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記者発表

10万人以上を対象としたBRCA1/2遺伝子の14がん種を横断的解析
-東アジアに多い3がん種へのゲノム医療の可能性-

投稿日:2022/04/15 更新日:2022/04/26
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理化学研究所
愛知県がんセンター
佐々木研究所附属杏雲堂病院
岡山大学
秋田大学
東京大学
国立がん研究センター中央病院
昭和大学
日本医療研究開発機構

発表概要

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、碓井喜明特別研究員(岡山大学客員研究員、愛知県がんセンター任意研修生)、関根悠哉大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現秋田大学大学院生)、東京大学の村上善則教授、松田浩一教授、愛知県がんセンターの松尾恵太郎分野長、国立がん研究センター中央病院の吉田輝彦部門長、佐々木研究所附属杏雲堂病院の菅野康吉科長、昭和大学病院の中村清吾特任教授らの国際共同研究グループは、乳がんなど4がん種の発症リスクの上昇に関与する遺伝子(原因遺伝子)とされるBRCA1・BRCA2の両遺伝子(BRCA1/2遺伝子)が胃がん、食道がん、胆道がんの発症リスクも上昇させることを明らかにしました。

本研究成果により、BRCA1/2遺伝子のゲノム情報を用いた個別化医療がより幅広い形で進展することが期待できます。

今回、国際共同研究グループはBRCA1/2遺伝子について、バイオバンク・ジャパン[1]が保有している日本人集団における14種のがんについて、がん患者とその対照群の合計10万人以上を対象として、世界最大規模のがん種横断的ゲノム解析を行いました。その結果、BRCA1/2遺伝子は既に関連が知られている乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵がんの4がん種に加えて、東アジアに多い胃がん、食道がん、胆道がんの3がん種の疾患リスクを高めることを発見しました。この結果は、BRCA1/2遺伝子に病的バリアント[2]を持つ患者に対して、既知の4がん種だけでなく新たに同定した3がん種についても、早期発見スクリーニングの実施や、PARP阻害剤[3]の治療効果が期待できることを示しています。

本研究は、科学雑誌『JAMA Oncology』オンライン版(414日付:日本時間415日)に掲載されました。

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発表内容

背景                                  

がんは、遺伝と環境の両要因により発症すると考えられていますが、一部のがんはゲノム配列上のたった1カ所の配列の違い(遺伝的バリアント[2])により発症リスクが大きく上昇することが知られています。その原因遺伝子としてBRCA1BRCA2BRCA1/2)があり、これらの遺伝子に病気の原因となる遺伝的バリアント(病的バリアント)が存在すると、乳がんは約10倍、卵巣がんは数十倍ほど発症しやすくなります。

BRCA1/2遺伝子に病的バリアントを持つ乳がん患者と卵巣がん患者には、PARP阻害剤という薬の治療効果が高く、この薬を用いた治療は2018年から日本でも保険適用となり、2020年にはその対象は前立腺がん、膵がんにも広がりました。これまでに桃沢幸秀チームリーダーらは、日本人におけるBRCA1/2遺伝子を含む遺伝性腫瘍関連遺伝子の病的バリアントを同定し、その頻度(保持率)、疾患リスク、臨床情報や家族歴などとの関係を明らかにし、乳がん、前立腺がん、膵がん、腎がんのゲノム医療の進展に貢献してきました1-4

 一方で、BRCA1/2遺伝子の病的バリアントは他のがん種のリスクも向上させることが示唆されていることから、他のがん種についても大規模なデータで解析する必要があります。そこで、国際共同研究グループはバイオバンク・ジャパンが保有している日本人集団における14のがん種について、BRCA1/2遺伝子のゲノム解析を行いました。

注1)2018年10月15日プレスリリース「乳がんの「ゲノム医療」に貢献」
https://www.riken.jp/press/2018/20181015_1/

注2)2019年7月17日プレスリリース「前立腺がんの「ゲノム医療」に貢献」https://www.riken.jp/press/2019/20190717_1/

注3)2020年11月19日プレスリリース「膵がんの「ゲノム医療」に貢献」https://www.riken.jp/press/2020/20201119_4/index.html

注4)2022年1月5日プレスリリース「腎がんの「ゲノム医療」に貢献」https://www.riken.jp/press/2022/20220105_1/index.html

