記者発表

サケ稚魚の生き残りを左右する“餌の需要と供給バランス”を解明

投稿日:2026/03/03
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国立大学法人東京大学
岩手県水産技術センター
国立研究開発法人水産研究・教育機構

発表のポイント

◆新たに開発した数理(エネルギー収支)モデルによって、サケの稚魚が成長と遊泳に配分するエネルギー量の推定に成功しました。
◆岩手県沿岸域では餌生物量が過去10年間で5分の1に減っており、成長しながらオホーツク海に到達するまでに必要なエネルギー量が不足していたため、稚魚の生残率が低くなっていた可能性が示されました。
◆本成果は、多くの水産資源が直面する「餌不足」の影響を数値化でき、将来の餌環境に応じたサケ稚魚の放流数や、放流時の体サイズを提言する基礎になることが期待されます。

サケ稚魚のエネルギー配分
北上回遊するサケ稚魚のエネルギー配分

全文PDF

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科、同大学大気海洋研究所、岩手県水産技術センター、水産研究・教育機構からなる研究グループは、サケ稚魚に適用できるエネルギー収支モデルを新たに開発し、岩手県沿岸からオホーツク海まで北上する稚魚(図1)の餌要求量と、野外の餌量との需給バランスを明らかにしました。
呼吸代謝実験と野外での稚魚採集データをエネルギー収支モデルに組み込み、餌要求量を再計算したことで、これまでのエネルギー収支モデルは餌要求量を少なく見積もっていた可能性が示唆されました。稚魚の餌要求量に比べ、近年の餌生物(動物プランクトン)量は減少傾向にあったことから、稚魚は岩手県沿岸に滞在中、深刻な餌不足になっていると考えられました。
今回開発したモデルを国内外の餌生物データと統合すれば、海域ごとの餌不足を数値化し、サケ稚魚の生残率を見積もることが可能となります。これら知見は他の水産資源研究だけでなく、環境変化に対応したサケ稚魚の放流数や放流時体サイズの提言といった産業面への応用も期待されます。

図1サケ稚魚の回遊ルート
図1:本研究で想定した、サケ稚魚の回遊ルート

     

発表内容

近年の温暖化等の影響で、サケの不漁が深刻化しています。本種の分布南限に近い岩手県沿岸域では、南から流入する暖水によって、サケ稚魚の餌となる動物プランクトンが変化している可能性が指摘されています。こうした餌環境の変化が、サケ資源に何らかの悪影響を与えていると考えられていたものの、具体的にどのような変化が生じ、サケ資源にどの程度の影響を与えているかはわかっていませんでした。
生息域の水温や餌環境が魚に与える影響を評価するときには、エネルギー収支モデルという数理モデルがよく用いられます。今回新たに開発したのは、従来にくらべて変数(注1)が少ないシンプルなモデルです。このモデルに、稚魚の呼吸代謝実験(関連情報)と飼育実験で得たデータを組み込むことによって、飼育環境下で稚魚は一定の体重(水温8℃、12℃でそれぞれ15.6g、7.1g)に達するまで、摂取したエネルギーを貯めるよりも成長へ優先的に配分することがわかりました(図2)。体重が16gに達するまでの間、稚魚の骨格は形成途中であるとされています(注2)。こうした体内の生理的な変化等により、エネルギー配分の優先順位が変わる可能性が示唆されました。この生理特性を考慮し、野外におけるサケ稚魚の餌要求量を再計算したところ、要求量は他のサケ科の稚魚にくらべて約30%高くなっていました。

次に、餌環境の具体的な変化を明らかにするため、研究グループの所有する2005年から2018年までの動物プランクトン標本を分析しました。その結果、岩手県沿岸域では、稚魚の好む大型カイアシ類などがカロリーベースで5分の1量に減少したことが分かりました(図3)。北海道沿岸域に比べると、岩手県沿岸域には要求量に見合うだけの餌が少なく、深刻な餌不足が稚魚の生残率の低下とサケ資源の減少につながっていると推察されました(図4)。

サケの不漁はアラスカやカナダ、ロシアでも起きています。これらの国々や日本では、不漁要因の解明を目的に、サケ稚魚と餌生物の採集調査を継続しています。今回開発したモデルを国内外の稚魚や餌生物採集データと統合すれば、海域ごとに餌不足を数値化でき、サケ稚魚の生残率の見積もりや、サケ資源の低迷要因の特定などに応用可能です。また、これらの知見に基づき、環境変化に対応したサケ稚魚の放流数、放流時の体サイズの提言といった産業面への応用も期待されます。

図2サケ稚魚のエネルギー配分量の変化
 図2:サケ稚魚の体重増加に伴う、エネルギー配分量の変化
A:8℃、B:12℃の水温条件で飼育した場合。各色は、各エネルギー配分項目を表す。破線矢印は、貯蓄へのエネルギー配分量が増加した時点の体重を表す。

 図3各海域での動物プランクトン量    

図3:2005年から2018年における、各海域での動物プランクトン量
A:5月下旬から6月上旬の閉伊崎、B:7月上~中旬の昆布森。色の違いが動物プランクトンの種類を表す。

 図4餌要求量に対する動物プランクトン量の比とサケ親魚の回帰率の関係

図4: 餌要求量に対する動物プランクトン量の比と、サケ親魚の回帰率の関係
A:閉伊崎での要求量、B:昆布森での要求量。各プロットの右肩数字は、サケの稚魚と回帰親魚の生まれ年(20○○年)を示す。右下のρは相関係数、Pは統計検定におけるP値。

     

〇関連情報:
「プレスリリース サケ稚魚がコスパよく泳ぐには? ―水温と体サイズに応じた遊泳能力の変化―」(2024/9/27)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2024/20240927.html

     

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻/大気海洋研究所 大槌沿岸センター
  飯野 佑樹 博士課程(研究当時)
   現:国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産資源研究所 さけます部門
   研究等支援職員
大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻/大気海洋研究所 海洋生物資源部門
  北川 貴士 教授

岩手県水産技術センター 漁業資源部
  清水 勇一 部長

国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産資源研究所 さけます部門
  佐藤 智希 主任研究員

     

論文情報

雑誌名Fisheries Oceanography
題 名:Decadal rapid change in energetic carrying capacity for juvenile chum salmon in the Sanriku coast
著者名:Yuki Iino*, Yuichi Shimizu, Tomoki Sato, Takashi Kitagawa
DOI:10.1111/fog.70030
URLhttps://doi.org/10.1111/fog.70030

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:JP20H00428)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP25K02080)」、水産庁委託事業「太平洋サケ資源回復調査委託事業、サケ資源回帰率向上調査事業、さけ・ますふ化放流抜本対策事業」の支援により実施されました。

     

用語解説

(注1)変数
数理モデルのなかで、変わる可能性のある数値。たとえば、Dynamic Energy Budget (DEB)modelというエネルギー収支モデルの変数は、卵の大きさ、卵から孵化した時の体長、一生のうちに到達可能な最大体長などである。

(注2)骨格形成
硬骨魚類では、生まれて間もないころの顎、背鰭、尾鰭などの骨は軟骨で形成されているが、しだいに硬骨へと変化する。

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