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世界最速トランジスタを実現 ― 短チャネルと高移動度を両立する微細加工技術を開発 ―

投稿日:2020/02/06
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発表のポイント

◆ 半導体集積デバイスの応答周波数は、論理演算のコアであるトランジスタの移動度とそのチャネル長に依存します。これまで、有機トランジスタにおいては、高移動度と短チャネル化を両立することは困難でした。

◆ 今回、有機半導体単結晶薄膜の直上でチャネル長1マイクロメートルの微細加工手法を開発し、有機トランジスタの応答周波数として世界最速の38 MHzを達成し、超短波帯 (VHF帯: 30 ? 300 MHz)で応答する有機トランジスタを世界で初めて実証しました。

◆ 超短波帯は、FMラジオ放送やアマチュア無線などの電波として利用されています。将来、超短波帯を利用した長距離無線通信が可能な有機集積回路の実現が期待されます。

 

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の共同研究グループは、有機半導体単結晶の薄膜上でチャネル長(注2)1マイクロメートルスケールの微細加工手法を新たに開発しました。その結果、10 cm2/Vsの高移動度(注3)と短チャネル化を同時に達成したことで、同研究グループがこれまでに有していた世界記録を2倍程度更新し、世界最速となる38 MHzの遮断周波数(注4)を達成しました。また、この有機トランジスタは、交流信号を直流信号に変換する整流性(注5)を有しており、100 MHzでもその整流性が失われないことを実証しました。近年、世界中で有機トランジスタの高速化が進められている中、同研究グループは超短波帯(注6)で動作する有機トランジスタの開発に世界で初めて成功しました。

本研究成果は、独国科学雑誌「Advanced Functional Materials」2020年2月5日版に掲載されました。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス」「有機単結晶半導体を用いたスピントランジスタの実現」(研究代表者:竹谷 純一)の一環として行われました。

 

発表者

山村  祥史(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程3年生)

渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授/

       産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)

竹谷  純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/

       マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/
       産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/

       物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))

 

発表内容

[研究の背景・先行研究における問題点]

有機半導体は、有機溶媒に溶かしたインクから印刷プロセスを用いて柔軟性のあるデバイスを作製できることから、次世代半導体材料として期待されています。本研究グループではこれまでに、厚さわずか数分子層(10ナノメートル程度)からなる有機半導体単結晶超薄膜を大面積で塗布可能な印刷手法を開発しました(J. Takeya, et al., Science Advances 2018 /info/entry/22_entry625/Scientific Reports 2019 /info/entry/22_entry777/)。このような高品質の有機単結晶薄膜では、10 cm2/Vsを超える高い移動度が実現されており、有機トランジスタの高速化に極めて有望でした。

半導体集積デバイスの応答周波数は、論理演算を担うトランジスタの移動度とそのチャネル長に依存します。微細加工手法として、フォトレジストを用いたリソグラフィ(注7)が広く使用されていますが、多くのフォトレジストは有機半導体薄膜にダメージを与えることが知られており、有機トランジスタにおいては、リソグラフィによる高移動度と短チャネル化を両立することは困難でした。

 

[研究の内容]

今回、本グループは有機半導体単結晶の薄膜上にフッ素系高分子膜を薄くコーティングすることで、有機半導体でのダメージフリーリソグラフィ手法を新たに開発し、1マイクロメートルスケールの微細加工を達成しました(図1)。10 cm2/Vsの高移動度と短チャネル化を同時に達成したことで、同研究グループがこれまでに有していた遮断周波数の世界記録を2倍程度更新し、世界最速となる38 MHzを達成しました。一方、この有機トランジスタにおいて、交流信号を直流信号に変換する整流性を調べた結果、100 MHzでもその整流性が失われないことを実証しました(図2)。

 

[社会的意義]

近年、世界中で有機トランジスタの高速化が進められている中、同研究グループは超短波帯で動作する有機トランジスタの開発に世界で初めて成功しました。これは物流管理などに広く用いられているRFIDタグの通信周波数である13.56 MHzより十分に大きな値であることから、今回作製したデバイスは、無線タグの給電に十分応用可能なレベルに達しているといえます。さらに、超短波帯は、FMラジオ放送やアマチュア無線などの電波として利用されています。将来、応答周波数がさらに増加することで、超短波帯を利用した長距離無線通信が可能な有機集積回路の実現が期待されます。簡便な印刷プロセスで量産できることから、今後のIoT社会を担う物流管理に用いられる低コストの無線タグや、電磁波から電力を供給する無線給電システムへの幅広い展開が考えられます。

 

発表雑誌

雑誌名:「Advanced Functional Materials」(オンライン版:2月5日)

論文タイトル:High-Speed Organic Single-Crystal Transistor Responding to Very High Frequency  Band

著者:Akifumi Yamamura, Takaaki Sakon, Kayo Takahira, Takahiro Wakimoto, Mari Sasaki, Toshihiro Okamoto, Shun Watanabe*, and Jun Takeya*

DOI番号:10.1002/adfm.201909501

 

用語解説

(注1) 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ:平成28年6月1日、東大柏キャンパス内に設置した産総研と東大の研究拠点。相互のシーズ技術を合わせ、産学官ネットワークの構築による「橋渡し」につながる目的基礎研究の強化や、先端オペランド計測技術を活用した生体機能性材料、新素材、革新デバイスなどの産業化・実用化のための研究開発を行っている。

 

 

(注2) チャネル長:トランジスタに電流が流れる経路であり、ソース電極とドレイン電極の間の距離として定義される。

 

(注3) 移動度:電場により電荷が移動する際の移動しやすさを表す量。IoTデバイスの動作には10cm2/Vs以上の移動度が望ましい。

 

(注4) 遮断周波数:トランジスタは入力信号をある係数を持って増幅し、出力する機能を有する。その増幅が得られなくなる周波数を遮断周波数と定義する。

 

(注5) 整流性:トランジスタをダイオードのように動作させることで、交流信号を直流信号に変換する整流素子のように使用することが可能である。

 

(注6) 超短波帯:Very High Frequency (VHF)帯とも呼ばれ、30 ? 300 MHzの周波数の電波を指す。VHF帯は、FMラジオ放送やアマチュア無線、かつての地上アナログ放送に利用されていた帯域である。

 

(注7) フォトレジスト・リソグラフィ:感光性の物質(フォトレジスト)を薄くコーティングし、その表面にパターンを露光することで、露光部と非露光部のパターンを作製する技術。フォトレジストを現像・リンスする際の溶剤は、有機半導体との反応性が懸念されていた。

 

添付資料

図1 (a)開発したダメージフリーリソグラフィ手法。有機半導体の直上にフッ素系ポリマーコーティングを施すことで、フォトレジストによるダメージを極小化できる。(b)(c)作製した有機トランジスタの模式図と顕微鏡像。

 

図2 作製した有機トランジスタの応答特性。(a) 入力電流に対する出力電流の増幅率の周波数依存性。増幅率が得られなくなる周波数を遮断周波数と定義する。(b)入力電圧信号と出力電圧信号。100 MHzの交流入力信号を直流出力信号に変換できた。