記者発表

進化の初期から果実食でなかったロリス霊長類――霊長類にとって一般に重要な甘味感覚も食性次第では弱くなる――

投稿日:2025/11/06
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東京大学

発表のポイント

◆果実をあまり食べないロリス類という霊長類の仲間は、甘味を感じるTAS1R2遺伝子が進化の過程であまり保存されてこなかったということを発見しました。そのことからロリス類は進化の初期段階から果実にあまり依存しない食性を持っていたと考えられることを示しました。

◆ヒトを含む霊長類でも、果実を必要としない環境では甘味を感じる能力が弱まる可能性があることを見出しました。

◆遺伝子は、新たな機能の獲得や従来の機能を保つだけでなく、環境の変化によりある機能の重要性が低下すれば、それに関わる遺伝子を保守しなくなっていくことを霊長類の遺伝子進化の研究から示しました。

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昆虫食性の強いレッドスレンダーロリス

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Loris_tardigradus_tardigradus_003.jpg
Wikimedia Commons 2025-10-28確認)

全文PDF

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の河村正二教授と吉 沁元(キチ シンゲン)大学院生らによる研究グループは、北海道大学、明治大学、東京科学大学、大阪大学、京都大学、カルガリー大学と共同で、霊長類の進化の初期段階にヒトに至る系統と分岐した原猿類(注1)について、甘味を感じる受容体TAS1R2、旨味を感じる受容体TAS1R1、そして両方に必要なTAS1R3の遺伝子の進化パターンを解析しました。その結果、あまり果実を食べないロリス類(注2)では、共通してTAS1R2遺伝子が他の種と比べて進化の過程であまり保存されてこなかったことを見出しました。

このことからロリス類は進化の初期段階からすでに果実に依存せず、昆虫や樹液などを主な食物としていたと考えられます。したがって、現在の一部のロリス類に見られる果実食の傾向は、その後の進化の過程で新たに獲得された特徴であることが分かりました。

今回、糖分摂取によるエネルギー源獲得に重要であり、また霊長類に広く見られる果実中心の食性に重要と考えられる甘味を感じる感覚であっても、果実の依存性が低下するなどの食性の変化に応じて、関係する遺伝子が保たれにくくなるという新たな実例を示しました。本研究成果は、霊長類の多様な食性と、それに対応した遺伝子の進化の多様性について、新たな知見を提供するものです。

 

発表内容

甘味を感じる能力(甘味感受性)は糖分摂取を通じてエネルギー源摂取に重要であるため、一般に進化の過程で強く保たれてきたと考えられています。しかし、食肉目のネコ科では甘味受容体TAS1R2遺伝子が欠損しており、動物の間で甘味感受性に多様性があることが知られています。これまで、一般に果実食性が強く、甘味感受性が失われにくいと考えられる霊長類において、その多様性の全貌は明らかではありませんでした。そこで、本研究チームは、霊長類の進化の初期段階にヒトに至る系統と分岐し、食べ物の種類や摂取傾向に大きな多様性がある原猿類を研究対象に選びました。

研究チームは、目的とする遺伝子だけをゲノムDNAから選択的に抽出し濃縮するターゲットキャプチャー(注3)という方法を用いて、旨味受容体TAS1R1、甘味受容体TAS1R2、それら両方の受容体形成に必要なTAS1R33つの遺伝子を図1でグレーで網掛けした種から抽出し(図1)、次世代シーケンサー(注4)によって高精度で遺伝子のDNA配列を決定しました。

 

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1:研究対象とした原猿(prosimian)霊長類と比較対象としてのヒトの系統関係と食性

ターゲットキャプチャーを実施した種をグレーで示す。公開された全ゲノム配列データがある種も併せて表示してある。主な採食物として、昆虫、果実、樹液、葉をシンボルで示す。

さらに、公開されている全ゲノム配列データベースからも原猿類の3つの遺伝子を調べました。全ゲノム配列データは個別の遺伝子に注目すると解読精度が低いことがありますが、この場合も例外ではなく、ターゲットキャプチャーによって補完することで、精度の高い解析が可能となりました。

