研究成果

木質系バイオマスに由来する阻害物質の標的同定

投稿日:2013/04/25
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発表者

大矢禎一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授)
井沢真吾(京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 応用生物学専攻 准教授)
岩城 理(京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 応用生物学専攻 大学院学生)
大貫慎輔(日本学術振興会特別研究員(PD))
菅 洋平(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 大学院学生)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか:
木質系バイオマスから、糖化、発酵を経てバイオエタノールを産生する工程において、糖化の際、副産物として生じる発酵阻害物質バニリンが酵母のタンパク質合成を阻害することを明らかにしました。

 

◆新規性(何が新しいのか):
酵母の形に基づく独自のプロファイリング解析から、バニリンの細胞内標的がタンパク質合成に関わるリボソームであることを予測し、生化学的解析から、実際にバニリンがタンパク質合成を阻害している証拠を見いだしました。

 

◆社会的意義/将来の展望:
この研究成果は、木質系バイオマスからバイオエタノールを高生産するバニリン耐性酵母の育種開発につながり、発酵工学上の大きな進展が期待されます。

発表概要

 近年、化石燃料の代替エネルギーとしてバイオエタノールが注目されています。特に廃材や農業残渣などの木質系バイオマス注1)から糖化、発酵を経てエタノールを産生する技術は、未利用資源の有効活用という観点から大きな期待を集めています。しかしながら木質系バイオマスを糖化した際に副産物として生じるアルコール発酵阻害物質が大きな問題となっており(図1)、酵母の生育や発酵を阻害するメカニズムの解明が強く求められていました。なかでもリグニン注2)から生じるフェノール関連化合物であるバニリン注3)がもっとも強い阻害効果を持つことが知られていましたが、酵母におけるバニリンの標的と作用機作については不明でした。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授らの研究グループは、酵母の特徴の形態学的な分析からバニリンの標的を予想し、ポリソーム解析注4)でその予想を確認するという、プロファイリングに基づいた“捜査”を実施しました。その結果、バニリンの標的が酵母のリボソーム注5)であることが分かり、バニリンの発酵阻害メカニズムが初めて明らかになりました。
 非食糧系バイオマスからのアルコール発酵技術を確立することは、エネルギー問題、食糧問題、環境問題の解決の鍵となるかもしれません。これまで不明であった発酵阻害物質の細胞内標的が明らかになったことで、木質系バイオマスからバイオエタノールを高生産するバニリン耐性酵母の育種開発に道が開けました。

発表内容

 近年、化石燃料の代替エネルギーとしてバイオエタノールが注目されています。特にサトウキビやトウモロコシなどの食糧資源ではなく、廃材や農業残渣などの木質系バイオマス注1)から糖化、発酵を経てエタノールを産生する技術は、未利用資源の有効活用という観点から大きな期待を集めています。しかしながら木質系バイオマスを糖化した際に副産物として生じるアルコール発酵阻害物質が大きな問題となっており(図1)、酵母の生育や発酵を阻害するメカニズムの解明が強く求められていました。なかでもリグニン注2)から生じるフェノール関連化合物であるバニリン注3)がもっとも強い阻害効果を持つことが知られていましたが、酵母におけるバニリンの標的と作用機作については不明でした。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授らの研究グループは、バニリンの細胞内標的を酵母の形(図2)に基づいたプロファイリングで予想しました。一般にプロファイリングとは犯罪捜査で使われ、犯罪の性質や特徴を行動科学的に分析して犯人の特徴を推定する方法です。彼らは薬剤で処理した酵母の特徴を形態学的に分析し、細胞内の標的を推定しました。具体的には、独自に開発したCalMorph注6)と名付けた蛍光顕微鏡画像の自動解析システムによって500以上の観点から酵母の形を解析しました。次に統計学的に薬剤処理細胞と4,718 株の出芽酵母の非必須遺伝子破壊株の形を比較しました。形に基づくプロファイリングの結果、バニリン処理細胞はリボソーム注5)大サブユニットの幾つかの欠損株と有意に類似していることが明らかになりました(図3図4)。このことは、バニリンがリボソームの機能、つまりタンパク質合成を阻害していることを示唆します。
 実際にバニリンが酵母のタンパク質合成を阻害しているかどうかをポリソーム解析注4)と呼ばれる方法で確かめたところ、バニリン処理後30分でタンパク質合成活性が顕著に低下することが明らかになりました。様々なバニリン濃度で調べたところ、濃度依存的にタンパク質合成が阻害されました。酵母では、タンパク質合成が阻害されると、非翻訳状態のmRNA量が細胞質中で上昇し、P-body注7)やSG注8)とよばれるRNAとタンパク質からなる顆粒が細胞内に蓄積することがあります。そこで、バニリンで処理した細胞についてもその顆粒の形成を検討したところ、バニリンによってP-bodyやSGの形成が細胞内で誘導されることが確認されました(図5)。
 今後のエネルギー問題、食糧問題、環境問題を考えると、非食糧系バイオマスからのアルコール発酵技術を確立することは非常に重要です。今まで不明であった発酵阻害物質の細胞内標的が明らかになったことで、木質系バイオマスからバイオエタノールを高生産するバニリン耐性酵母の育種開発に道が開けました。

