センザンコウの鼻の「迷宮」構造を解読 ――胎子標本から成体までの連続観察で、鼻甲介の相同を再定義し、進化シナリオを提示――
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東京大学
発表のポイント
◆ミミセンザンコウ胎子の鼻腔構造の発生過程をX線撮影で詳しく観察し、センザンコウ類7種の鼻腔構造の対応関係(相同)を明らかにしました。
◆鼻腔構造は部位ごとに、異なる進化の道筋をたどってきたことが明らかになりました。
◆センザンコウ類における鼻腔構造の進化の道筋を示したことは、哺乳類全体の嗅覚や呼吸機能に関わる形態がどのように進化してきたのかを理解するための、新たな手がかりにつながります。

研究成果の概要(©東京大学・伊藤海・岩切美朋)
概要
哺乳類の鼻腔には、呼吸時に空気を湿らせたり、においを感じさせたりする鼻甲介(びこうかい、注1)があります。その構造は複雑で、種間の鼻甲介の、どの部分が同じ起源であるかを明確にすることは難題でした。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の伊藤海客員共同研究員、久保麦野准教授らの研究チームは、センザンコウの胎子から成体までの鼻甲介を観察し、系統ごとの鼻腔構造の違いと進化の道筋を明らかにしました。
アジアに分布する種では、呼吸に関わる上顎甲介(じょうがくこうかい、注2)が二重に巻く形で一部の種では小さな突起をもち、アフリカに分布する種では、さらに第三の枝が伸び、三つに分かれる構造であることが分かりました。嗅覚に深く関わる第一篩骨甲介(しこつこうかい、注3)の形は、一体化型・接触型・完全分離型などいくつかのタイプがあり、系統ごとに異なることが分かりました。
本研究は、鼻甲介研究において、発達過程に基づく新たな同定基準を示し、用語と見解の統一に貢献します。また、哺乳類の感覚器の形態進化を理解するうえで重要な手がかりとなります。
本研究成果は2025年12月12日発行の国際誌『Zoological Journal of the Linnean Society』に掲載されました。
発表内容
哺乳類の鼻腔には、吸気の加温・加湿と嗅覚受容を担う鼻甲介が発達し、その形や数は系統や生態により大きく異なります。センザンコウは長い鼻口部と昆虫食という特徴をもっています。また、現在はネコやウマなどと同じローラシア獣類に分類されますが、20世紀末まではアルマジロ類の近縁と考えられていました。これまで鼻甲介の発生段階に基づく研究は限られ、研究ごとに鼻甲介の数や名称に違いがありました。
本研究チームは、胎子期の鼻腔内構造は種間比較がしやすい点に着目し、ミミセンザンコウ(写真1)とマレーセンザンコウの胎子をdiceCT(注4)で撮影し、三次元的に観察しました。さらに、これらの結果をもとに、センザンコウ類全8種のうち成体7種を比較しました。本研究では、相同(注5)関係の混乱を整理するとともに、センザンコウ類の鼻腔構造の進化の道筋を明らかにすることを目的としました。

写真1: ミミセンザンコウ胎子(©東京大学・伊藤海)
その結果、センザンコウの鼻甲介は系統によって明確に異なることが分かりました。アジアに分布する種では、呼吸に関わる上顎甲介が基本的に二重に巻く形で、一部の種では小さな突起を伴う個体も確認しました。一方、アフリカに分布する種では、二重巻きに加えて第三の枝が伸び、三つに分かれる形でした。また、嗅覚に深く関わる第一篩骨甲介はすべての種で前部と後部の二つの部分から成り、そのつながり方は、系統によって一体化しているもの、接触しているもの、完全分離しているものとに変化していました(図1)。

