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成人T細胞白血病(ATL)のエピゲノム異常を標的とした新たな治療戦略

投稿日:2015/12/11
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発表者

渡邉俊樹(東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 教授)

山岸誠(東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 特任助教)

第一三共株式会社

発表概要

ATL(注1)細胞の遺伝子発現異常の背景にEZH1/2 (注2)依存的なエピゲノム異常があることを突き止めました。ATL細胞ではこのエピゲノム異常(注3)が半数の遺伝子上で蓄積しており、この異常の原因となるEZH1及びEZH2を同時に阻害することによりATL細胞の生存能を著しく低下させることができました。エピゲノム異常に伴う遺伝子発現異常は解析したATL全例で確認されており、ATL細胞に必須の性質であると考えられます。またこの異常はATLを発症する以前のHTLV-1(注4)感染者(キャリア)の生体内に存在する感染細胞でも確認され、さらにEZH1/2阻害がキャリアの感染細胞数を減少させることも明らかにしました。これらの発見は、非常に予後が悪く有効な治療法のないATLに対する革新的な新規治療法開発と、本邦に100万人以上と予測されているHTLV-1キャリアに対するATL発症予防につながる発見であると考えられます。

発表内容

ATLは日本人に100万人以上の感染者(キャリア)がいるヒトT細胞性白血病ウイルス1型(HTLV-1)によって引き起こされる重篤な白血病です。キャリアの方の約5%が一生の間でATLを発症します。しかし、発症予防法や有効な治療法は確立しておらず、患者さんの多くは発症後半年前後で亡くなります。ATLで有効な治療法が未だに確立されていない理由は、なぜ悪性腫瘍が発生するのか、またなぜ腫瘍細胞に対して抗がん剤が有効ではないのかといった、発がんのメカニズムやATL細胞の増殖のメカニズムの解明が大変困難であった事が理由です。東京大学大学院新領域創成科学研究科の渡邉俊樹教授、山岸誠特任助教を中心とする研究グループ(東京大学医科学研究所 内丸薫博士、今村病院分院 宇都宮與博士等)は、全国的なHTLV-1感染者コホート共同研究班および検体バンク組織であるJSPFAD(http://www.htlv1.org/)の全面的協力を得て、ATL細胞の遺伝子発現及びエピゲノム異常の大規模な統合解析を行いました。その結果ATL細胞の悪性化を引き起こす特徴的な遺伝子発現異常の背景には、ヒストンの化学修飾の大規模な異常があることを明らかにしました。ATL細胞はヒストンのメチル化を修飾するEZH2の発現が異常に亢進しており、その結果、約半数の遺伝子座においてメチル化ヒストンが異常に蓄積することがわかりました。また、ATL細胞はHTLV-1感染から長期間を経て形成されますが、このエピゲノム異常はHTLV-1感染が引き金になっていることも明らかにしました。

私たちは第一三共株式会社との共同研究によりEZH1/2を強力に阻害する新規化合物の開発研究の末、この新規化合物がATL細胞に対して有効であることを明らかにしました。EZH1/2阻害剤はATL細胞に蓄積する異常なメチル化ヒストンを消去し、非常に高感度かつ特異的にATL細胞の生存能を低下させました。また興味深いことに、この阻害剤をHTLV-1キャリアの血液細胞に処理することにより、感染細胞を選択的に除去することを見出しました。

今回の研究の成果は以下の点で重要な情報を含みます。

 

�@ATLの腫瘍細胞(ATL細胞)の根本的な性質を明らかにし、新規治療標的を明らかにしたこと。

�A新規治療標的に対する新規化合物を開発し、ATL細胞に有効であることを示したこと。

�BHTLV-1キャリア個体内に存在する感染細胞を選択的に除去することにより、ATL発症予防という新たな可能性を示したこと。

�CEZH1/2によるエピゲノム異常は、ATLだけでなく、他の悪性リンパ腫や白血病、固形癌においても見られる異常であり、新規化合物はこれら一般のがんにおいても非常に有望であること。

 

ATLという白血病を発見し、その原因ウイルスとして、人で初めてのレトロウイルスを発見するなど、日本人研究者はこの領域での研究の進歩に多大な貢献をしてきました。世界的に見て、いわゆる先進国の中で、日本のみに国民の1%にも上る多数のHTLV-1感染者が存在し、毎年千人以上がATLで死亡しております。今回の研究成果は、我が国の多くの患者さんと研究者の長期間の協力に支えられた解析であり、世界中で我が国のみで実施可能な研究です。臨床医学と基礎研究の両方に、国際的に大きな貢献となる、非常に重要な研究成果であると考えられます。

発表学会

米国血液学会

2015年12月7日午前10時45分

日本時間12月8日午前2時45分(米国東部時間12月7日午前10時45分)解禁

 

発表タイトル:Polycomb-Dependent Epigenetic Landscape in Adult T Cell Leukemia (ATL); Providing Proof of Concept for Targeting EZH1/2 to Selectively Eliminate the HTLV-1 Infected Population

著者:  Makoto Yamagishi, Dai Fujikawa, Daisuke Honma, Nobuaki Adachi, Shota Nakagawa, Makoto Hori, Naoya Kurokawa, Ai Soejima, Kazumi Nakano, Tadanori Yamochi, Makoto Nakashima, Seiichiro Kobayashi, Yuetsu Tanaka, Masako Iwanaga, Atae Utsunomiya, Kaoru Uchimaru, Kunihiro Tsukasaki, Kazushi Araki and Toshiki Watanabe

受賞:ASH Abstract Achievement Award

問い合わせ先

渡邉 俊樹

所属:東京大学大学院教授

新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 専攻長

〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1

Phone:03-5449-5298                FAX:03-5449-5418

Mail: tnabe@ims.u-tokyo.ac.jp、tnabe@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)ATL; 成人T細胞白血病。HTLV-1感染者の約5%で発症する重篤な白血病リンパ腫。年間約1100人が発症し、ほぼ同数が毎年ATLで死亡している。

有効な化学療法が確立しておらず、約半数の患者は発症後1年で死亡する。

抗体療法、血液幹細胞移植療法等が試みられている。

 

(注2) EZH1/2; ヒストンH3の27番目のリジン残基をメチル化する酵素群。DNAの配列の変化を伴わない後天的な遺伝子変化を誘導する。EZH1とEZH2がお互いの機能を補償する、正常細胞の機能や分化に重要で、がん細胞でも重要な役割をする。がん細胞のマーカーや分子標的としても有名。

 

(注3)エピゲノム異常; DNAの配列の変化を伴わない後天的な遺伝子変化を誘導する分子メカニズムの異常。エピゲノムはDNAやそれを取り巻くヒストン分子の化学修飾の総称を指す。

 

(注4)HTLV-1; ヒトT細胞白血病ウイルス1型。我が国に約110万人の感染者がいる。主に母乳と性交渉によって感染する。感染者の一部で重篤な白血病ATLや慢性炎症性疾患(HTLV-1脊髄症、HTLV-1ブドウ膜炎等)を発症する。

添付資料