合成可能なゼオライト/ゼオライト界面を理論計算で予測 ――1兆通り以上の結晶構造パズルから狙った界面構造を合成――
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発表のポイント
◆ゼオライトの結晶構造から約1兆個のゼオライト/ゼオライト界面モデルを構築することで、インターグロースを形成するゼオライトペアを絞り込みました。
◆「2つのゼオライトの安定性の差」および「インターグロースの界面エネルギー」が、合成可能なゼオライトインターグロースを予測する優れた指標であることを発見しました。
◆理論計算による予測で絞り込んだ新規ゼオライトインターグロース候補のうち「RSN/VSV」の合成に成功し、本研究の計算手法の有効性を実証しました。 
ゼオライト/ゼオライト界面モデルを構築するワークフローの概念図
概要
東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻の大石 宏太 大学院生、村岡 恒輝 助教、中山 哲 教授らのグループは、同専攻の大久保 達也 教授、同研究科附属総合研究機構の柴田 直哉 機構長・教授らのグループ、同研究機構の脇原 徹 教授、同大学大学院新領域創成科学研究科の伊與木 健太 准教授らのグループと共同で、膨大な数の候補から有望なゼオライトインターグロースを絞り込む、大規模計算ワークフローを開発しました。
ゼオライトインターグロースは、触媒や分離膜として優れた性能を持つことがありますが、インターグロース(注1)を形成しうるゼオライト(注2)の探索は実験による試行錯誤に頼っていました。本研究では、スーパーコンピュータを用いて全てのゼオライト/ゼオライト界面構造モデルを列挙しました。作成した構造モデルをエネルギー的に解析することにより、「2つのゼオライトの安定性の間のエネルギー差」および「インターグロースの界面エネルギー(注3)」が、合成可能なゼオライトインターグロースを予測する優れた指標であることを発見し、これを用いてインターグロースとして有望なゼオライトペアを絞り込むことに成功しました。さらに、この結果に基づいて新規インターグロース「RSN/VSV」を実験的に合成し、本手法の有効性を実証しました。
本研究成果は、工業的に有望な特性を持つゼオライトインターグロースの探索を加速するだけでなく、異なる構造の結晶同士が接する固相-固相界面(注4)の理解にも広く貢献するものと期待されます。
発表内容
ゼオライトは内部に分子サイズの微細な孔を持つシリケート(ケイ酸塩)を主体とする結晶性材料の総称であり、触媒、ガス分離膜、吸着剤など、工業的に広く利用されています。ゼオライトの多様な用途を決める鍵となるのが、その骨格構造です。現在250種類以上の骨格構造が知られています。近年、異なる種類の骨格構造を持つゼオライトが積層した「ゼオライトインターグロース」が単一の骨格構造を持つゼオライトを超える触媒活性や分離性能を示すことから、学術的にも工業的にも注目を集めています。しかし、ゼオライトの骨格構造の組み合わせは3万通り以上にのぼり、これら全てを実験的に試すことは現実的ではありませんでした。また、どの組み合わせがインターグロースを形成できるのか系統的な予測ができておらず、ゼオライトインターグロースの探索は試行錯誤に頼っていました。
本研究チームは、計算化学を用いてこの課題に取り組みました。まず、コンピュータ上でゼオライトの結晶構造からあらゆる表面構造を切り出します。その後、切り出した表面構造を用いて、2つの表面構造がパズルのように噛み合った「界面構造」を作成する計算ワークフローを開発しました(図1)。次に、開発したワークフローを網羅的に実行し、2つのゼオライトからなる界面構造を全て列挙しました。本計算はスーパーコンピュータおよびデータベースサーバーを用いて行われ、計算した界面構造は1兆ペアにものぼります。

図1:界面構造モデルを作成するためのワークフロー
得られた界面構造のエネルギーを解析した結果、特に水熱合成(注5)という手法で合成されたインターグロース39種類では、2つのゼオライト間のエネルギー差がほぼゼロであり、インターグロース構造の界面エネルギーもほぼゼロであることが明らかになりました。これら2つの指標を用いてスクリーニングを行うことで、192種類のゼオライトインターグロースを水熱合成の有望な標的として特定しました(図2)。
