネラ)」という区画がたくさんあり、それらは「脂質」でできた膜で囲まれています。細胞が栄養飢餓などのストレスを受けると、自身の一部を包み込んで分解し、栄養として再利用する「オートファジー」という現象が起こります。このとき、細胞内では「隔離膜(オートファゴソーム、注4)」と呼ばれる新しい膜が作られ、それがシートのように拡張して細胞内のゴミを包み込みます。この膜を大きくするには大量の脂質が必要ですが、生きている細胞の中で脂質の動きを見るための適切な目印(プローブ)がなかったため、脂質がどこからどのように運ばれてくるのかは、これまでの先行研究において大きな問題点・謎とされてきました。

本研究チームは「オクタデシルローダミンBR18)」という脂質によく似た蛍光色素を使用することで、世界で初めて生きた酵母細胞や哺乳類の細胞にR18を導入し、細胞内の脂質の動きを観測しました。R18を細胞培養液に加えると、細胞の表面に吸着したあと、「小胞体」という細胞小器官へ運ばれ、最終的にオートファジーに関連する膜へ移動することが分かりました。このR18を「脂質の動きを追跡する光るマーカー」として使い、特殊な顕微鏡で観察した結果、「Atg2」というタンパク質が小胞体と隔離膜の間に橋を架けるように働き、小胞体から隔離膜へと効率的に脂質を移動させている様子を確認しました(図2)。さらに、細胞に再び栄養を与えてオートファジーを意図的に終わらせると、脂質の流れが逆転することも発見しました。膨らむのをやめた隔離膜から、Atg2の橋を通って元の小胞体へと、脂質が戻っていくことが確認されました。

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2:リン脂質を含んだAtg2の予測構造

リン脂質を含んだAtg2の立体構造をAlphaFold3を用いて予測した。Atg2(緑)、リン脂質(シアン)、R18(マゼンタ)。

これまでAtg2は脂質を一方通行で運ぶと考えられていましたが、本研究の成果で、細胞の置かれた環境(飢餓状態か、栄養豊富か)に応じて、Atg2が「小胞体から隔離膜へ」あるいは「隔離膜から小胞体へ」と、状況に合わせて脂質を双方向に運搬できることが確認されました。これは、細胞がどのようにして必要な時に必要な場所へ脂質を運び、恒常性を保っているのかという生命の根本的な仕組みの理解に大きく寄与するものです。今後、オートファジーの異常が関わる病気の解明など、医学・生物学研究のさらなる発展に波及することが期待されます。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科
 鈴木 邦律 教授
 郝 力Hao Li 博士課程
 緑川 智輝 研究当時:修士課程
 郎 慧超Huichao Lang 博士課程

北海道大学遺伝子病制御研究所
 野田 展生 教授
 辻 琢磨 特任講師
 小笠原 裕太 特任助教
 濱 裕太郎 研究当時:博士研究員
  現:筑波大学生命環境系 特任助教

東北大学大学院生命科学研究科
 岸本 拓磨 研究当時:特任准教授

 

論文情報

雑誌名:Journal of Cell Biology
題 名:Reversible One-way Lipid Transfer at ER-Autophagosome Membrane Contact Sites via Atg2
著者名:Li Hao, Tomoki Midorikawa, Yuta Ogasawara, Takuma Tsuji, Takuma Kishimoto, Yutaro Hama, Huichao Lang, Nobuo N. Noda, Kuninori Suzuki*
DOI: 10.1083/jcb.202506039
URL: https://doi.org/10.1083/jcb.202506039

 

研究助成

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST研究領域「細胞内現象の時空間ダイナミクス(課題番号JPMJCR20E3)」ならびに科研費「新学術領域研究(課題番号:JP20H05313)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP22H02569)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1Atg2
オートファジーに関わるタンパク質の一つ。溝のような構造を持っており、小胞体と隔離膜をつないで脂質を受け渡す「橋」のような働きをします。

(注2)オクタデシルローダミンBR18):
水に溶けにくく、細胞の脂質膜に入り込みやすい性質を持つ赤色の蛍光色素。本研究では生きた細胞内で脂質の動きを追跡するマーカーとして使用されました。 

(注3)小胞体(ER):
細胞内に広がる網目状の細胞小器官で、タンパク質や脂質の合成などを行う重要な働きを持っています。 

(注4)隔離膜(オートファゴソーム):
オートファジーの過程で新しく作られる袋状の膜。細胞内の分解する対象を包み込み、最終的に閉じてオートファゴソームというカプセルになります。

 

関連研究室

新領域創成科学研究科 鈴木 邦律 研究室

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