家庭用エネルギーマネジメントシステムの安定性と応答速度を大幅に向上――コンバータの相互干渉を防ぐ新技術を開発――
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東京大学
発表のポイント
◆太陽電池・空調/給湯機・蓄電池・電気自動車を一つの直流リンクバスに接続したマネジメントシステムを提案。
◆システム全体を多入力・多出力として捉えることで、各コンバータ間の相互干渉を防ぎ、安定性や応答の速さを大きく改善する制御技術を開発しました。
◆電気自動車(EV)、船舶、データセンターなど多様な分野のEMSへの応用が期待されます。

今回提案する家庭用エネルギーマネジメントシステム(HEMS)コントローラ
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤本博志教授、藤田稔之特任講師、同大学大学院工学系研究科の前匡鴻助教とダイキン工業株式会社の研究チームは、家庭用エネルギーマネジメントシステム(HEMS、注1)における複数のDC-DCコンバータの制御に革新をもたらす新技術「ダイナミック電流デカップリング制御」を開発しました。この技術により、太陽光発電や空調/給湯機、蓄電池、電気自動車(EV)充電器などが接続された家庭内の電力変換システムの安定性と応答性が飛躍的に向上します。
従来の制御方式では、複数のコンバータが同一のDCリンクネットワーク(注2)に接続されることで、相互干渉が発生し、電圧の不安定化や応答遅延が課題となっていました。本研究では、システム全体を「多入力・多出力(MIMO)」(注3)として捉え、DCリンク電圧の変動を考慮して各コンバータの入力を動的に補償することで、相互干渉を理論的に排除し、電圧のオーバーシュートや応答時間が大幅に改善されました。
この技術は、家庭だけでなく、EV、船舶、データセンターなど多様な分野のエネルギーマネジメントシステム(EMS)への応用が期待されます。
発表内容
本研究チームが提案する家庭用エネルギーマネジメントシステム(HEMS)は、太陽光発電、蓄電池、EV充電器などを従来型の交流電源(コンセント等)ではなく、DCリンクネットワークを介して接続される新しい仕組みです。交流電源を介さないため高効率であり、さらにEVのバッテリを積極的に活用することで、蓄電池の容量を従来の半分のサイズにすることが可能になります。一方で、HEMSは複数の機器が同時に動作するため、DCリンクネットワークにおいては、各コンバータが干渉し合い、電圧の不安定化や応答の遅延といった問題が生じていました。特に、一定電力負荷(CPL、注4)を含むシステムでは、負のインピーダンス特性(注5)により振動や不安定動作が生じやすく制御が困難でした。
本研究では、システム全体を多入力・多出力(MIMO)システムとして捉え、DCリンク電圧の変動を利用して各コンバータの入力を補償することで、相互干渉を理論的に排除しました。これにより、各コンバータが独立して制御可能となり、電流・電圧の応答性と安定性が大幅に向上しました。
今回提案する手法は、従来の制御器設計を大きく変更することなく、DCリンク電圧の加減算のみで実装することが可能であり、システムの拡張性にも優れています。周波数応答解析(ボード線図、注6)、Nyquist安定性解析(注7)、ステップ応答試験(注8)を通じて、提案手法の有効性を実験において実証し、従来方式と比較して、電流の応答時間が最大80%短縮され、電圧の安定性も向上しました(図1)。

図1:今回提案する電流応答性の改善結果
上図:太陽電池側変換器の電流特性 下図:バッテリ変換器側の電流特性;バッテリからの電流が急変した場合でも、提案法(prop)である青線はどちらの電流も相互干渉を受けることなく黒色の指令値(ref)に追従している。従来法(conv)である赤線に比べて、黒色の指令値に重なるまでの時間(応答時間)が最大で80%削減されたことが分かる。
本技術によって安定動作が可能となり、実用化に大きく近づきました。またこの技術は、家庭用にとどまらず、EV、船舶、データセンターなど、複数の電力変換機器が連携するあらゆる分野への応用が期待されます。今後は、グリッド電流の周期的変動や高周波コンバータ(GaNデバイス等)への対応を含めたさらなる発展が見込まれます。
〇関連情報:
「プレスリリース カーボンニュートラルに向けた家庭エネルギーシステムを提案」(2023/3/1)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10083.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院大学院大学院新領域創成科学研究科
藤田 稔之 特任講師
藤本 博志 教授
大学院工学系研究科
前 匡鴻 助教
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)
