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研究成果

アルツハイマー病マウスの学習脳活動異常の視覚化に成功

投稿日:2020/03/04
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発表のポイント

◆アルツハイマー病マウスでは報酬学習中にセロトニン神経核である背側縫線核(Dorsal Raphe Nucleus)の脳活動が、異常に亢進していることを発見した。

◆高性能fMRI装置(国内最高磁場である14テスラのMRI装置)を開発し、課題学習中のマウスの脳活動の全脳にわたり視覚化することに世界で初めて成功した。

◆アルツハイマー病の早期診断に向けて、セロトニンニューロンを対象とした脳活動計測が有効な方法であることが示された。

 

発表概要

アルツハイマー病(AD)は、学習や記憶など認知機能が著しく低下する疾病であり、脱抑制や衝動性など行動異常も多くのケースで認められる。東京大学大学院新領域創成科学研究科の久恒辰博准教授らは、 ADマウスを使用して覚醒時の脳活動を高性能fMRI装置(注1)で計測する研究を行った。本研究では、MRI装置内でも遂行できる学習装置を開発し、マウスを訓練して光と水報酬の関係を学ばせるオペラント学習を学ばせた。ADマウスでは、飲水行動が有意に高まっており、衝動性が亢進していた。この際、ADマウスでは、報酬学習や衝動性にかかわる背側縫線核の活動が、普通のマウスと比べて異常に高まっていることが示された。本研究において、学習中のマウスの脳活動を全脳にわたり視覚化することに世界で始めて成功した。そして、ADマウスの脳機能異常に関係して背側縫線核の活動が異常に高まっていることを発見した。本研究の成果は、アルツハイマー病の原因の理解、並びに早期診断技術の開発に役立つ可能性がある。

発表者

久恒辰博(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 准教授)

櫻井圭介(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 博士課程3年生)

住吉 晃(国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所 研究員)

発表内容

 現在、世界中で5000万人が認知症に苦しんでいる。この数は2050年までに1億3千万人に達する。アルツハイマー病(AD)は、認知症患者の60?70%を占める神経変性疾患であり、記憶低下を主訴とする軽度認知機能障害(MCI)を経て発症する。MCIは、記憶機能低下が唯一の症状であるが、認知症が発症すると、実行機能などさまざまな認知機能が著しく低下し日常生活を維持することが難しくなり、認知症の行動・心理症状(BPSP: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)が出現する。認知症患者のほとんどで、BPSP症状のために医療が必要となる。 BPSPにはうつ病・不安・無関心が含まれこれらの症状に関する研究は進んでいるが、脱抑制・衝動性および過食症などについては、まだ、病理学な研究はほとんど進んでいない。

 AD患者では、報酬関連行動に顕著な障害が見られる(全体の15?40%)。典型的な例は、衝動性および脱抑制の障害であり、満腹制御の欠如から過食症が生じることもある。認知症のごく早期から衝動性が変化している可能性があり、近年、ADモデルマウスで衝動性が亢進していることが報告された。ADにおける衝動性の初期変化の理解に役立つことが期待された。

そこで本研究では、衝動性や強迫的反応の増加を含みADモデルマウスの行動異常を分析する実験システムを作成した。報酬学習行動テスト中、試験あたりの飲水行動(舐め数)は、普通のマウスに比べADマウスで顕著に高く、衝動性が上昇していることが示された。この報酬学習を行っている最中のADマウスから全脳に渡り脳活動を視覚化するために、新たに高性能fMRI装置を開発した。そして、ADのBPSP症状の根底にある神経学的メカニズムの解明をつながる、世界初の研究データを取得した。

 ADマウスの背側縫線核において異常に高い脳活動(BOLD信号の上昇)を認めた。衝動性を制御するには、脳幹セロトニン系のコントロールが必要であり、背側縫線核の脱制御は、報酬学習の異常に繋がる。 ADの進行につれて、背側縫線核のセロトニン作動性ニューロンが喪失することなども報告されている。

 fMRI(機能的核磁気共鳴画像)法は、脳活動の変化を可視化する効果的な研究方法である。これまでは、fMRIの際に、体の動きに起因するノイズを抑制することが困難であったため、麻酔下でマウスを使用して、安静時のfMRIデータを取得する実験がほとんどであった。麻酔はBOLD信号を抑制するため、覚醒している動物で見られるものとは異なる脳活動を報告してしまう可能性がある。したがって、覚醒している動物でのfMRI研究は不可欠である。本研究では、MRI装置を高磁場化することにより、fMRI信号の強度を高めることにより、マウスの脳活動に依存して、全脳に渡るfMRI画像を取得することに成功した。

 本研究で開発した革新的なプロトコルを活用して、マウスモデルを用いて脳機能の理解に繋がるfMRI研究が加速することが期待される。今後さらに、光遺伝学を伴う操作を加えることにより、ADモデルマウスのfMRI研究が一層発展することが期待される。同様の操作はヒトでは実行できないため、マウスモデルにおいて有利である。マウスは遺伝的に操作しやすいため、脳機能における特定の遺伝子の役割を調査するのに適している。特定のモデルマウスを使用し、アミロイド斑の沈着やタウタンパク質の過剰リン酸化などを個別に調べることができる。したがって、げっ歯類のADモデルを用いて覚醒fMRI研究を進めることは、ADの進行を理解するために効果的であると考えられる。

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:2020年3月3日付け)

論文タイトル:Hyper BOLD Activation in Dorsal Raphe Nucleus of APP/PS1 Alzheimer’s Disease Mouse during Reward-Oriented Drinking Test under Thirsty Conditions

著者: Keisuke Sakurai, Teppei Shintani, Naohiro Jomura, Takeshi Matsuda,

Akira Sumiyoshi, Tatsuhiro Hisatsune*

DOI番号:10.1038/s41598-020-60894-7

用語解説

(注1)高性能fMRI装置:

fMRI(機能的核磁気共鳴画像)法は、MRI装置を用いて脳の活動状態を画像化する技術であり、1990年に小川誠二博士らにより発明された。これまでに脳機能研究のために汎用されてきた。マウスは最も汎用されているモデル生物であり、脳疾患研究やガン研究に広く利用されているが、fMRI計測装置の高性能化が遅れていたためにマウスのfMRI研究は全世界的に見てもあまり例がなく、マウスの脳機能研究に適したfMRI装置の開発が希求されていた。

MRI装置を高磁場化することにより、fMRI法における脳活動に応じて脳組織から発生する信号(BOLD(Blood Oxygen Level Dependent)信号)の強度が増強する。本研究では、文部科学省や国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)などの支援を受けて、学習中の脳活動を視覚化するマウス用の高性能fMRI装置(14テスラ)を開発することに成功した。今後、本装置を活用して、マウスの脳機能研究が飛躍的に進歩することが期待される。特に、認知症や脳疾患モデルマウスを用いて脳機能に関するfMRI研究が加速することにより、認知症の治療・進行防止や、うつ病などの脳神経疾患の治療薬の開発に、新たな道が切り開かれていくことが期待される。

添付資料