研究手法と成果                             

国際共同研究グループは、胆道がん、乳がん、子宮頸がん、大腸がん、子宮体がん、食道がん、胃がん、肝がん、肺がん、リンパ腫、卵巣がん、膵がん、前立腺がん、腎がんの14のがん種における計103,261人(患者群65,108人、対照群38,153人)について、BRCA1/2遺伝子のゲノム解析を行いました。

まず、理研が独自に開発したターゲットシークエンス法[4]を用いて、BRCA1/2遺伝子のタンパク質への翻訳に影響が大きいとされる翻訳領域およびその周辺2塩基の合計16,111塩基の配列を、103,261人全員について調べました。その結果、100,914人(約97.7%)について十分なシークエンスデータが取得でき、1,810個の遺伝的バリアントを同定しました。さらに、世界標準とされるENIGMAコンソーシアム[5]の手法を用いて、これらの遺伝的バリアントから315個の病的バリアントを同定しました。ほとんどの病的バリアントは、タンパク合成がその変異箇所で停止することなどで機能が低下する機能欠失バリアントでした。また、315個中197個は63,828人の患者のうち、それぞれたった1人しか持たない病的バリアントでした。一方で、10人以上が共有する、同一祖先に由来すると推定される「創始者バリアント[6]」を11個同定しました。

同定されたBRCA1/2遺伝子上の病的バリアントが、日本の各地域にどのような頻度で存在しているかを七つの地域に分類して調べた結果、どちらの病的バリアントも地域間で保持率に差がありました。しかしながら、この保持率の地域差の原因の一つには創始者バリアントの存在があると考えられ、実際、この創始者バリアントを除くと、どちらの遺伝子も地域差は見られなくなりました。こうした創始者バリアントの存在は、患者群・対照群で比較する研究を実施する際に、さまざまな地域から両群の試料・情報を収集する必要性とその意義を示唆しています。また、今後、診療の場面において、BRCA1/2遺伝子のバリアントの医学的意義を評価する際に考慮することが求められるようになるかもしれません。

1に、これらの病的バリアントの保持率をがん種ごとに示しました。特徴的なのは、男性の乳がんでは18.9%の人がBRCA2遺伝子の病的バリアントを持つことで、これは海外の報告5ともよく一致しています。BRCA1/2遺伝子の病的バリアント保持率が高いのは卵巣がんであり、BRCA1遺伝子では卵巣がんのほかに2がん種(胆道がん、女性乳がん、男性乳がん)、BRCA2遺伝子では男性乳がん、卵巣がんのほかに4がん種(胆道がん、女性乳がん、膵がん、前立腺がん)において1%以上の患者が保持していました。

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図1 BRCA1/2遺伝子におけるがん種別の病的バリアント保持率

乳がんについては、男女で保持率が大きく異なることが知られているため分けて示した。実際、男性乳がんにおけるBRCA2遺伝子の病的バリアントは18.9%と高い保持率を示した。それ以外に、BRCA1遺伝子では胆道がん、女性乳がん、男性乳がん、卵巣がんで1%以上の保持率を示し、BRCA2遺伝子では男性乳がんのほかに、胆道がん、女性乳がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がんで1%以上であった。

1で示した病的バリアントの保持率を対照群と比較することで、どのがんになりやすいかの「疾患リスク」を計算で求めた結果を表1に示します。BRCA1遺伝子については、既に疾患リスクとの関連が知られている女性乳がん(16.1倍)、卵巣がん(75.6倍)、膵がん(12.6倍)(前立腺がんはBRCA1遺伝子では関連が弱いことが知られている)に加えて、胃がん(5.2倍)、胆道がん(17.4倍)の関連が明らかなりました。本研究で使用したP = 1 x 10-40.0001)という統計学的基準を満たさないものの、P<0.05の基準で関連が認められたのが肺がん(3.7倍)とリンパ腫(7.7倍)でした。

また、BRCA2遺伝子については、女性乳がん(10.9倍)、男性乳がん(67.9倍)、卵巣がん(11.3倍)、膵がん(10.7倍)、前立腺がん(4.0倍)に加えて、胃がん(4.7倍)、食道がん(5.6倍)の関連が認められました。P<0.05の基準まで見ると、子宮頸がん(3.2倍)、子宮体がん(4.0倍)、肝がん(2.4倍)、腎がん(4.5倍)との関連が認められました。これらの結果から、BRCA1/2遺伝子の病的バリアントは、これまで報告されていたがん種よりも幅広く発がんリスクを上昇させており、特に東アジアに多い胃がん、食道がん、胆道がんの3がん種の疾患リスクを高めることが明らかになりました。