中川 倫博
安田 善紀 TICグループリーダー主任技師
山際 昭雄 TIC技師長
論文情報
雑誌名:IEEE Transactions on Power Electronics
題 名:Dynamic Decoupling Current Control of Boost and Buck Multiple Converters
著者名: Toshiyuki Fujita*, Masahiro Mae, Hiroshi Fujimoto, Michihiro Nakagawa, Yoshiki Yasuda, Akio Yamagiwa
DOI: 10.1109/TPEL.2025.3600009
URL: https://doi.org/10.1109/TPEL.2025.3600009
研究助成
本研究は、科研費「走行中非接触電力伝送電気自動車向けエネルギーマネジメントシステムの研究(課題番号:24K17256)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)家庭用エネルギーマネジメントシステム(HEMS)
家庭内の電力使用状況を「見える化」し、効率的なエネルギー管理を可能にするシステム。家電や住宅設備(エアコン、照明、給湯機、太陽光発電など)と連携し、電力の消費量をリアルタイムで把握・制御することで、無駄なエネルギー使用を抑え、環境負荷の低減と光熱費の節約を実現する。また、再生可能エネルギーの導入や電力の自家消費を促進する役割も担っており、持続可能な社会の実現に貢献している。
(注2)DCリンクネットワーク
電力変換装置の内部で、複数の電力モジュール間を直流(DC)で接続するための電気的な通路、または配線構成を指す。主にインバータやコンバータなどの機器において、AC(交流)をDCに変換した後、そのDC電力を次の変換段階へ効率よく供給するための「中継地点」として機能する。また、DCリンクネットワークは複数の電力変換モジュールを統合する際の共通基盤としても利用され、モジュール間の電力のやり取りを効率化する。
(注3)多入力・多出力(MIMO:Multiple Input Multiple Output)
制御理論において、複数の入力信号と複数の出力信号を持つシステムを指す。これは、単一の入力と出力で構成されるSISO(Single Input Single Output)システムに対応した概念であり、複雑な物理現象や工業プロセス、エネルギーシステムなどの多変数制御において広く用いられている。MIMOシステムでは、各入力が複数の出力に影響を与えるため、入力と出力の相互作用(クロスカップリング)を考慮した制御設計が必要である。
(注4)一定電力負荷(CPL)
接続された機器が常に一定の電力を消費するように動作する負荷のことを指す。これは、電圧が変動しても消費電力が一定に保たれるよう制御される。特に電力電子機器(例:モータ、スイッチング電源、インバータ、充電器など)に多く見られ、電圧が低下するとより多くの電流を引き込む性質がある。このため、電力系統の安定性に影響を及ぼす可能性があり、スマートグリッドや分散型電源の設計において重要な考慮点となる。
(注5)負のインピーダンス特性
ある電気機器や回路が、通常とは逆の振る舞いを示す特性のこと。一般的な負荷では、電圧が上がると電流も増える(正のインピーダンス)という関係があるが、負のインピーダンス特性を持つ機器では、電圧が下がると電流が増えるという逆の挙動を示す。電流の増加によりさらに電圧が下がり動作不良を引き起こす場合がある。また、他の機器が電圧を上げようとする動きと相互作用することで振動が発生する可能性がある。
(注6)周波数応答解析(ボード線図)
制御システムや電子回路などの動的な振る舞いを、入力信号の周波数に対する出力の応答として評価する手法。特に、システムの安定性や応答特性を視覚的に把握するために用いられます。この解析で用いられる代表的な図がボード線図(Bode diagram)である。
(注7)Nyquist安定性解析
制御の安定性を評価するための周波数領域の解析手法。システムの開ループ周波数応答を複素平面上にプロットし、特定の条件(Nyquist安定性定理)を満たすかどうかでシステムの安定性を判断する。この解析は、特に高精度な制御が求められる産業機器や電力変換装置などにおいて、設計段階での安定性確認に不可欠である。ボード線図と並び、制御理論の基礎を支える重要な手法である。
(注8)ステップ応答試験
システムに急激な入力変化(ステップ信号)を加えた際に、出力がどのように変化するかを観察する試験方法。これにより、システムを詳細に評価することができる。制御システムの設計やチューニングにおいて、ステップ応答は非常に有用な指標であり、実機試験やシミュレーションの両方で広く活用されている。
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