研究チームは、ロリス類がキツネザル類に比べ3つの遺伝子すべてでDNA配列の進化の速度が速いことに気が付きました。当初はロリス類で3遺伝子とも進化の過程で保存されなくなったと考え、タンパク質を構成するアミノ酸を変えるDNA配列と変えない配列の進化の速度を比較しました。しかし、この方法ではそれを支持する結果を得ることができませんでした。それは、進化速度の違いが、保存性の違いによるものではなく、DNAの突然変異率の違いに起因するためだと分かりました。

そこで、相対速度テストという方法を用いて、アミノ酸配列の進化速度をロリス類とキツネザル類間で比較しました。すると、TAS1R1TAS1R3では、ロリス類とキツネザル類で違いがないことが分かりました(図2)。つまり、これらの遺伝子では突然変異率の違いに抗して、遺伝子機能が変化しないようアミノ酸配列が保たれる傾向にあることが分かりました。それに対し、TAS1R2では、アミノ酸配列においてもロリス類はキツネザル類より進化速度が速いままであることが分かりました。すなわち、ロリス類ではTAS1R2が進化の過程で保存されなくなったことが分かりました。

 

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2:ロリス類とキツネザル類を対象とした3種類のTAS1R遺伝子のアミノ酸配列による系統樹

甘味受容体であるTAS1R2でのみ、ロリス類(Lorises)の進化速度がキツネザル類(Lemurs)の進化速度より速いことを示している。

 

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻
  河村 正二 教授
  吉 沁元 博士課程
  侯 旻 特任研究員
  Muhammad Shoaib Akhtar 特任研究員 

 石田 貴文 東京大学名誉教授

北海道大学 大学院地球環境科学研究院
 早川 卓志 助教

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系
 戸田安香 准教授(明治大学 農学部 農芸化学科 特任講師(研究当時))

大阪大学 蛋白質研究所 生物分子認識学研究室
 糸井川 壮大 助教(明治大学 農学部 農芸化学科 特任研究員(研究当時))

京都大学 ヒト行動進化研究センター
 今井 啓雄 教授

University of Calgary Department of Anthropology and Archaeology
 Amanda D. Melin, Professor
 

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
題 名:Relaxation of selective constraint on the sweet-taste receptor gene TAS1R2 in lorisiform primates
著者名:Qinyuan Ji, Min Hou, Muhammad Shoaib Akhtar, Takashi Hayakawa, Yasuka Toda, Akihiro Itoigawa, Hiroo Imai, Takafumi Ishida, Amanda D. Melin, Shoji Kawamura*
DOI: 10.1038/s41598-025-23648-x
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-025-23648-x 
 

研究助成

本研究は、科学研究費補助金(18H0400515H0242123H0256123K2725222H0267420H0294123H02168)の助成を受けました。また、京都大学霊長類研究所共同研究プログラム(2012-A-112020-A-272021-A-25)、International Kyowa Scholarship FoundationData Scientist Training / Education ProgramDSTEP)、Canada Research Chairs program950-231257)およびNational Sciences and Engineering Research Council of CanadaRGPIN-2017-03782)の支援を受けました。
 

用語解説

(注1)原猿類
分類学において、ヒトを含めた霊長類(サル類)は哺乳類の中のひとつの「目(もく)」であり「霊長目」と呼ばれる。霊長目は、曲鼻猿(きょくびえん)類と直鼻猿(ちょくびえん)類からなる。曲鼻猿類はロリス類とキツネザル類からなる。直鼻猿類はメガネザル類と真猿(しんえん)類からなる。原猿類とは、曲鼻猿類とメガネザル類をまとめた一般名称を指す。ヒトは真猿類に属するため、原猿類はヒトから最も遠縁のサル類ということになる。

(注2)ロリス類
分類については注1を参照。アジアやアフリカの熱帯に生息する夜行性で樹上性の曲鼻猿霊長類。

(注3)ターゲットキャプチャー
特定の遺伝子やゲノム領域に相同な塩基配列をもつ「プローブ」を作成し、研究対象生物の断片化されたゲノムDNAとプローブのハイブリダイゼーションによって、研究対象生物のゲノムDNAから目的の遺伝子やゲノム領域のみを抽出し、濃縮する方法。

(注4)次世代シーケンサー
DNARNAの塩基配列を、高速かつ大量に解読する装置。数百万から数十億個のDNA断片を同時に並列して読み取ることができる。

 

関連研究室

新領域創成科学研究科 河村正二研究室

  

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