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表1 がん種別の疾患リスク

各がん種における病的バリアント保持率を、対照群と比較することで算出される疾患リスク(OR)、その95%信頼区間(95%CI)、P値を示す。P<0.05のものは赤字で示し、本研究におけるP値の基準(P = 1 x 10-4=0.0001)を下回ったがん種には、更に下線も示した。また、サンプル数不足により計算できなかったがん種は、ハイフンで示した。既にBRCA1/2遺伝子との関連が明確と考えられている乳がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がんに加えて、BRCA1遺伝子では胆道がんと胃がんが、BRCA2遺伝子では食道がんと胃がんが関連することが分かった。さらに、P<0.05ではBRCA1遺伝子で2がん種、BRCA2遺伝子では4がん種の関連が認められた。

また、実際の診療では、何歳までにどのくらいの可能性でがんが発症するかが重要となります。これを、国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)6を基に計算しました。図2A-Dにこれまで関連が報告されている女性乳がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がん、図2E-Gに本研究で新たに関連を同定した胆道がん、食道がん、胃がんの結果を示します。

女性乳がんでは、病的バリアントを持っていないと85歳までに乳がんになる累積リスクは10%未満ですが、BRCA1遺伝子に病的バリアントを持っていると72.5%、BRCA2遺伝子だと58.3%となります(図2A)。この結果は海外の報告7とほぼ同様となります。一方で、85歳までに前立腺がんになる累積リスクはBRCA2遺伝子に病的バリアントを持っていると24.5%となります(図2D)。海外の報告では50%程度と報告されており7、それより低めとなっています。この理由の一つとして、日本においても前立腺がん患者が増えてきているものの、それでも欧米に比べてまだ少ないことを反映していると考えられます。

また、新たに同定した3がん種においては、東アジアで罹患率の高い胃がんの累積リスクが高く算出され、どちらの遺伝子も85歳までに20%程度発症すると計算されました(図2G)。このことは、既知の乳がんなど4がん種で病的バリアントを持つことが判明した患者は、胃がんについても早期発見スクリーニングを行う価値が高いことを示します。

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図2 BRCA1/2遺伝子の病的バリアントが関係する7がん種の生涯累積リスク

本研究で、BRCA1/2遺伝子の病的バリアントと関連が認められたがん種について、各年齢までに発症する確率を示した。BRCA1/2(-)(青線)はどちらの遺伝子にも病的バリアントを持たない人、BRCA1(+)はBRCA1遺伝子に病的バリアントを持つ人(赤線)、BRCA2(+)はBRCA2遺伝子に病的バリアントを持つ人を示す(黄線)。

最後に、病的バリアント保持者が示す特徴的な臨床情報やがんの家族歴との関係を解析し、診断年齢との関係を示しました(図3)。このうち、BRCA1/2遺伝子の女性乳がんやBRCA2遺伝子の前立腺がんは、年齢が上がるとともに、病的バリアント保持率が下がっていきます。これは、一つの遺伝子が原因となる疾患では、一般的に年齢が若いときに発症しやすいことを反映しています。一方で、卵巣がんのBRCA2遺伝子では年齢とともにその病的バリアント保持率は上昇する傾向にあります。BRCA1遺伝子でも比較的似た傾向があり、今後、この関係を明らかにする必要があります。

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図3 診断年齢別のBRCA1/2遺伝子に関係する病的バリアント保持率

各遺伝子について、診断年齢別に病的バリアント保持率を示した。P値は、年齢帯が上がるについて保持率が上昇(あるいは減少)していくかを解析するコクラン・アーミテージ検定により算出した。NAは、そこに該当する患者数が50人未満であり、解析から除外したことを示す。

注5)N Engl J Med. 2018 Jun 14;378(24):2311-2320.

注6)https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/index.html

注7)JAMA. 2017;317(23):2402-2416.

