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免疫システムの一部は昆虫のストライプ紋様形成に流用された?

投稿日:2017/07/21 更新日:2023/02/06
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発表者

藤原晴彦(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)

発表のポイント

◆幼虫体表にストライプ紋様が生じるカイコの突然変異体の原因遺伝子が、自然免疫などに 関与しているSpatzle(シュペッツレ)ファミリー遺伝子の一つ(Spz3)であることを発見した。
◆これまで未解明だったイモムシのストライプ紋様の形成のしくみが明らかになったことに 加え、自然免疫システムの一部が全く別の生命現象に
 流用された可能性が示された。
◆Spz3が昆虫体表のメラニン形成に関与していることが示されたが、ヒトにおいても皮膚 や毛髪のメラニン着色に関与するSpz関連遺伝子があるかに
 興味がもたれる。

発表概要

イモムシなどの昆虫体表のストライプ紋様は、捕食者への警告的なシグナルとして使われることが多いが、その形成機構はこれまで知られていなかった。東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤原晴彦教授らは、遺伝子の位置や機能を調べる手法を用いて、幼虫の各体節にストライプの模様が生じるカイコの突然変異体ゼブラ(虎蚕:とらこ)の原因遺伝子が、自然免疫などに関与しているSpatzle(シュペッツレ)ファミリー遺伝子の一つ(Spz3)であることを発見した。この成果は、イモムシのストライプ紋様の形成機構の一端を明らかにするだけでなく、自然免疫などに関わるとされていたSpatzleファミリーの遺伝子が、これまで想定されていなかった生命現象にも関与していることが初めて明らかにされた。今回の研究からSpz3遺伝子は昆虫体表のメラニン(注1)形成を制御していることが示されたが、ヒトにおけるSpz/Tollにも皮膚や髪のメラニン着色などに関与しているものがあるかに興味がもたれる。

 

発表内容

 約400年前の中国・明代末期にはその存在が知られていたカイコの突然変異体ゼブラ(虎蚕)は、幼虫の各体節の4分の1ほどが黒く着色する(図1)。このような横縞のストライプ紋様は多くのイモムシ(図1)に見られ、捕食への警告的なシグナルとして使われることが多いが、それがどのような分子機構で作られているかはこれまでほとんど知られていなかった。東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤原晴彦教授らは、九州大学(Silkworm National BioResource Project)、農業生物資源研究所と共同で、ゼブラの原因遺伝子が自然免疫などに関与しているSpatzle(シュペッツレ:Spzと略す)ファミリー遺伝子の一つ(Spz3)であることを発見した。
 藤原教授らは、まず連鎖解析(注2)という手法を用いてゼブラの原因となる遺伝子領域を第3染色体の60kbほどの範囲に限定し、その領域に3つの候補遺伝子があることを見出した。次に、エレクトロポレーション法(注3)を利用してsiRNA(注4)を昆虫体表の細胞に導入して、3つの候補遺伝子の発現をRNA干渉(RNAi)によってそれぞれ抑制したところ、候補遺伝子の一つSpz3のsiRNAでのみストライプ紋様が消失した。この結果は、Spz3がゼブラの原因遺伝子であることを強く示唆した。さらに、Spz3遺伝子を紋様のない体表部位で発現させると、遺伝子を導入した場所で黒い着色が観察された。カイコの幼虫の黒い紋様はメラニンという色素からできていることから、Spz3によってメラニンの合成が誘導されたと考えられた。一方、ゼブラとは異なる、全身に太く黒いストライプ紋様が見られる黒縞という別の変異体でSpz3の発現を抑制するとやはり紋様が消失した。これらの実験から、Spz3は幼虫の体表でメラニン形成を誘導して紋様を作るはたらきをしていることがわかった。
 Spatzleは、Toll(トル)という受容体タンパク質のリガンド(注5)であることが知られている。Tollはショウジョウバエの胚発生で背側と腹側の決定に関わる遺伝子として同定されたが、その後フランスのHoffmann博士らにより自然免疫(注6)にも関わっていることが判明した。博士らは2011年にノーベル医学生理学賞を受賞している。昆虫などでは、バクテリアや菌が感染するとSpzの発現が誘導され、Spzを受容したTollがさらに下流の遺伝子群を活性化し、最終的に抗菌ペプチドの産生などの免疫応答を引き起こす。SpzとTollはこのような自然免疫のシグナル経路の中心的な因子と考えられている。SpzとTollには多数の関連した遺伝子(ファミリー遺伝子)が知られているが、Toll(Toll1)とSpz(Spz1)以外で明確な機能がわかっているものは少なく、またそれらが動物体表の紋様形成へ関与しているという報告はこれまでなかった。藤原教授らは11種類のToll受容体についてカイコ幼虫の紋様形成に関与するかを調べたところ、Toll8という遺伝子の発現を抑制すると紋様が消失することを見出した。この結果は、Spz3をToll8が受容し、メラニンの形成を誘導していることを示唆する。
 自然免疫では、バクテリアの細胞壁成分などで誘導されたフェノールオキシダーゼ(注7)がメラニン形成を誘導することが知られているが、Tollの経路が直接メラニン形成に関わっている証拠はこれまで示されていなかった。一方、Spz3とToll8がメラニン形成に直接関与しているという今回の結果は、自然免疫のシステムが体表のメラニン形成に流用されるようになった可能性を示唆する(図2)。ヒト細胞にも多数のSpz/Toll関連遺伝子が存在することから、その一部が皮膚や毛髪のメラニン着色に関与している可能性も考えられる。もし、そのような遺伝子が将来見つかれば、白髪や日焼けの抑制や、皮膚がんの治療に役立つかもしれない。

