お知らせ

研究成果

RNAiの仕組みに1分子観察で迫る ~複合体RISCが標的RNAを素早く正確に切る仕組み~

投稿日:2015/07/03
  • ニュース
  • 研究成果
  • 記者発表

  

 

発表者

姚 春艶 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 研究員(当時)、現・中国第三軍医大学 准教授)
佐々木 浩 (東京大学分子細胞生物学研究所 助教)
上田 卓也 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
泊 幸秀  (東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
多田隈 尚史  (京都大学物質細胞統合システム拠点 特定研究員)

発表のポイント

◆小さなRNA(注1)が特定のタンパク質の合成を抑えるRNAi(注2)という現象は、医療への応用が期待されていますが、従来は、RNAiが作用している様子を観察することができず、詳細な分子機構は不明でした。
◆今回、小さなRNAとタンパク質の複合体が標的RNAを切断してRNAiを引き起こす過程を分子1個のレベルでリアルタイムに観察し、その詳細な仕組みを明らかにしました。
◆本研究成果により、例えば病気の原因となるタンパク質の産生を抑えることで遺伝子治療を行うなど、RNAiを応用した次世代医薬品の開発を加速することが期待されます。

発表概要

小さなRNAが特定のタンパク質の合成を抑えるRNAiという現象は、遺伝子のはたらきを調べる方法として、生物学実験に幅広く利用されています。RNAiは、小さなRNAとアルゴノート(注3)と呼ばれるタンパク質からなる複合体RISC(注4)が、標的RNAに結合し切断することで引き起こされます。しかし、RISCがどのように切断しているかについては、これまで詳しく調べる方法がなく謎に包まれていました。
今回、東京大学の上田卓也教授、泊幸秀教授、京都大学の多田隈尚史特定研究員らの研究チームは、東京大学の姚春艶研究員(研究当時)、佐々木浩助教らと、1分子イメージング技術(注5)を用いて、RISCが標的RNAを切断する過程を分子1個のレベルで観察することに、初めて成功しました。これは、RISCが標的を切断する仕組みを解き明かす画期的な研究成果であるとともに、現在進められているRNAiを利用した次世代医薬品(注6)の開発など、RNAiのさらなる応用を加速することが期待されます。
(本論文掲載号では、今回の研究成果を図案化した表紙デザインが採用される予定です)

発表内容

RNAiとは、小さなRNAが標的とするメッセンジャーRNAの切断を引き起こし、特定のタンパク質の合成を抑えるという生命現象です。RNAiは、人工的に合成した小さなRNAやその前駆体を外部から細胞へ導入することで引き起こすことができるため、遺伝子のはたらきを調べる方法として生物学実験に幅広く利用されています。
RNAiは、小さなRNA1本鎖とアルゴノートと呼ばれるタンパク質からなる複合体RISCが、正しい標的を認識し切断することで引き起こされます。これまでの研究からRISCが“どのような”標的を切断するのかに関しては詳しく分かってきましたが、“どのように”切断するのかは詳しく調べる方法はなく、謎に包まれていました。
今回、東京大学の上田卓也教授、泊幸秀教授、京都大学の多田隈尚史特定研究員らの研究チームは、東京大学の姚春艶研究員(研究当時)、佐々木浩助教らと、モデル生物であるショウジョウバエを用いて、RISCに取り込まれる小さなRNAに蛍光分子(注7)で目印をつけ、1分子イメージング技術を用いることで、RISCが標的を切断する過程を分子1個のレベルでリアルタイムで観察することに、初めて成功しました(図1)。その結果、これまではとらえることができなかったRISCが標的を切断する詳細な過程が分子レベルで明らかになりました。RISCは標的を素早く、正確に切断する必要がありますが、この2つは通常は相反する性質です。これまでの生化学的、結晶構造学的知見から、RISCに内包する小さなRNA1本鎖が2つの部分(“シード”部分と“その他”部分)に分かれており、役割分担することで素早さと正確さを両立している事が示唆されていましたが、直接的な証拠に欠けていました。本研究では、リアルタイムに標的切断過程を観察することで、RISCはまず“シード”部分で素早く標的に結合し、その後、標的が正しいかどうかを“その他”部分で検証していること(校正機能)が直接的に観察されました。一方で標的切断後は2つの部分は明瞭な役割分担はなく、切断され2つに分断された標的はランダムに放出されることが明らかになりました(図2)。これらの結果は、RISCによる標的切断の仕組みを解明し、RNAiの分子メカニズムを詳細に明らかにした画期的な研究成果です。本論文が掲載されるMolecular Cell誌には、今回の研究成果を図案化した表紙デザインが採用される予定であり、本論文の研究成果が高く評価された結果と言えます。さらに研究の波及効果として、現在進められているRNAiを利用した次世代医薬品の開発など、RNAiのさらなる応用を加速することが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Molecular Cell(掲載:7月2日)
論文タイトル:Single-molecule analysis of the target cleavage reaction by Drosophila RNAi enzyme complex
著者:Chunyan Yao, Hiroshi M Sasaki, Takuya Ueda, Yukihide Tomari* and Hisashi Tadakuma*
(*責任著者)

