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未熟な行動出力の感覚フィードバックを介した運動回路の自己構築

東京大学

発表のポイント

◆ ショウジョウバエの胚発生における筋収縮の体性感覚フィードバック(注1)が運動回路の発達に必須であることを初めて示しました。

◆ 感覚フィードバックの入力を受け、運動回路形成の核として働くような神経回路を同定しました。

◆「運動出力と感覚フィードバックにより回路を自己編成する」という発生のモデルを初めて提出することで、哺乳類も含めた動物の運動の発達機構の理解に大きく寄与すると期待されます。

発表概要

母親の体内で手足を動かす胎児のように、動物は子宮や卵の中にいる間に動き始めます。このような自発的な活動は、最初は局所的でぎくしゃくしたものですが、成長するにつれて、徐々に成体で見られるような協調的な運動パターンへと発達していきます。このような運動発達初期の自発的で未熟な活動は多くの動物で普遍的に見られるものですが、その意義については、これまでほとんど分かっていませんでした。

今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の曽祥孫澤学振特別研究員、駒野目ゆう子大学院生、能瀬聡直教授らの研究グループは、理化学研究所、英国のSt.Andrew大学との共同研究において、遺伝子操作によりショウジョウバエの体性感覚を担う神経細胞の機能を特異的に阻害することで、運動経験の感覚フィードバックが運動回路の発達に必須であることを初めて示しました。さらに、感覚フィードバックが働きかける神経回路を同定し、この神経回路が自発的な活動により感覚フィードバックを促すことを示しました。

以上の発見により、「運動回路の自発活動により自ら生む未熟な出力を体性感覚フィードバックにより繰り返し学習することで機能的な回路へ自己編成する」という回路発生のモデルを初めて提出しました(図1A)。このモデルの背景にある細胞、分子メカニズムは多くの動物種に保存されていることから、今回明らかにした運動発達の仕組みは種を越えた普遍的なものであると予想されます。

本研究成果は、10月18日付けで「Current Biology」にオンライン掲載されました。

発表内容

母親の体内で手足を動かすヒトの胎児のように、多くの動物は子宮や卵の中にいる発生期から運動を開始します。このような自発的で未熟な活動の意義について、「試行的に筋肉を動かし、その結果を体性感覚のフィードバックを通じて学習することで、適切な神経回路を発達させる」という仮説があります。しかし、発生中の個体において感覚フィードバックを特異的に阻害することや、運動中の神経活動を包括的にモニターすることの技術的困難さから、この仮説の検証は長い間手つかずでした。

一方、脳神経系の発生過程において最初に電気シナプス(注2)によって原初的な回路が構築されることが、哺乳類の大脳皮質をはじめ様々な脳領域で知られています。特に多くの動物種の運動回路の発達において、電気シナプスに駆動され散発的な自発活動を生む原初的な回路が、発生が進むにつれ協調的な活動を生む完成回路へと編成されることが観察されていますが、その意義と制御機構についてはよく分かっていませんでした。

本研究では、運動制御、回路発達の諸要素を遺伝学的に解剖可能なショウジョウバエの胚・幼虫をモデルとして研究を行いました。研究チームは、まずカルシウムイメージングと呼ばれる神経活動を可視化する手法を用いて胚発生過程における中枢パターン生成回路(Central Pattern Generator、以下CPGと略す;注3)の活動パターンの変遷を観察しました。その結果、回路発生の前期においては、中枢神経系内において散発的な活動のみが生じますが、発生が進むにつれ、いくつかの神経節が同期活動しはじめ、徐々に孵化後の幼虫で見られるような神経節の全体に伝わる統制のとれた活動の波へと発達することがわかりました。

次に、運動出力により活性化される体性感覚フィードバックがこの発達過程において果たす役割を調べるため、体性感覚を特異的に阻害する変異体を利用し、同じくCPGの活動パターンを調べたところ、変異体では運動パターンに対応する定型的な神経活動が全く起こらないことを見出しました(図1C)。この結果は、感覚フィードバックが中枢の運動回路の発達において決定的な役割を果たすことをはじめて示すものです。

