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微小な磁気渦の内部変形が引き起こす渦の配列変化

発表のポイント

◆磁気スキルミオンと呼ばれる微小な磁気渦のコア部分の直径の変化に伴って、多数の磁気スキルミオンの整列パターンが突然変化することを発見しました。

◆磁気スキルミオンの最安定な配列構造は、磁気スキルミオンの内部変形の自由度と密接に関連していることを見いだしました。

◆トポロジカル欠陥の内部自由度を活用した物性制御や機能開拓に向けた研究が広く展開されることが期待されます。

発表概要

 次世代メモリの情報担体(注1)の候補として注目されている磁気スキルミオン(注2)は、数十ナノメートル(nm1nm10億分の1メートル)程度の渦状の磁気構造体です。磁気スキルミオンはトポロジカル欠陥(注3)の一種であり、一度生成されると安定に存在でき、孤立した粒子として扱えることが知られています。これまで磁気スキルミオンは主に三角格子を組んだ状態で観測されてきましたが、最近では試料を急速に冷却すると、準安定状態(注4)として磁気スキルミオンを安定化できる温度・磁場範囲が拡大し、スキルミオンの三角格子から正方格子へと配列パターンが変化するという報告がなされています。しかし、この配列変化の起源は明らかになっていません。

東京大学大学院工学系研究科の高木里奈助教、関真一郎准教授らを中心とする研究グループは、理化学研究所、物質・材料研究機構、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、高輝度光科学研究センターとの共同研究のもと、磁気スキルミオンの三角格子が正方格子へ配列変化する様子を実験と理論の両面から詳細に調べることで、磁気スキルミオンのコア部分の直径の変化が配列変化の起源となっていることを見いだしました。

今回の発見は、磁気スキルミオンのように内部変形の自由度を持つトポロジカル欠陥の集合体がつくる秩序構造を外場制御できる可能性を示唆しており、トポロジカル欠陥が示す新しい物性・現象の開拓につながることが期待されます。

本研究成果は、20201111(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)(JPMJPR177A, JPMJPR18L5)、同戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(JPMJCR1874)、文部科学省光量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0120184122)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A18H03685, 20H00349)、基盤研究B(19H04399)および若手研究A16H05990)、光科学技術研究振興財団、旭硝子財団、村田学術振興財団の支援を受けて、KEK 物質構造科学研究所 放射光実験施設共同利用実験課題(2015S2-007, 2018S2-006)のもとで実施しました。

発表内容

研究の背景

 エネルギー問題を始めとする社会的課題の解決と持続的な経済発展の両立に向けて、情報技術をあらゆる産業や社会生活に活用する動きが広がっています。こうした社会の実現に向け、メモリ技術の発展は最重要課題の一つです。近年、次世代メモリの情報担体の候補として、磁気スキルミオンと呼ばれる磁気構造体が注目されています(図1)。磁気スキルミオンは、固体中の電子スピンによって形成される数十ナノメートル程度の渦状の磁気構造です。磁気スキルミオンはトポロジカル欠陥の一種であり、連続変形によって強磁性状態に変化できないことから一度生成されると安定に存在することができ、孤立した粒子として扱えることが知られています。

これまで磁気スキルミオンは主にキラル(注5)な結晶構造を持つ物質において、三角格子を組んだ状態として観測されてきました。磁気スキルミオン格子が安定に存在できるのは磁気秩序温度直下の温度・磁場領域に限られるとされていましたが、最近では試料を急速に冷却することで準安定状態として磁気スキルミオンを安定化できる温度・磁場領域を拡大できることが報告されました。さらに、このような準安定状態では、磁気スキルミオン格子の構造変化が観測されていましたが、構造変化が起こる過程やメカニズムは明らかにされていませんでした。

研究内容

 本研究グループは、磁気スキルミオン格子を生じることが知られているキラル磁性体Cu2OSeO3において、磁気スキルミオン格子の構造が変化する過程を詳しく調べました。まず、Cu2OSeO3の結晶を厚さ800ナノメートルに薄くした試料を作製し、KEK フォトンファクトリーのビームライン(BL-16A)において、軟エックス線を用いた散乱実験を行いました。その結果、試料に外部から作用させる磁場の符号と大きさを変えることで、準安定状態として発現した磁気スキルミオンの三角格子が正方格子へと配列変化することを観測しました(図2)。また、散乱実験データの詳細な解析を行い、磁気スキルミオンの配列変化に先立って、磁気スキルミオンのコア部分の直径が変化していることを見いだしました。

次に、磁気スキルミオンの配列変化の起源を調べるため、電子スピンの運動を記述する式を用いて、磁気構造の計算機シミュレーションを行いました。その結果、外部から与える磁場の符号と大きさを変えていくと磁気スキルミオンの配列変化が起きるという、実験結果をよく再現する結果が得られました(図3)。さらに、磁気スキルミオンの配列変化に向けて磁気スキルミオンのコア部分の直径が変化しており、それに伴って隣接する磁気スキルミオンとの境界領域のエネルギー利得が変化していることを明らかにしました。磁気スキルミオンは粒子として扱える一方、内部構造の自由度を持っており、磁気スキルミオン内部の変形が磁気スキルミオン格子の構造変化を引き起こす鍵となっていることが強く示唆されます。