発表雑誌

雑誌名: PLOS ONE(米国の学術雑誌、プロスワン)
論文タイトル:Vanillin Inhibits Translation and Induces Messenger Ribonucleoprotein (mRNP) Granule Formation in Saccharomyces cerevisiae: Application and Validation of High-Content, Image-Based Profiling
著者:Aya Iwaki, Shinsuke Ohnuki, Yohei Suga, Shingo Izawa, Yoshikazu Ohya
DOI番号:10.1371/journal.pone.0061748
URL: http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0061748

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授 大矢禎一 
TEL: 04-7136-3650 FAX: 04-7136-3651  e-mail: ohya@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1)木質系バイオマス:木質廃棄物処理業で取り扱う廃材、稲藁などの農業残渣、樹皮、木端等の木質系の生物由来資源(化石燃料は除く)を指します。植物は環境中のCO2を吸収し成長するため、木質系バイオマスを石炭、石油等の化石燃料の代替エネルギー源として用いれば、さらにCO2総量を減らすことができます。
注2)リグニン:木材、稲藁等木化した植物体中に20~30%存在する芳香族高分子化合物です。多糖であるセルロースと結合してリグノセルロースと呼ばれる構造で存在し、木質を強固にしています。セルロースを低分子の糖に分解する糖化の過程で、リグニンも分解されバニリン等が生じます。
注3)バニリン:分子式 C8H8O3で表される、フェノール関連有機化合物であり、木質系バイオマスを糖化する際に副産物として生じます。酵母の生育と発酵を強く阻害することが知られていますが、一方でバニラの香りの主成分です。
注4)ポリソーム解析:ポリソームはメッセンジャーRNAに複数のリボソームが結合していて活発にタンパク質合成を行なっている状態です。ショ糖密度勾配遠心法を使ったポリソーム解析により、タンパク質合成の活性状態を調べることができます。
注5)リボソーム:あらゆる生物の細胞内に存在する構造であり、メッセンジャーRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質へと変換する分子装置です。リボソームは大小2つのサブユニットから成っていて、どちらもタンパク質とリボソームRNAからなる複合体です。
注6)CalMorph:酵母の形態を定量的に記述する画像解析システムで、最新の蛍光顕微鏡観察技術、細胞内染色技術、イメージプロセシング技術からなります。2004年に東京大学で開発され、細胞のかたちから遺伝子の機能を予測できることが示されましたが、その後はビール酵母の発酵診断にも利用できることがわかってきています。
    http://www.jst.go.jp/pr/announce/20051220/index.html
    www.jsbba.or.jp/wp-content/upload/file/award/2012/topics/19_3C20p04.pdf
注7)P-body:細胞質に見られる顆粒状の構造。メッセンジャーRNAとRNA結合タンパク質の複合体でRNAの貯蔵や分解などRNA代謝の場となっています。
注8)SG(ストレスグラニュール):種々のストレス条件下において細胞質で観察される顆粒状の構造。メッセンジャーRNA、RNA結合タンパク質、翻訳開始因子群などのさまざまなタンパク質から構成されています。

添付資料

図1 木質系バイオマスを糖化する過程で生じる発酵阻害物質
糖化の過程で生じるバニリンが、糖からエタノールを合成する発酵を強く阻害する。

 

 

図2 酵母の蛍光顕微鏡写真
野生型酵母、それに1 mMバニリンを添加した細胞、および、いくつかのリボソーム大サブユニット変異株の形態を示す。緑、青、赤はそれぞれ細胞壁、核DNA、アクチン繊維を表している。肉眼では差が分かりにくいが、CalMorph画像解析システムによりバニリン添加細胞は187個のパラメータで野生型と有意な変化が認められ、さらに、ここに示した3つのリボソーム大サブユニット変異株との類似が認められた。

 

 

図3 バニリン添加細胞と有意に類似している酵母変異株
グラフの縦軸はバニリン添加細胞との形態類似度を表しており、出芽酵母の全非必須遺伝子破壊株の類似度をプロットした。点線より上が有意に類似している変異株であり、3つのリボソーム大サブユニット変異株が類似していた。

 

 

図4 リボソームの三次元構造
タンパク質合成を行うリボソームは、数種のRNAと多数のタンパク質との複合体であり、黄色で示す大サブユニットと、白色で示す小サブユニットから成る。赤、緑、青で示したリボソームタンパク質を欠損している変異株の細胞形態は、バニリン添加細胞の形態に類似していた。これはバニリンが大サブユニットのはたらきを阻害している可能性を示している。

 

 

図5 酵母におけるバニリンのタンパク質合成阻害効果