さらに研究チームは、上述の計算手法によって実現可能と予測された候補の中から「RSN/VSV」という亜鉛ケイ酸塩のペアに着目しました。このペアは、酸素3員環や酸素9員環といったゼオライトとしては珍しい構造を持ち、こうした構造の理解は将来的に大きな分子を扱うゼオライトの応用やゼオライトの新たな触媒応用の研究に寄与する可能性があります。本研究では、RSNとVSVの合成条件のちょうど中点にあたる実験条件を用いることで、「RSN/VSV」インターグロースの合成に成功しました。
本研究成果は、工業的に有望な特性を持つゼオライトインターグロースの探索を加速するだけでなく、これまで理解が困難であったヘテロエピタキシャルな固相-固相界面の理解にも広く貢献するものと期待されます。
図2:ゼオライトインターグロース候補を示すネットワーク図
1つの図形がそれぞれゼオライトの骨格構造を示しており、既にインターグロースとして合成が報告されているペアは赤い線、本研究が新たにインターグロース可能であると予測したペアは黒い線で結ばれている。図形の形はそれぞれの結晶構造が持つ特徴的な部分構造、色はそれぞれのゼオライトが合成される際の組成に基づいて決定されている。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科 化学システム工学専攻
大石 宏太 博士課程
村岡 恒輝 助教
大久保 達也 教授
中山 哲 教授
附属総合研究機構
遠山 慧子 助教
岩田 健史 学術専門職員
関 岳人 講師
柴田 直哉 機構長・教授
脇原 徹 教授
大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻
伊與木 健太 准教授
論文情報
雑誌名:Nature Materials
題 名:Drawing Boundaries between Feasible and Unfeasible Zeolite Intergrowths using High-Throughput Computational Screening with Synthesis Validation
著者名:Kota Oishi, Koki Muraoka*, Satoko Toyama, Takeshi Iwata, Takehito Seki, Naoya Shibata, Kenta Iyoki, Toru Wakihara, Tatsuya Okubo, Akira Nakayama*
DOI:10.1038/s41563-025-02377-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41563-025-02377-6
研究助成
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号:JPMJPR2378、JPMJPR21AA、JPMJPR24J7)、JST戦略的創造研究推進事業ERATO(課題番号:JPMJER2202)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号:JPMJSP2108)、JSPS科研費(課題番号:22K14751)、ERCA(課題番号:JPMEERF20242M01)、および東北大学金属材料研究所計算科学センター(CCMS)スーパーコンピュータ(プロポーザル番号:202312-SCKXX-0006)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)インターグロース
異なる結晶構造が原子レベルで積み重なって成長したミルフィーユのような構造。この構造により、単一の材料では得られない新しい機能や特性を持つことがある。ゼオライトの骨格構造のペアは理論上では3万通り以上考えられていたが、実際に確認されているインターグロースは45種類のみである。
(注2)ゼオライト
内部に分子サイズの微細な孔を持つ結晶性材料の総称で、4配位原子(4つの原子と結合する原子)と酸素からなる骨格構造を持つ。原子のつながり方により多様な骨格構造を持ち、現在250種類以上の骨格構造が合成物または天然鉱物として確認されている。ゼオライトの性質や用途は骨格構造によって異なり、応用先として触媒や吸着剤、イオン交換剤がある。
(注3)界面エネルギー
界面の形成によるエネルギー的な不安定化を表す値。
(注4)異なる構造の結晶同士が接する固相-固相界面
異なる構造の結晶同士が接している界面。特に相境界がもたらす特有の効果のため、導体と半導体の界面に関して重要な役割を果たす。
(注5)水熱合成
高温高圧の熱水中で化合物や結晶を合成したり成長させたりする手法。