さらに細胞特異的なカルシウムイメージング、電気生理学、活動阻害実験などを用いて、感覚フィードバックが働きかけ、CPG形成の核として働くような電気シナプス依存性神経回路M/A27hを同定しました(図1A)。この神経回路は脊髄(ショウジョウバエのような無脊椎動物では腹部神経節とよぶ)の各神経節に存在する2対の神経細胞(A27hおよびM細胞)からなり、電気シナプスで神経節間をつなぎ運動神経細胞(注4)を順番に活性化するような構造をもちます。感覚フィードバックが欠如するとM/A27h回路内の電気シナプスが形成されず、また神経活動がなくなることから、この回路の機能発現は運動経験に依存することが示されました。

また、M/A27h回路は運動発達の最も早い時期からIP3シグナリング(注5)依存的な自発活動を示しました。この自発活動を阻害すると胚の自発的筋収縮が損なわれることから(図1B)、M/A27h回路は自発活動により筋収縮を誘導し、その結果起こるフィードバックにより電気シナプスを誘導することで自身を再編成するという自己構築の仕組みが明らかになりました(図1A)。

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図1. 本研究により提示しているモデル。

A:ショウジョウバエの胚発生において、電気シナプスにより繋がるM/A27h回路が自発活動を生成し筋収縮を促す。その結果、体性感覚神経系が活性化され、中枢パータン生成回路にフィードバックする。運動出力と感覚フィードバックにより繰り返し学習することで散発的な神経活動から協調的な活動へと自律的に発達する。

B:M/A27h回路の自発活動を阻害すると自発的な筋収縮が大きく損なわれた。

C:体性感覚が欠如した変異体において運動を生む協調的な神経活動が全く生成されなかった。

さらにM/A27h回路内の自発活動や電気シナプスを阻害すると幼虫のぜん動運動に重篤な障害が生じることから、この回路の活動が運動回路の形成に必須の役割を果たすことも示されました。以上の結果から、M/A27h回路は体性感覚フィードバックを介して運動出力の経験を参照しながら自己構築することでCPG形成の中核となるというモデルが得られました。

本研究は「自発活動により自ら生む未熟な運動の結果を体性感覚フィードバックにより学習することで機能的な回路を自己編成する」という運動回路の発達のモデルを初めて提出するもので、極めて独創性に富むものです。「自発活動と感覚入力との相互作用」や「電気シナプスから化学シナプスへの神経回路再編成」は多くの動物種に見いだされる現象であり、また、今回明らかにした分子・細胞メカニズムは種を越えて保存されたものです。したがって霊長類やげっ歯類を含めた高等動物にも共通し、普遍的な制御原理の理解に大きく寄与するものであると考えられます。

発表雑誌

雑誌名:「Current Biology」(オンライン版:10月18日版)

論文タイトル:An electrically coupled pioneer circuit enables motor development via proprioceptive feedback in Drosophila embryos

著者:Xiangsunze Zeng, Yuko, Komanome, Tappei Kawasaki, Kengo Inada, Julius Jonaitis, Stefan R. Pulver, Hokto Kazama, and Akinao Nose

DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.10.005

発表者

曽 祥孫澤(日本学術振興会特別研究員PD)

駒野目 ゆう子(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 修士課程2年)

能瀬 聡直(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 教授)

用語解説

(注1)体性感覚フィードバック

筋や腱などの伸張に応じて起こる内部の状態変化を検知し、情報を中枢神経系にフィードバックすること。

(注2)電気シナプス

細胞間がイオンなどを通過させる分子で接着され、細胞間に直接イオン電流が流れることによって細胞間のシグナル伝達が行われるシナプスのことを指す。

(注3)中枢パターン生成回路/Central Pattern Generator

中枢パターン生成器とは、脊髄において外部からの入力なしにリズミックな運動出力パターンを生成する回路である。

(注4)運動神経細胞

筋肉細胞にシナプス接続して、筋収縮を直接制御する神経細胞。

(注5)IP3シグナリング

細胞内のシグナル伝達物質の一つ。その主な作用として、小胞体の膜にあるIP3受容体に結合、活性化し、小胞体に蓄積しているカルシウムイオンを放出させる。

関連研究室

能瀬研究室

記事掲載情報

科学新聞(11/5)

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