図1:ミミセンザンコウ(アジア系統)とキノボリセンザンコウ(アフリカ系統)の右鼻腔内構造3Dモデル
上顎甲介(水色)はアジア系統で二重巻き、アフリカ系統では二重巻きに加えて第三の枝が伸び三分岐である。第一篩骨甲介は前部(赤)と後部(肌色)からなる二分構造で、ミミセンザンコウでは一体化型、キノボリセンザンコウでは完全分離型が確認され、さらに前部と後部が接触する接触型も観察された。
本研究チームは、観察した鼻甲介の特徴を系統樹にマッピングすることで、センザンコウ類の進化シナリオを提案しました。上顎甲介はローラシア獣類において多様な形態が見られます。ローラシア獣類に属するいくつかの種との比較により、センザンコウ類の共通祖先が複雑に分岐した形をもっていた可能性は低いということが分かりました。センザンコウの祖先では二重巻き構造に加え、小さな分岐をもつ形から、アジア系統で単純化したと考えられます。
さらに、第一篩骨甲介の進化についても、二つの可能性を示しました。第一のシナリオでは、共通祖先が前部と後部の二分構造をもち、その後一部の種で完全に分離したと考えられます。この説は観察結果とよく一致し、最も妥当と考えられます。第二のシナリオでは、同じ二分構造をもつ共通祖先から分離が起こり、その後一部の種で再び融合した可能性が示唆されました。
これらの結果は、センザンコウ類の嗅覚構造の進化が複数の道筋をたどった可能性を示しており、哺乳類の感覚器進化を理解するうえで重要な手がかりとなります。これまで直接観察や解剖が難しかったセンザンコウでも、博物館標本とdiceCTを用いることで個体を傷つけずに詳細な形態情報を得られることが示されました。今後も解析を進めることで、アジア系統とアフリカ系統に形態学的な違いがどのように生じたのか、また、その機能的な意味や各発生段階での変化の全体像が、より明確になることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
伊藤 海 客員共同研究員/日本学術振興会特別研究員RPD(研究当時)
兼:エバーハルト・カール大学テュービンゲン 博士研究員
久保 麦野 准教授
鶴見大学歯学部解剖学講座
黒田 範行 講師
小寺 稜 助手
シュトゥットガルト州立自然史博物館
クエンティン・マルティネス 博士研究員
論文情報
雑誌名:Zoological Journal of the Linnean Society
題 名:Nasal turbinals and laminae homologies in pangolins: insights from developments
著者名:Kai Ito*, Ryo Kodera, Mugino O. Kubo, Noriyuki Kuroda, Quentin Martinez
DOI: 10.1093/zoolinnean/zlaf150
URL: https://doi.org/10.1093/zoolinnean/zlaf150
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金「若手研究(課題番号:23K14248)」「特別研究員奨励費(課題番号:22J40028)」、Alexander von Humboldt Foundation(FRA-1222365-HFST-P)およびドイツ連邦教育研究省 BMBF「KI-Morph」(05D2022)の支援を受けました。
用語解説
(注1)鼻甲介(びこうかい)
波板状の構造をしており、複雑な構造をつくることで、鼻腔内の表面積を大きく広げている。種によっては20対を超える鼻甲介を持ち、発生や成長に伴って枝分かれし、内部に薄い骨質の板を形成しながら複雑化する。
(注2)上顎甲介(じょうがくこうかい)
鼻腔の腹側に位置する鼻甲介で上顎骨とつながる。分泌細胞と毛細血管に富む呼吸上皮で覆われ、吸い込んだ空気を温ためたり湿らせたりする役割を担う。
(注3)篩骨甲介(しつこうかい)
鼻腔の奥(尾側)に位置する鼻甲介で篩骨へ連なる。その表面は、においを感じる細胞が集まった嗅上皮で覆われている。
(注4)diceCT
diffusible iodine-based contrast-enhanced CTの略称で、ヨウ素系の造影染色剤(例:ルゴール液、リンタングステン酸)を標本に浸透させて軟組織のX線コントラストを高め、micro-CTで筋・血管・神経・臓器を三次元的に可視化する手法である。形態学分野で広く用いられ、解剖を行わずに軟組織の形態を非破壊で観察できる。
(注5)相同
形や大きさ、機能が違っていても、共通の祖先から受け継がれた同じ起源をもつ構造同士の対応関係のこと。

