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針型金属触媒の超精密操作によりナノ炭素材料を合成 -銅の針を近づけるだけで分子から水素原子が引き抜かれる化学反応を発見-

投稿日:2020/11/11
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発表のポイント 

◆ 金属製の針を近づけるだけで有機分子内の炭素原子-水素原子間の結合が切断されるという新しい化学反応を発見した。

◆ この針の接近による反応は熱エネルギーを一切必要とせず、金属の触媒作用によって引き起こされたことを明らかにした。

◆ 狙った水素原子ひとつひとつを針で引き抜くことに成功したため、この針による技術は、これまで合成困難だった有機デバイス材料物質を創り出すための新手法となりうる。

発表概要

 東京大学の塩足亮隼 助教、杉本宜昭 准教授、大阪大学の濱田幾太郎 准教授、濱本雄治 助教、森川良忠 教授、京都大学の中江隆博 助教(研究当時、現所属:株式会社KRI)、坂口浩司 教授、愛媛大学の宇野英満 教授、奥島鉄雄 准教授、森重樹 特任講師からなる共同研究グループ※は、有機分子の特定の位置に銅の針を近づけることによって化学反応を引き起こし、ナノ炭素材料(注1)の一種であるナノグラフェン(注2)を生成することに成功しました。

有機分子における炭素原子と水素原子は通常、共有結合(注3)によって強く結びついています。しかし、触媒となる金属をその水素原子に効率的に接近させることによって、炭素原子との結合を容易に切断できることが明らかになりました。原子スケールの精密な操作によって触媒を特定の反応部位に近づけて化学反応を起こす本研究の技術は、複雑な触媒反応のメカニズムを明らかにするだけでなく、これまでに合成不可能だった機能的なナノ物質を創成するための新手法となることが期待されます。

 本研究成果は、米国科学誌「Nano Letters」に11月11日(米国東部時間)付けで出版されました。

※共同研究グループ

東京大学

大阪大学

京都大学

愛媛大学

大学院新領域創成科学研究科

・助教 塩足亮隼

(しおたり あきとし)

・准教授 杉本宜昭

(すぎもと よしあき)

大学院工学研究科

・准教授 濱田幾太郎(はまだ いくたろう)

・助教 濱本雄治

(はまもと ゆうじ)

・教授 森川良忠

(もりかわ よしただ)

エネルギー理工学研究所

・助教(研究当時、現所属:株式会社KRI) 中江隆博

(なかえ たかひろ)

・教授 坂口浩司

(さかぐち ひろし)

大学院理工学研究科

・教授 宇野英満

(うの ひでみつ)

・准教授 奥島鉄雄

(おくじま てつお)

学術支援センター

・特任講師 森 重樹

(もり しげき)

 

発表内容

背景

 正六角状に配列した炭素原子をメイン骨格とするナノスケール物質である「ナノグラフェン」は、太陽電池、燃料電池、有機ELなどの材料として着目され、実用化が始まっています。ナノグラフェンを合成する手法のひとつに、水素原子を多く含んだ有機分子から、特定箇所の水素原子を取り去るボトムアップ法があります。原料となる有機分子は比較的容易に入手できる一方、特定位置の水素原子を選択的に取り去る反応の制御が難しいことが課題となっています。分子内の水素原子は炭素原子と共有結合によって化学的に強く結びついており、それを切断するためには多くのエネルギーが必要となるためです。

この課題を克服してナノグラフェンを合成する手法には、フラスコ内で強い酸化剤を用いる溶液反応のほかに、金属表面上で分子を加熱して反応を起こす表面合成法が有効であることが知られています。このとき、金属は、炭素原子と水素原子の結合を切るための障壁(活性化エネルギー)を減らす触媒として機能していると考えられます(図1左)。しかし、具体的にどのような過程を経て金属表面上でナノグラフェンの生成が進行しているか、解明されていませんでした。表面を加熱しているときに分子がどのような構造になっているか、そして、金属がどのように反応に関与しているかを実験的に調べることが困難であったためです。

