放射光科学 井上伊知郎特任准教授研究室
Ichiro Inoue
研究内容の紹介
放射光とは、加速する電子が放つ電磁波のことを指します。ギガエレクトロンボルト級の高エネルギー電子ビームを、数メートルにも及ぶ巨大な磁石で曲げることで、実験室X線の10億倍以上の非常に明るい放射光X線ビームを生み出すことができます。私たちの研究室では、電子加速器技術やX線光学技術の研究を通じて、より明るく、より時間幅の短い放射光X線の生成に取り組んでいます。そのようなX線を駆使することで、これまで観測することができなかった物質の構造や電子状態を明らかにする–すなわち、放射光技術を切り拓くことで「不可視」を「可視」へと変えることが、私たちの目標です。
例えば、X線ビームを10nm以下のサイズに集光する光学素子を開発し(図1)、この世界最高強度のX線ビームを用いて、単一分子からのX線散乱信号の検出に挑戦しています。また、X線照射によって電子状態が大きく変化したエキゾチックな物質状態を生成し(図2)、この物質を非線形光学素子として利用することでX線の特性(波長・コヒーレンス・時間幅など)の自在な制御を試みています。さらに最近では、米国やドイツのX線自由電子レーザー施設で生成されるアト秒の時間幅のX線パルスを活用し、物質が変化する前にその状態を瞬時に測定する「完全無損傷X線計測」の実現にも挑戦しています(図3)。

図1: X線レーザー光を7 nmのサイズに集光することで世界最高強度(10^²² W/cm^²)のX線パルスの生成
に成功した。

図2: X線を照射後のダイヤモンドの電子密度分布の変化。結晶構造を保ったまま、化学結合が消失したエキゾチックな物質の状態が実現されている。

図3: Linac Coherent Light Source (米国)での実験風景

井上特任准教授からのメッセージ
素晴らしい指導者との出会いを通して、「自分のオリジナルなアイディアで物作りをしたい」という希望を叶えることができた研究の道
現在は放射光の研究に従事していますが、振り返ってみると、これまでのさまざまな出会いが現在の道につながっていると感じます。小学生の頃は、生物の先生の影響で、植物や動物を観察するのが大好きな子どもでした。中学生のときには柔道部の大先輩にノーベル化学賞を受賞された野依良治先生がいらっしゃると知り、「自分もオリジナリティのあることを成し遂げたい」と思うようになって研究者という職業に興味を持つようになりました。大学では物理工学を専攻し、放射光科学の第一人者で、現在は高輝度光科学研究センター(SPring-8 やSACLA の利用支援を行う公益財団法人) の理事長を務めていらっしゃる雨宮慶幸先生の指導のもと、放射光施設で頻繁に実験を行っていました。大学院生のときに自分のアイディアが初めて論文として発表されたときの喜びは今でも鮮明に覚えています。当時考案した実験手法は、現在では世界中の放射光施設で用いられており、自分のキャリアの中でも大きな出来事となりました。人生のなかで、自分の時間を自由に使ってひとつのことに集中できる期間はそう多くありません。今は設備や経済的な支援が整ってきて、大学院生が研究に集中できる非常に恵まれた環境が整っています。この環境を最大限に活かして、ぜひ自分の情熱を注げることに思いきり取り組んでください。
キーワード
放射光、X線自由電子レーザー、超高速科学、非線形光学
プロフィール
2011年 東京大学工学部物理工学科卒
2013年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程修了
2016年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程修了
2016年 特定国立研究開発法人 理化学研究所 基礎科学特別研究員
2019年 特定国立研究開発法人 理化学研究所 研究員
2024年 科学技術振興機構 さきがけ研究員
2024年 ハンブルク大学実験物理学科 訪問研究員
2025年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 特任准教授
Synchrotron Radiation Research
「自分のオリジナルなアイディアで物作りをしたい」という希望を叶えることができた研究の道






679-5148
兵庫県佐用郡佐用町光都1−1−1
理化学研究所
放射光科学研究センター
井上伊知郎特任准教授研究室
050-3502-4899
inoue@spring8.or.jp
物質系専攻の目標
物質系専攻の目標は、未開拓な自由度を操ることができる舞台=“新物質”を開拓すること、その舞台から生み出される未知の現象を探索して優れた機能を引き出すこと、 また、その機構を解明すること、そして、それらの現象・機能の応用分野を開拓することで人類社会の発展に貢献することにあります。
物質系専攻
〒277-8561
千葉県柏市柏の葉5-1-5
東京大学柏キャンパス
新領域創成科学研究科
Mail:ams-office(at)ams.k.u-tokyo.ac.jp
(at) を @ にしてください。