社会的意義・今後の展望

 磁気スキルミオンのようなトポロジカル欠陥は連続体における空間的な特異点としてさまざまな物質中に存在し、新奇な物性・現象の起源となることで近年注目を集めています。今回明らかにしたように、内部変形の自由度を通してトポロジカル欠陥の結晶化やその構造変化を外場制御することで新しい物性・現象の開拓につながることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Particle-size dependent structural transformation of skyrmion lattice

著者:R. Takagi*, Y. Yamasaki, T. Yokouchi, V. Ukleev, Y. Yokoyama, H. Nakao, T. Arima, Y. Tokura, S. Seki

DOI番号:10.1038/s41467-020-19480-8

発表者

高木  里奈

(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構・物理工学専攻 助教/研究当時:理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員)

山崎  裕一

(物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門 デバイス材料設計グループ 主任研究員/科学技術振興機構 さきがけ研究者)

ビクター ウクレーフ

(ポール・シェラー研究所 研究員/研究当時:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関量子構造研究チーム 特別研究員)

横山  優一

(高輝度光科学研究センター 分光・イメージング推進室 博士研究員)

中尾  裕則

(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 准教授)

有馬  孝尚

(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授/理化学研究所創発物性科学研究センター 強相関量子構造研究チーム チームリーダー)

十倉  好紀

(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ 卓越教授)

関  真一郎

(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構・物理工学専攻 准教授/科学技術振興機構 さきがけ研究者)

用語解説 

(注1)情報担体

記録媒体等において、情報の書き込みや読み出し、保持ができる構造や状態を「情報担体」と呼びます。

(注2)磁気スキルミオン、磁気スキルミオン格子

物質中には数多くの電子が存在しており、小さな磁石としての性質(磁気モーメント)を持っています。電子の磁石の向きが一方向に揃った物質が通常の磁石(強磁性体)です。一方、固体中の電子の持つ磁気モーメントが渦状に配列することがあり、この渦状の磁気構造体を「磁気スキルミオン」と呼びます。また、多数の磁気スキルミオンが規則正しく並んだ状態を「スキルミオン格子」と呼びます。

(注3)トポロジカル欠陥

トポロジーとは、物に開いた穴の数のように、伸長・縮小のような連続的な変形では変わらない性質、および、そのような性質を扱う数学の分野のことです。連続的な変形によって取り除くことができない構造のことを「トポロジカル欠陥」と呼んでいます。

(注4)準安定状態

ある温度、磁場などの環境下において、最も安定な状態を安定状態と呼びます。これに対し、安定状態ではないものの、あたかも安定であるかのように長い時間存在し続けられる状態を「準安定状態」と呼びます。準安定状態の代表例としてはガラス状態や室温・大気圧におけるダイヤモンドなどがあります。

(注5)キラル

右掌と左掌の関係のように、鏡に映して得られる構造が、元の自分自身の構造と重ならない結晶構造を「キラル」な結晶構造と呼びます。

添付資料

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図1:スキルミオンおよびスキルミオン格子の模式図

(a)一つの磁気スキルミオンの模式図。各矢印は磁気スキルミオン内の磁気モーメントの向きを示している。外側の磁気モーメントは黒矢印で示した外部磁場と同じ向きを向くが、中心の磁気モーメントは反対を向く。外部磁場に対して、赤矢印が0°、緑矢印が90°、青矢印が180°傾いている。(b)磁気スキルミオン三角格子の模式図。(c)磁気スキルミオン四角格子の模式図。

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図2:Cu2OSeO3の準安定状態図と軟エックス線散乱パターン

(a)黒線で示すように磁気スキルミオン三角格子の安定相(緑色の領域)を通って磁場中冷却すると、三角格子が準安定相として赤色の領域において観測される。さらに青色の領域では磁気スキルミオン正方格子の準安定相が出現する。(b)温度20ケルビン、外部磁場60ミリテスラのもとでは6つのスポットが観測され、磁気スキルミオン三角格子が準安定状態として存在していることがわかる。(c) さらに温度を20ケルビンで固定したまま外部磁場の向きを反転させてマイナス40ミリテスラに変化させると6つのスポットが4つのスポットに変形し、正方格子へと配列変化したことがわかる。

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図3:計算機シミュレーションによって得られた磁気構造

背景色は、電子が持つ磁気モーメントの紙面垂直成分の向きを表しており、赤い部分で手前側、青い部分で向こう側を向いている。手前向きに印加した磁場を弱くしてゼロとしたのちに、向こう向きに反転させて強くしていくと、磁気スキルミオンの形状が変化していくとともに、三角格子 (a-c)から正方格子(d)へと配列が変化する様子を示している。