研究手法・成果

我々は、金属がナノグラフェン合成において果たす役割を理解するための研究を行いました。分子の形状などによる違いの有無を検証するために、異なるナノグラフェンを産み出す2種類の反応に着目しました(図1右)。有機分子の測定は、マイナス270℃の低温で実施しました。高性能な原子間力顕微鏡(注4)によるイメージングで、図2bに示す最初の分子には、表面と反対方向に突き出た水素原子(図2bの赤丸)が2つ含まれていることを明らかにしました。この分子が目的のナノグラフェンになるためには、この2つの水素原子を取り去る必要がありますが、この反応を起こすためには表面を150℃以上に加熱する必要があることを確認しました。

ここで、我々は、原子間力顕微鏡の観察で用いる針を用いて、低温、つまり、分子にほとんど熱エネルギーが与えられない条件下において、水素を取り去る反応を起こすことを試みました。針の先端は銅になっており、銅表面と同様に触媒としての効果を発揮することが予期されます。分子の他の位置に針を接近させても何も起こらなかった一方、突き出た水素原子に針を接近させたところ(図2a)、その水素原子が針に移動し、分子の組成が変化しました(図2c)。さらに別の突き出た水素原子に針を接近させると、その水素も分子から引き抜かれ、最終的に目的のナノグラフェンを得ることができました(図2d)。別の反応(図1右の反応A)についても調査し、同じように針の接近によって分子から水素が引き抜かれ、目的のナノグラフェンが得られることを実証しました。

なぜ針の接近によってナノグラフェンを生成する反応が起こったかを、理論研究によって特定しました。近づいてきた針の銅原子と水素原子との間に引き合う相互作用が生じ(図3左)、元の炭素原子と水素原子との共有結合が切断されることが明らかになりました。さらに、分子の突き出た水素原子に針が近づいていくほど、水素原子を分子から取り去るために必要な活性化エネルギーが減少することが判明しました(図3右)。マイナス270℃での実験において針の接近による化学反応が起きたのは、この活性化エネルギーが0になり、熱エネルギーを一切必要とせずに水素原子が針に移動したことを意味しています。

波及効果・将来の展望

 2種類の反応(図1右)について、同じように金属の針によって分子から水素が引き抜かれたことから、ナノグラフェンを合成するためには不要な水素原子を金属に効率よく接触させることが重要であることが示されました。この情報に基づいてナノグラフェンの元となる有機分子や金属触媒をデザインすることで、ナノ炭素材料がより効率よく合成できるようになることが期待されます。

 また、原子サイズの微細な制御が可能な原子間力顕微鏡を用いて、分子上の任意の位置に針を配置して接近させることで、狙った水素原子を選択的かつ連続的に引き抜くことができました(図2a)。針の素材を変えたり別の刺激を与えたりするなど、このような精密な原子操作技術を発展させることで、今後、個々の原子を自在に動かして、これまで合成不可能だった分子や機能的なナノ物質を組み立てるという、究極のボトムアップ合成法の確立が期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は文科省科研費新学術領域研究「分子アーキテクトニクス」(課題番号JP16H00959, JP25110003, JP16H00967)、同「ハイドロジェノミクス」(課題番号JP18H05519)、JSPS科研費(課題番号JP15H06127, JP18H01807, JP18H03859)の助成を受けて実施されました。

発表雑誌

雑誌名:「Nano Letters」(11月11日付け)

論文タイトル:Manipulable Metal Catalyst for Nanographene Synthesis
(ナノグラフェン合成のための可動式金属触媒)

著者: Akitoshi Shiotari*, Ikutaro Hamada, Takahiro Nakae, Shigeki Mori, Tetsuo Okujima, Hidemitsu Uno, Hiroshi Sakaguchi, Yuji Hamamoto, Yoshitada Morikawa, and Yoshiaki Sugimoto