今後の期待                               

今回の研究成果により、BRCA1/2両遺伝子が関与するがん種が既にPARP阻害剤の保険適用となっている4がん種よりも多く存在することが明らかになり、今後、新たに同定されたがん種についても個別化医療が進むものと期待できます。

また、発症との関連が強い遺伝的要因が明らかになったことで、今後、喫煙・飲酒などの生活習慣や、胃がんのヘリコバクター・ピロリ菌のような細菌感染やウイルス感染、あるいはゲノム全体の遺伝的バリアントの影響(ポリジェニックリスクスコア[7])など、他の要因と解析が可能になります。これらの情報が統合されることで、より一人一人のゲノム情報や生活環境に合わせた個別化医療が可能になると考えられます。

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム創薬基盤推進研究事業「乳がん・大腸がん・膵がんに対する適切な薬剤投与を可能にする大規模データ基盤の構築(研究開発代表者:桃沢幸秀)」、同革新的がん医療実用化研究事業「がんリスクに対する環境要因・遺伝要因の公衆衛生学的インパクトを評価する大規模分子疫学研究(研究開発代表者:松尾恵太郎)」「全ゲノムクリニカルシークエンスを志向したAYA世代がん胚細胞系列ゲノム構造変化の解析(研究開発代表者:河野隆志)」、および同次世代がん医療創生研究事業「難治性若年発症婦人科がんの発症リスクに関わる胚細胞系列変異の同定とその機能評価系の構築(研究開発代表者:白石航也)」による支援を受けて行われました。またAustralian National Health and Medical Research fundingAmanda B. SpurdleおよびMichael T. Parsons)の支援も受けて行われました。

論文情報

<タイトル>
Expansion of Cancer Risk Profile for BRCA1 and BRCA2 Pathogenic Variants

<著者名>
Yukihide Momozawa, Rumi Sasai, Yoshiaki Usui, Kouya Shiraishi, Yusuke Iwasaki, Yukari Taniyama, Michael T. Parsons, Keijiro Mizukami, Yuya Sekine, Makoto Hirata, Yoichiro Kamatani, Mikiko Endo, Chihiro Inai, Sadaaki Takata, Hidemi Ito, Takashi Kohno, Koichi Matsuda, Seigo Nakamura, Kokichi Sugano, Teruhiko Yoshida, Hidewaki Nakagawa, Keitaro Matsuo, Yoshinori Murakami, Amanda B. Spurdle, Michiaki Kubo

<雑誌>
JAMA Oncology

<DOI>
10.1001/jamaoncol.2022.0476

補足説明

[1] バイオバンク・ジャパン
日本人集団27万人を対象とした、世界最大級の疾患バイオバンク。オーダーメード医療の実現プログラムを通じて実施され、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へ分譲している。2003年から東京大学医科学研究所内に設置されている。

[2] 遺伝的バリアント、病的バリアント
遺伝的バリアントは、遺伝子の塩基配列の変化を指し、生物の多様性を生じさせる。また、遺伝的バリアントのうち疾患発症の原因となるものを病的バリアントという。

[3] PARP阻害剤
DNAの相同組換え修復機構が機能していないがん細胞に、特異的に細胞死を誘導する新しい分子標的薬のこと。PARPPoly (ADP-Ribose) Polymeraseの略。

[4] ターゲットシークエンス法
全ゲノム領域のうち標的ゲノム領域のみを解析する方法。多くの場合は標的遺伝子を選定して領域を設定するが、ある疾患領域に関連する全ての遺伝子を解析するなど、疾患と関連するイントロン領域や調節領域などの非翻訳領域も組み入れ、標的を拡大して解析する場合もある。

[5] ENIGMAコンソーシアム
主にBRCA1/BRCA2遺伝的バリアントを解析・評価する国際コンソーシアム。ENIGMAはEvidence-based Network for the Interpretation of Germline Mutant Allelesの略。

[6] 創始者バリアント
地理的にまたは文化的に隔離された集団において、先祖の一人に生じ、その後、その集団内で広がった遺伝的バリアントのこと

[7] ポリジェニックリスクスコア
各バリアントの持つ遺伝的なリスクの積み重なりをスコア化して、病気の発症や進展を予測する手法。

関連研究室

東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻クリニカルシークエンス分野

鎌谷研究室

記事掲載情報

毎日新聞(4/15, Yahooニュース4/15

GemMed(4/20

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新領域創成科学研究科 広報室

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