DOI番号:10.1016/j.molcel.2015.05.015
論文へのリンク(掲載誌
この研究を行った研究チームのメンバーは以下の通りです。
姚 春艶 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 研究員(当時)/現・中国第三軍医大学准教授) 、佐々木 浩 (東京大学分子細胞生物学研究所 助教) 、上田 卓也 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)、泊 幸秀(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)、多田隈 尚史(京都大学物質細胞統合システム拠点 特定研究員)

問い合わせ先

東京大学 分子細胞生物学研究所
教授 泊 幸秀(とまり ゆきひで)
TEL: 03-5841-7839 FAX: 03-5841-8485
E-mail: tomari@iam.u-tokyo.ac.jp

京都大学 物質-細胞統合システム拠点
特定研究員 多田隈 尚史(ただくま ひさし)
TEL: 075-753-9842 FAX: 075-753-9820
E-mail: tadakuma.hisashi.8s@kyoto-u.ac.jp

用語解説

注1「RNA」
Ribonucleic acidの略で、リボ核酸とも表記されます。一般的に良く知られているメッセンジャーRNA(mRNA)は、DNAがもつ遺伝情報を写し取ったものであり、タンパク質を作るための設計図として働きます。一方、小さなRNAはタンパク質の設計図としては働かず、別の機能を果たしています。

注2「RNAi」
RNA interferenceの略で、RNA干渉とも表記されます。1998年に線虫で発見されて以来、現在までにヒトを含む様々な真核生物でRNAiが起きることがわかっています。RNAiの発見と応用が生物学の進歩に与えた影響は高く評価されており、発見者のアンドリュー・ファイアー博士とクレイグ・メロー博士には、2006年にノーベル生理学医学賞が授与されました。

注3「アルゴノート」
Argonaute。RISCの中核を担うタンパク質であり、内部にRNA1本鎖を取り込んだ形で機能します。アルゴノートは、細菌からヒトに至るまで幅広い生物がもっています。

注4「RISC」
読み方は「リスク」。RNA-induced silencing complexの略。アルゴノートとRNA1本鎖によって構成される核酸タンパク質複合体を指しています。

注5「1分子イメージング技術」
分子1個だけを選択的に可視化し、観察する技術。今回の実験では、全反射蛍光顕微鏡という特殊な顕微鏡を用い、アルゴノートに、蛍光分子で目印をつけたRNA鎖を内包させることで蛍光標識されたRISCを形成し、また、ガラス基板上に蛍光標識した標的を固定化することで、1分子のRISCが1分子の標的RNAを認識し切断する過程を観察しました。

注6「RNAiを利用した次世代医薬品」
人工的な短いRNAによって引き起こされるRNAiを用いて、病気にかかわる遺伝子の働きを抑えることで、病気を治療しようとする研究が世界各地で進められています。こうした人工RNAをRNAi医薬品と呼びます。従来型の薬では対応できなかった病気の画期的な治療薬を開発できる可能性がある一方で、細胞内部に人工RNAを送り込むことが技術的に困難であり、ブレイクスルーが望まれています。

注7「蛍光分子」
ある特定の波長の光(励起光)を吸収し、その光よりも長い波長の光(蛍光)を放出する分子を蛍光分子と呼びます。蛍光分子を使って目印をつけることで、タンパク質やDNA、RNAなど細胞を作る部品の位置や動きについて、顕微鏡を用いて調べることができるようになります。今回の実験では、RISCに内包される小さなRNA鎖と、標的RNA鎖のそれぞれの末端に、2種類の異なる蛍光分子を化学的に結合させることで、RISCによる標的切断の振る舞いを観察しました。

添付資料

図1「RISCが標的切断する過程の1分子観察」

まず、顕微鏡観察用のスライドガラスの上に、蛍光標識した標的RNA鎖を固定しました。次に、内包する小さなRNA鎖に蛍光色素をつけたRISCを加えました(図1上)。こうして、スライドガラス上でRISCが標的RNA鎖を切断し、切断断片を放出する過程を、特殊な顕微鏡を用いて1分子レベルでリアルタイム観察しました(図1下。実際の蛍光顕微鏡画像の一部で、オレンジ色の山1個1個が標的RNA鎖1本1本に相当します。左側は観察開始時の画像で、右側が約6分後の画像です。6分間の間に破線の丸で囲った5つの分子が切断され、画面から消えています。また、左図の矢印で示された標的RNA分子は、RISCがちょうど相互作用している状態であり、明るく光っています)。


図2「RISCは2つの領域を巧みに使い分けている」

RISCは標的を素早く、正確に切断する必要がありますが、この2つは相反する性質です。これまでの生化学的、結晶構造学的知見から、RISCに内包する小さなRNA1本鎖が2つの部分(“シード”部分と“その他”部分)に分かれており、役割分担をしている事が示唆されていましたが、直接的な証拠に欠けていました。本研究では、リアルタイムに標的切断過程を観察することで、RISCはまず“シード”部分で素早く標的に結合し、その後、標的が正しいかどうかを“その他”部分で検証していること(校正機能)が直接的に観察されました。一方で標的切断後は2つの部分は明瞭な役割分担はなく、切断され2つに分断された標的は熱力学的安定性に基づいてランダムに放出されることが明らかになりました。

 

UTokyo Research
見えてきたRNAiの作用機構
複合体「RISC」が標的RNAを正確に切って放出するしくみを1分子レベルで解明