DOI番号:10.1021/acs.nanolett.0c03510

URL:https://dx.doi.org/10.1021/acs.nanolett.0c03510

発表者 

塩足  亮隼(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教)

濱田 幾太郎(大阪大学 大学院工学研究科 物理学系専攻 准教授)

杉本  宜昭(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授)

用語解説

(注1)ナノ炭素材料

炭素原子を主原料とする、ナノスケールで設計・合成された物質材料のこと。ナノカーボン材料ともいう。1ナノメートルは10億分の1メートルであり、ナノスケールとは原子や分子の大きさと同等のサイズであることを意味する。

(注2)ナノグラフェン

ナノスケールのグラフェンの総称。黒鉛(グラファイト)は炭素原子が正六角形に配列した平たいシートが積み重なって構成されている。この1枚のシートをグラフェンと呼ぶ。これをナノスケールに切り取ったもの、あるいは同様の炭素原子骨格を有する数ナノメートルサイズの有機分子をナノグラフェンとよぶ。炭素原子の配列が六角形だけでなく、一部が五,七,八角形などになっているものや湾曲しているものも存在する。原子配列や分子サイズ・形状の違いに応じて電子状態・磁性・光学特性・機械特性が変化し、多種多様な物性を示す。

(注3)共有結合

原子同士が電子をわけ合って形成する化学結合。たとえば有機分子の一種であるメタンでは、炭素原子と水素原子との間の共有結合を切断するためには431 kJ/mol のエネルギーが必要となる。

(注4)原子間力顕微鏡

鋭い針を観察対象(試料)に近づけて、針の先端の原子と表面の原子との間に働く力を測定することで、試料表面を観察する顕微鏡のこと。略称はAFM。針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって微小な力を検出し、表面の凹凸像を得ることができる。高性能な力センサーを用いることにより、分子の内部構造を可視化し、分子の原子構造を特定することができる。今回の実験では、通常の観察時の針の位置よりもさらに分子に接近するよう動かすことによって水素を引き抜く反応を起こした。

添付資料

2034fig1.png

図1 左図は、触媒の有無による化学反応中のエネルギー変化の違いの模式図。ここでは赤丸と青丸から構成される分子が加熱によって分解される反応を示している。この化学反応を起こすためには活性化エネルギーを超える熱エネルギーが必要となる。触媒を用いることで、その活性化エネルギーを下げることができ、反応がより容易に進行する。右図は、本研究にて着目した2種類の化学反応式。有機分子を銅の表面上で加熱すると、銅の触媒作用によって一部の水素原子が解離して、それぞれの反応で異なった形状のナノグラフェンが得られる。

2034fig2.png

図2 銅の針によって有機分子から水素原子を取り去った実験結果。(a) はターゲット分子に銅の針を近づける過程の模式図。分子から突き出た水素原子を水色で強調している。(b) は、反応A(図1参照)の過程で得られる有機分子の原子間力顕微鏡像。明るい2か所(像中の赤点線の丸)が突き出た水素原子の位置に対応している。そのうち左側に銅の針を接近させたところ、左側の水素原子が抜けて (c) の像に変化した。さらに残った右側の水素原子に銅の針を接近させると、(d) の像に変化した。反応Bによって加熱で得られるはずのナノグラフェン(図1右図参照)が針を接近させただけで得られたことがこの像から証明された。

2034fig3.png

図3 銅の針による水素原子の除去についての理論計算によるシミュレーション結果。左図は、反応B(図1参照)の過程で得られる有機分子に銅の針を接近させたときに水素原子が引き抜かれる様子の模式図。移動する水素は分かりやすいように水色で強調してある。右図は、銅の針で有機分子Bから水素を引き抜くために必要な活性化エネルギーが、針の位置によってどのように変化するかを表したグラフ。分子の突き出た水素原子に探針が近づけば近づくほど活性化エネルギーが減少し、最終的には低温でも反応が自発的に進行することが示されている。

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