 

図1.ストライプ紋様をもつイモムシ
(上)ゼブラ(虎蚕)。今回実験に使ったカイコの突然変異系統。各体節の前半部分が黒く着色している。
(下)キアゲハ。各体節にストライプ紋様が見られる。

 

図2従来から知られている自然免疫経路(左)と今回発見した昆虫体表の紋様形成(右)の比較 (左)昆虫などで知られている自然免疫経路の一つ。細菌や菌類の細胞壁成分(Peptidoglycanやbeta-1,3-glucan)をPGRPs, GNBPsといったタンパク質が認識すると下流のプロテアーゼ群が順次切断と活性化を繰り返し、最後にSpzが前駆体から切断されて活性化される。SpzがToll受容体に結合すると細胞内で下流のシグナル経路が活性化され、最終的に抗菌ペプチド(AMP)が産生される。 (右)カイコのゼブラ変異体の解析などで明らかにされた経路。Spz3が切断され活性化し、Toll8受容体に結合すると、下流のメラニン合成経路(Yellowと呼ばれるタンパク質の発現が誘導される)が活性化され、そこで昆虫体表が黒く着色し、紋様が形成される。

 

発表雑誌

雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of
America(米国科学アカデミー紀要)」published ahead of print July 17, 2017
論文タイトル:Toll ligand Spatzle3 controls melanization in the stripe pattern formation in
caterpillars.
著者: Yusuke KONDO , Shinichi YODA, Takayuki MIZOGUCHI, Toshiya ANDO, Junichi
YAMAGUCHI, Kimiko YAMAMOTO, Yutaka BANNO and Haruhiko FUJIWARA*
DOI番号:10.1073/pnas.1707896114
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2017/07/13/1707896114.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
教授 藤原 晴彦
TEL:04-7136-3659
E-MAIL:haruh@edu.k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)メラニン:様々な生物に含まれ、チロシン(アミノ酸の一つ)を原材料として生じる主に黒褐色の色素。

(注2)連鎖解析:染色体上の遺伝子の位置を遺伝学的に解析し、対象となる遺伝子座の原因遺伝子を同定する方法。

(注3)エレクトロポレーション法:細胞や組織に電気的なパルス刺激を与えて、遺伝子やRNAなどを導入する方法。

(注4)siRNA:RNA干渉と呼ばれる現象に関与している短い二本鎖RNAで、特定の遺伝子に対して設計されたsiRNAはその遺伝子発現を抑制する。

(注5)リガンド:特定の受容体タンパク質に特異的に結合する物質。(例)ホルモンなどのリガンドとそれと結合するホルモン受容体。

(注6)自然免疫:病原体や微生物の侵入を特定の受容体が感知し、最終的に抗菌ペプチド、補体などの抗菌分子を用いて微生物を排除する防御機構で、はば広い動物で見られる。

(注7)フェノールオキシダーゼ:フェノール類を酸化する酵素の一種で、チロシンからメラニンが合成される際に使われる。